×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

自惚れの末ブラッド&サンド


この虹色のお酒を出してきた時点で、彼は私に全てを委ねているのだと思った。彼は「これ飲んだら絶対酔うと思うから見て楽しむだけでいいよ」と言ったけれど、その言葉は裏を返せば「酔う覚悟があるなら飲んでも良いよ」という意味にも取れる。しかも飲むか飲まないかは私に託されているのだから、つまり、彼にだってその気はあるんじゃないか。私は都合が良いことにそんな解釈をしてしまった。
酔ったって構わない。明日が仕事だろうが知るもんか。お酒に酔っているのか彼に酔っているのか、私の思考回路は滅茶苦茶。だから私は、一層一層違う味をした濃厚なお酒を全身に染み渡らせるように、ゆっくりと、時間をかけて全て飲み干してしまった。忙しい彼は私が飲み干してしまったことなど知る由もない。
時刻は日付けが変わってクリスマスになってしまった。カップル達は今からお楽しみの時間なのだろう、1組、また1組とお店を後にしていく。途中で猛烈に眠たくなったけれど、タクシー呼びましょうか?と、黒尾さんではない別のバーテンダーさんに声をかけられてしまったので、意地でも寝るもんかと頑張っていた結果、睡魔は完全に遠退いた。そうして、時計が1時を指し示そうとしている頃、お客さんも少なくなってきてから、漸く彼が私の前に姿を現す。彼の視線は空っぽのグラスに向けられていて、あーあ、と言わんばかりだ。


「それ、全部飲んじゃったの」
「飲んじゃダメとは言わなかったでしょう?」
「結構キてるでしょ」
「それなりに」
「車まではちゃんと歩いてね」
「本当に送ってくれるんですか?」
「そのつもりで飲んだんでしょーが」
「冗談だと思ってました」
「残念。本気でした」


話しながら、はいどーぞ、と勧められたグラスには透明な液体が入っていて、お冷やだということがすぐに分かった。ふわりふわりと火照った脳を冷まそうと一口ごくりと流し込めば、喉の奥がヒヤリとして少しだけ頭がクリアになったような気がする。まあ、それも気のせいなんだろうけれど。
そうしてまた時間は過ぎていき、お店にいる客は私だけになった。閉店間際の時間帯、お会計お願いします、と言って支払いを済ませ、ふらりふらりとお店の外へ出た私の全身を冷たい空気が包み込む。けれども、お酒のおかげかそこまで寒さは感じない。私はお店の階段を下りたところで壁に背中を預けると、はあっと手に息を吹きかけながら彼を待った。
送ってくれるというニュアンスのことは言ってくれたけれど、果たしてその言葉は信じても良いのだろうか。正直、あの人の考えていることはよく分からない。こんなところで待っている私を見たら、えっマジで待ってたの?みたいな反応をしそうな気もする。というか、そんな反応しかされないような気がしてきた。もしあきらかに迷惑そうな顔をされたらどうしよう。その時はもう潔く1人で帰るしかないか。
そんな懸念をするぐらいなら最初からさっさと1人で帰ってしまえば良いものを、結局のところ寒空の下で彼のことを待っている私。もしかしたら私は、自分自身のことが1番よく分かっていないのかもしれない。


「さっみぃね」
「あ」
「なに」
「ほんとに来てくれたんだなって思って」
「これで来なかったら俺サイテーじゃない?」


わざと気配を消して近付いてきたんじゃないかと思うほど静かに現れた彼は、私の懸念など簡単に蹴飛ばして、陳腐な口約束を守ってくれるようだった。こんな酔っ払いの私とのどうでもいい約束を。迷惑そうな顔などひとつもせずに。来なかったらサイテー?まさか。むしろ、本当に来てくれるなんてサイコーじゃないか。だから私は彼の言葉に、笑顔だけを返しておいた。それをどう受け取るかは彼次第だ。
ふらふら。のろのろ。私の足取りはひどく遅い。けれども彼は、早く歩けと言うわけでもなければ、私を置き去りにしてさっさと行ってしまうわけでもなく、隣をゆるゆる歩いてくれる。ただでさえ脚の長さが違うのだからこんなにゆっくり歩くのは辛いだろうに、だいじょーぶ?などと心配までしてくれて。これもバーテンダーの務めなのだとしたらご苦労なことである。


