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ハプニングはつきものです


無事に、と言って良いのかどうかは微妙なところだけれど、とりあえず山場を乗り越えることができた月曜日。私はいつも通りに仕事をこなしていた。いや、正確に言うならば、いつも通りのつもりだけれど、いつも通りではなかったりして。書類とパソコンの画面を交互に見遣りながら思い出すのは週末の出来事。
同じ部屋で寝た。勿論、文字通り睡眠をとったという、ただそれだけ。それからあっと言う間に朝を迎えて、私は寝癖だと言っていたはずの黒尾の髪がぺったんこなことにツッコミを入れて、それに対して黒尾にいつもと寝方が違ったからだと謎の反論をされて、そんなどうでも良い話をしながら1階におりて、皆で朝ご飯を食べて、支度をして、帰った。
特別なイベントなんて何もなかった。思い出さなければならないことなんて、ひとつもない。それなのに、気付けば思い出してしまっている。意外と楽しかったなあって。楽しいと思える予定ではなかったはずで、むしろ憂鬱な週末になるだろうと恐れていたのに、蓋を開けてみればコレだ。私の頭はイカれてしまったのだろうか。


「これも資料作成よろしくー」
「あ、はい……って、これもですか!」
「ぼーっとしてたから暇なのかと思って」
「失礼な!月曜日は忙しいんですからね!」
「まあ良いじゃん。名字ならできると思ったから頼んだんだよ」
「またそうやって適当なことを…」
「ほんとほんと。それにほら、その資料急ぎじゃないから」
「分かりましたよ…」


この2つ年上の先輩は、いつも調子が良いことを言って今みたいに私に仕事を押し付けてくる。それも、私が絶対にできない仕事ではなく、絶妙にこなせてしまう程度のものを、定期的に。なんといやらしい性格なのだろうか。ありがとな、って頭を撫でられたって、子どもじゃないんだから全然嬉しくないぞ。今度何か奢ってもらおう。
一気に現実に引き戻された私は、今度こそ集中しようと手元の書類に目を落とす。そうして、漸く本当の「いつも通り」を取り戻しかけていたところで、デスクに置いている携帯が震えた。また何かのお知らせメッセージかな。私は、ちょっと息抜きのつもりで携帯の画面を確認する。そして、見なければ良かったと後悔した。
メッセージの相手は黒尾。折角週末のあれやこれやを忘れかけていたというのに、またもや思い出してしまったではないか。仕事中に何だ。完全なる八つ当たりだけれど、少しばかり腹を立てながら内容を見れば、今週末ひま?という謎の質問。私の予定をきいてどうするんだろうか。まあどうせ暇人ですけど。寂しい女ですけど。それが何か?そういうつもりで尋ねてきたわけじゃないということは分かっているけれど、私はなぜか喧嘩越しで返事をしてしまった。我ながら可愛くない。もっとも、黒尾相手に可愛く振る舞う必要はないのだけれど。


特に予定はないけど何?
じゃーちょっと付き合って。
えー…今週はゆっくりしようと思ってたのに。
彼氏役のお礼はどうなったんでしょうか?
大変失礼致しました。謹んでお付き合いさせていただきます。
よろしい。んじゃよろしく。


黒尾め。ひとの足元を見やがって。そりゃあお礼というかお詫びというか、そういうことは元々ちゃんとするつもりだったけど。あんなことになっちゃったからには、お礼は奮発しなきゃなとも思ってたけど。一体週末に何をやらされるんだろう。めちゃくちゃ高いものを買わされたらどうしよう。
だんだん心配になってきた私をよそに、土曜日の11時に先週と同じところで、という待ち合わせの指定日時が淡々と送られてくる。こうなったらもう高を括るしかない。私は気合いを入れて、了解、の2文字を送った。


◇ ◇ ◇



10月下旬の土曜日。天気は晴れ。日中は暑くもなく寒くもなく、絶好のお昼寝日和。けれども私は残念ながらお昼寝できない。黒尾に付き合って出かける約束をしてしまったからだ。
休日は遅くまで寝ていたいタイプのグータラ人間な私にとって、目覚ましで起きて支度をするというのは拷問以外の何物でもない。のに、ほとんど着たことのないゆるっとした女性らしいシルエットの白いブラウスに今年流行りだと店員さんにすすめられて買ったチェック柄のスカートなんて着ちゃって、化粧も髪のセットもいつもよりきちんとやっちゃって、おまけに薄手のロング丈のコートを羽織ってショートブーツに足を滑り込ませちゃってる私は、どうも頭のネジが1本か2本か3本ぐらい飛んで行ってしまったのかもしれない。
今日の外出は黒尾へのお礼兼お詫びで付き合うだけ。だからちっとも楽しみなんかじゃない。この格好は…そう、社会人としてのマナーってやつだ。それ以外に特別な意味なんてない。私は誰に尋ねられたわけでもないのに、頭の中でそんな言い訳をした。指定された時間の10分も前に着いたのだって、待ち合わせに遅れちゃいけないというマナーを守っただけである。先週、私の実家に帰省するというのに待ち合わせ時間に15分も遅れたのは、ちょっとした手違いだ。うん。そういうこともあるよね。


