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アイ・オープナーはグラスから


「馴れ初めって……どう説明すれば良いの?」
「新婦様の猛アタックに新郎様が心打たれてお付き合いが始まりました、ってのはどうですかね」
「その後新郎様は新婦様をひどく悲しませる別れを告げますが紆余曲折あって新婦様へ復縁を申し込み今に至ります、ってのも付け加えるんですよね?」
「いや待って。それはアウト」
「本当のことなんですけど」
「……馴れ初めは恥ずかしいので内緒ってことにしましょうか」
「うん」


結婚式の準備ってもっとサクサク進むものだと思っていたのだけれど、実はかなり大変だということを実感している今日この頃。式場選びはわりとスムーズだった。金銭面と立地条件と式場スタッフの印象と、かなり現実的に考えた結果だと思う。この調子で結婚式の準備はさらさら〜っと終わらせようと思っていた私が甘かった。
衣装は勿論のこと、ブーケの種類、ネックレスや手袋、ヴェールその他諸々の装飾品、当日流すBGM、BGMを流すタイミング、食事の内容、引き出物、会場を装飾する花のデザイン、ウエディングケーキ、登場場所の選択エトセトラ…決めなければならないことが山のようにあって目眩がした。これに加えて招待客リストと招待状の作成、席次表なんかも決めなければならないと思うと頭が痛くなる。
とは言いつつも、準備が苦痛だとは思っていない。むしろ、楽しんでいる。大変であることは間違いないけれど、一つ一つ決めていくたびにワクワクが増していくのだ。我ながら随分浮かれているなあと思う。
当初の予定では、大人数呼んで盛大に、なんて恥ずかしいからこじんまり終わらせようと考えていたのに、私よりも私の両親がやる気に満ち溢れていて、一生に一度なんだから盛大にやりなさい!と笑顔で背中を押されてしまったものだから、それなりの規模でやらざるを得なくなってしまった。まあ、結局はそれすらも楽しんでしまっているのだけれど。


「そういえばマスターが二次会うちの店でやって良いって」
「助かるー!」
「ちなみに新郎が皆様にお酒をご用意するサプライズサービス付きです」
「二次会の参加者多かったら仕事の時より忙しいね」
「そこは新婦も手伝って」
「私は飲むの専門だから」
「酔い潰れて寝る新婦ヤバくね?」
「ちゃんとセーブするもん。私お酒強い方だし」
「それ、懐かしいね」


懐かしいと言われて思い出すのは、彼のことを意識し始めるキッカケとなったやりとりだ。お酒強い方ですから。私はそう言って酔い潰れて、閉店するまで眠りこけていたんだっけ。店員と客ではなく男女としての会話をしたのは、その時が初めてだった。
まるで何年も前のことのような気がするけれど、そんなに遠い過去の話ではないのだ。ああ、そうか。私、この人と結婚するんだ。今更になって急にその事実が身体中に染み渡っていく。


「結婚、するんだよね」
「え。何。まさかここにきて嫌なの?婚姻届出しちゃったけど」
「違う違う。なんか、こんなことになるなんて思ってなかったなあって」
「あー……まあ、うん、その気持ちは分かる」
「こんなに好きになるはずじゃなかったっていうか」


私は自分のことをだいぶドライな性格だと認識していた。今まで付き合っていた彼氏とも熱烈な愛を育んだ記憶はない。別れ話を切り出されても、はいそうですか、と受け止めてきたし、逆にこちらの方からスッパリ別れを切り出したこともある。
それが彼相手となるとどうしたことか、それまでの経験が微塵も役に立たなかった。これが人を好きになるということなのかと、初めて実感した。
そう思えるような人に出会えただけでも、私は幸運だったのではないだろうか。心から好きだと、離れたくない、離したくないと思えるほどの人に出会って恋ができるのは、この世界にどれぐらいいるのだろう。きっと確率にしてみれば、結構低いのではないかと思う。しかも私はそんな相手と両想いになり結婚まで漕ぎ着けたのだ。そうなると確率はますます下がるに違いない。