「名前さん、だいぶ酔ってるでしょ」
「そうかも」
「そんなんじゃ襲われちゃうよ」
「誰に?」


私の質問に、彼は答えてくれなかった。
そうしてゆっくりとした歩調のまま辿り着いた駐車場。いつかと同じ場所にいつかと同じ車が停まっていて、私はその車の助手席にいつかと同じようにお邪魔する。車内のBGMは相変わらず洋楽。でも今日はクラシックじゃなくてジャズのようだ。
運転席に彼が座ってから間も無くして、車はするりと滑るように発進した。たった1度しか送ってもらったことなどないと言うのに、道を覚えているのだろうか。彼は、こっち?などと確認してくることもなく、するする車を進めて行く。


「面倒な客だなって思ってますか」
「思ってませんよ」
「じゃあ、面倒な女だなとは思ってます?」
「なんでそうなるの。思ってません」
「それなら…私のこと、どう思ってますか?」


お互いに黙ったせいで、ジャズの音色しか聞こえなくなった。点滅信号ばかり続いていたおかげで軽快に進んでいた車は、突然現れた赤信号でゆっくり止まる。ついでに時間も止まったみたいに車内の居心地が悪くなったような気がするけれど、そうしたのは私だ。
どうして今、このタイミングであんな質問をしてしまったのか、自分でも分からない。たぶん酔っていたせいだ。うん、そうそう。都合の悪いことは全部、お酒のせいということにしてしまおう。


「名前さんってさ、」
「はい」
「俺のこと好きなの?」


一瞬、ジャズの音色さえ聞こえなくなる。私の質問には答えてくれないくせに、恐ろしい問い掛けをしてくる男だと思った。赤信号なのをいいことに、こちらに視線を流してくるところも恐ろしい。まあ目が合ってしまったということは、私も彼を見つめてしまっていたということになるのだけれど。
私はここで何と返すべきなのだろう。必死に考える。考える、けれど、私は酔っ払い。随分と前から思考回路は破綻しているのだから、考えたって何の意味もない。だから。
そうだと言ったら?と。口が勝手に動いていた。思っていたよりも呆気なく飛び出した言葉。ゆるゆる、信号が青に変わって車がゆっくり動き出し、それと同時に彼の視線が正面に戻る。そうして彼はまた、沈黙を作った。
彼のことが好きなのかどうか。好きか嫌いかで言ったらたぶん好きで、でもそれがいつから抱き始めた感情なのか、そもそも本気でそう思っているのかさえ曖昧だ。けれども、きいてみたかった。私が彼のことを好きだと言ったら彼はどんな反応をしてくれるのか。どんな言葉を返してくれるのか。とても興味があったのだ。家まではあともう少し。それまでに何か言ってくれないだろうか。


「付き合っちゃいけない3Bって知ってる?」
「は?さんびー?」
「そ。美容師、バンドマン、それからバーテンダー」
「…知りません」
「俺、その3Bの一角」
「だから?」
「俺はやめといた方が良いと思うよ」
「そういう迷信は気にしないって言っても?」


私の質問には答えないとでも決めているのだろうか。彼はやっぱり何も答えてくれなくて、到着しましたよ、と車を停めた。こちらを見ることなくオーラだけで、降りろ、という無言の圧力をかけてくる彼は、何の文句も言わず私との口約束を守ってくれた彼と本当に同一人物なのだろうかと疑いたくなる。けれどもこれが、本来あるべき正常な対応なのかもしれない。
なんとも惨めだ。遠回しに、否、はっきりとフラれた。ちゃんと好きと言ったわけではないし、本気で好きかと言われたらまだ微妙かもしれない。けれど、それでもやっぱりショックだった。車で送ってくれると言ってくれたから、その前にあんなお酒を出してきたりしたから。期待していた。でもそれらは全て、私が勝手に解釈したことだ。イイ歳した大人なのに、何やってんだ私。


「すみません、でした」
「なにが?」
「…送ってもらっちゃって」
「いーえ。あんまり飲みすぎないようにね」
「あの、」
「ん?」
「…メリークリスマス」
「ああ、そうね、メリークリスマス」


車を出てぺこりと一礼し、彼が去って行くのをぼーっと見送る。何がメリークリスマスだ。他に言うことあったんじゃないのか。すみませんでした。送ってもらっちゃって。すみませんでした。困らせちゃって。すみませんでした。…好きに、なって。
なんだ。私、黒尾さんのこと好きなんじゃんって。今更のように気付いた。気付いたところで、何も始まらないどころか既に終わっちゃったんだけど。
ピカピカ。キラキラ。イルミネーションの光が、私をこれでもかと照らし出す。ああ眩しい。うざったい。やっぱりクリスマスなんて大嫌いだ。

prev - TOP - next