「お。今日は早いじゃん」
「黒尾の方こそ、早いじゃん」
「まあたまたま?先に用事済ませてから昼飯でいい?」
「うん。そういえば用事って?」
「プレゼント選び」
「誰への?」
「友達。結婚祝いの」
「なんで私がそのプレゼント選びに付き合わなくちゃいけないの?」
「友達ってのが女だから。結婚祝いだし女ものの商品を選ぶつもりはねーけど、一応女性の意見もきいとこうかなと思って」
「なるほど」
「そういうわけなんで、アドバイスよろしく」


10分前に着いた私よりも更に早くその場所にいた黒尾は、どこにでも売ってそうなニットと細身の黒いジーパンにチェスターコートをさらりと合わせているだけなのに、憎たらしいほど似合っていた。壁に寄りかかって携帯をいじりながら立っているだけでサマになっている。背が高くて無駄にスタイルが良いからなのか、シンプルだからこそカッコいい。そう思わされるのがまた腹立たしい。
黒尾とこうして並んで歩いていると、自分が変な格好をしていないか非常に気になる。私と黒尾って傍から見たらどういう関係に見えるんだろう。友達?兄妹?それとも、恋人?そんなどうでも良いことまで気になって仕方ない。先週はそんなことなかったのに。変なの。


「定番だと食器とかコップだよな」
「そうだね。でもそういうのって色んな人からもらうんじゃないの」
「だよなー。んじゃキッチングッズ系?」
「あー…料理とかする人なら嬉しいんじゃない?私はよく分かんないけど」
「名字は家事しなさそうだもんな」
「料理も洗濯も掃除も好きじゃないけど何か問題あります?」
「いや?良いと思いますよ。そういうの」
「もう悩むの疲れるしさ、いっそカタログギフトにするってのもアリじゃない?」
「早く終わらせたいって本音が見え見えなんですけど」
「そんなことないよ。楽しいし」
「楽しいの?」
「え」
「今、楽しいの?」


改まってきかれると返答に困る。ていうか私、楽しいって言った?全然、これっぽっちも言った記憶がないんだけど。頭上から私に視線が送られていることには気付いているけれど、そちらに顔を向けることはできない。
立ち寄ったお店の中。たまたま手に取った可愛らしいフォトフレームを握り締めている私は、買うつもりもないくせにそれを凝視しながら、当たり障りのない返事は何だと必死に考える。


「色んなもの見るのって楽しいじゃん」
「…そうですネ」
「何?楽しかったらおかしい?」
「なんでそんな喧嘩越しなの。同意してんのに」
「相槌に悪意がある」
「ないない。楽しんでんなら良かったって素直に喜んでんの」
「なんで私が楽しんでるのを喜んでんの?」
「嫌々付き合わせたっぽいから」
「別に…元々そんなに嫌ってわけじゃなかったもん…」
「そりゃ良かった」
「…黒尾は?」
「ん?何が?」
「楽しい?」


いやいやいやいや。黒尾が楽しんでいようがいまいが、私には関係ないじゃん。なんでそんなこときいちゃってんの私。
黒尾からの視線は依然としてビシビシと感じる。こいつ何きいてきてんだ?って顔してるんだろうな。意味分かんないことをきいたのは既に自覚してるから、何きいてきてんの?って、さっさと突っ込んでほしい。そんなことを思っていたら、頭上でふっと小さく笑われたのが分かった。
何よ。そんなにおかしいか。笑いたければもっと盛大に笑いやがれ。そんな思いを胸に、どんな顔で笑っているのか気になった私は、意を決して顔を上げた。そうして見上げた先にあった黒尾の顔は、私が想像していたような表情ではなくて、困惑。馬鹿にしている様子なんて微塵も感じられない、柔らかな微笑み。それに見惚れていた私に、彼は表情を崩さず言うのだ。ちゃんと楽しいよ、って。そして、ついでとばかりに頭をポンポンと撫でてきたりするものだから、私は何も言えずに再び俯く。
職場の先輩にいくら頭を撫でられたって、こんな感情を抱くことはなかった。子ども扱いしないでよ、なんて思ったりすることもなかった。ああ、どうしよう。私、すごく、ドキドキしちゃってる。