「予想外の結婚は不服ですか」
「だから、別にそういう意味で言ったわけじゃ、」


どうも私の思いが伝わりきらないようでもやもやしていると、隣に座っていた彼が私の左手を取った。そして、おもむろに薬指をなぞる。キラリと光る指輪の輝きは、日に日に強くなっていくようだ。
私の指を悪戯になぞっていただけの彼の指が、私のそれに絡まる。たったそれだけのことでいちいち心拍数を上げる必要はないはずなのに、身体が勝手に反応してしまうのだからどうしようもない。


「俺、本命は大事にするタイプ」
「それいつかも聞いた」
「そうだっけ」
「そうだよ」
「ま、いーや。何回目でも。そういうわけだから、ちゃんと大事にします」
「幸せにします、とは言わないんだ」
「んー…俺も幸せになりたいから、一緒に幸せだなって思えるようにご協力お願いします?」


変なの。そう言って笑い合っている時点で幸せだってことに、彼は気付いていないのだろうか。日常の些細な出来事で笑い合うのを、飽きもせず幸せだなあと思えたら良い。たぶんそれ以上の贅沢ってないと思うから。
幸せにします、じゃなくて、一緒に幸せになろう、という考え方が、彼らしいと思った。彼らしくて、そういうところが好きだなあと思った。この人を選べて良かった。出会えて良かった。この気持ちを、一生忘れないでいたい。


◇ ◇ ◇



「つ、疲れた……」
「なんか飲む?」
「鉄朗さんのお任せで」
「はいはい、喜んで」


結婚式も二次会も、あっと言う間に終わった。そして全てが終わった直後、私はもの凄い疲労感に襲われてカウンターに突っ伏している。
本来なら二次会は幹事の人に最後の後片付けやお会計などをお任せするのだけれど、彼の勤め先ということでマスターが細かいことを全て取り仕切ってくれたので、友人達にお礼の言葉とともにさよならを告げた私達2人は、お店に残って余韻に浸っているという状況だ。
全て滞りなく終わった。その安心感と、自然と張り詰めていた緊張の糸みたいなものが解けたことによって、私は立ち上がるのも億劫なほど疲弊しきっていた。
かたや彼はというと、二次会中にひたすらカクテルを作り続けていたにもかかわらず涼しい顔をして私の飲み物を用意してくれている。基礎体力の問題なのか、はたまた精神面の強さによるものなのか。それは定かではないけれど、同じような1日を過ごしていた(なんなら彼の方がハードだった)はずなのに、こんなにも差があるのは不思議である。


「どうぞ」
「これ、度数高い?」
「そーね」
「寝ちゃわないかな」
「この後はもう帰るだけだから酔い潰れても良いよ。責任もってちゃんと連れて帰りますので」


カクテルグラスに注がれている黄金色のお酒は、アイ・オープナーという名前らしい。言われた通り、一口飲んだだけで頭がくらっとしたけれど、飲めないことはない。
ちびちびとお酒を口に運ぶ私を彼はカウンター越しに眺めていて、ふと視線が交わると目を細めて微笑んでくる。擽ったくて心地良い。だから私の気持ちはひとりでにふわふわと浮き上がってしまう。


「なんでこのお酒にしたの?」
「運命の出会いに乾杯ってことで」
「カクテル言葉?」
「そ」
「その手法、キザだからやめた方が良いと思うよ」
「手厳しくないですか」
「聞いてるこっちが恥ずかしい」
「名前の恥ずかしがってる可愛い顔が見たくてつい」
「またそういう胡散臭いこと言う」
「……照れてる?」


ふいっと顔を俯かせ苦し紛れにお酒を口に運んだものだから、不自然だったのかもしれない。図星を突かれた私は、お酒で酔っているせいか、彼の歯の浮くようなセリフで照れているせいか分からないけれど、兎に角熱のこもった顔を上げられずにいる。
可愛い、って、何度言われても慣れない。それがお世辞だとしても、その場を上手く収めるための適当な言い回しだとしても、彼から言われたら嬉しいって心を踊らせてしまうから。


「名前」
「うん?」
「一緒に帰りましょ」


私がお酒を飲み干したタイミングで、いつの間にか隣にきていた彼が声をかけてくる。このセリフ。覚えている。私が酔い潰れて目を覚ました後、なかば強引に送ってくれた時の誘い文句と同じだ。
意図的なのか、偶然なのか。それはどちらでも良い。あの日、彼の好意を渋った私はどこへやら。彼の妻となった私は、キラキラした子どもみたいな顔をして、差し出された手をとった。

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