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素材選びは慎重に


安くて、そこそこ美味しくて、できれば少し落ち着いて話ができるお店。探せば意外とあるみたいだけれど、いちいちネットで調べるのは面倒臭い。というわけで、私達は某チェーン店の居酒屋の半個室の席で向かい合わせに座っている。だって別にデートってわけじゃないし。お財布の中、寂しいし。雰囲気より値段重視。料理だって質より量だ。
ジョッキをぶつけてそれぞれ頼んだ飲み物を喉の奥に流し込んだら、ちょうど小皿に盛られた料理達が運ばれてきて、流れるような動作でそれを摘まむ。2人だし、取り分けるのとか面倒だもんね。こういうところが女としてダメなんだろうなという自覚はあるけれど、直す気がないのだからどうしようもない。まあ彼の方も気にしていないみたいだから、今回は良しとしようじゃないか。


「で?お悩みってのは?」
「ああ…そう、それなんだけどね、」


少し料理を食べ進めて、ジョッキ1杯目が空になりかけた頃。仕事の愚痴を吐き出すことに夢中になって忘れていたけれど(忘れていたというより忘れたいと思っていたから頭の隅に追いやっていただけとも言う)、彼の一言で肝心の本題を切り出すことができた。何をどう言ったら良いものか。私は悩みながらも、少しずつ事の次第を説明していく。その間、彼は茶々を入れるわけでも呆れるわけでも興味なさそうな反応をするわけでもなく、たまに飲み物と食事を口に運びながら、ふーん、とか、へぇ、とか、適当な相槌を打ちつつ静かに聞いてくれていた。おかげでとても話しやすかった。やっぱりちょっと良い奴かも。
私が全てを話し終えたところでちょうどジョッキか空になったので、2杯目の飲み物と料理を少し注文する。残った唐揚げ1つは、どうやら私にくれるらしい。5つ盛りで2つずつ食べたのに最後の1つを私に譲ってくれた。うん、こういうところも良い奴。ここに来てから彼の良い奴ポイントは急上昇だ。


「もうさ、アレじゃね?レンタル彼氏とかお願いすれば?」
「何それそんなのあるの?」
「よく知らねぇけど。金さえ払えばどうにでもなる世の中ですから」
「それって高いのかなあ…」
「俺にきかれても」
「今週の土曜日って誰かレンタルできるかな?土曜日ってレンタル殺到しそうじゃない?」
「だからそれを俺にきかれても」
「調べるの面倒…」
「いやいや、そこは調べろよ」


レンタル彼氏というものが存在すること自体知らなかったので1つ賢くなった。それはまあ良かったとして(良かったのかイマイチ分からないけれど)、利用するのは気が進まなかった。面倒臭いのは大前提にあるとして、それ以外にも問題がある。私はそこまで人付き合いが上手い方じゃない。つまり、初対面で全く知らない赤の他人と恋人役ができる自信がないのだ。そもそもレンタル彼氏ってお家事情の嘘にまで付き合ってくれるのだろうか。調べたらすぐに分かることなのだろうけれど、勿論、私は調べる気など毛頭なかった。なんかそういうの高そうだし。給料日前だし。


「自分だったらレンタル彼女頼む?」
「あー…興味本位で頼むかも?」
「マジですか」
「半分冗談」
「半分本気なんだ」
「バレた?」
「私これでもかなり真剣に悩んでるんですけど」
「んじゃ男友達にでも頼めば?」
「男友達、ねぇ…」


確かにそれは名案だ。友達なら後でご飯を奢るぐらいでどうにかなりそうだし、事情を話して理解が得られれば本当の彼氏ができるまで都合よく彼氏役を続けてもらえるかもしれない。けれども残念なことに、私にはそんなことを頼める男友達がいなかった。女子大に通っていたせいで大学時代の友達と言えば女ばかり。高校や中学時代の男友達もいないことはないけれど、社会人になってから連絡を取っている人はいない。だから突然連絡をして、彼氏役してくれない?なんて頼めるほど親しい人なんているわけがなかった。
社会人になってから知り合った男の人の顔もできる限り思い出してみたけれど、結局のところ彼氏役を頼めそうな人は1人も思い浮かばず。折角の名案もこれでは採用できない。はあ、と。また無意識のうちに溜息を吐いてしまった私に、ちっぽけな幸せが逃げましたよ、と言ってくる目の前の男。なんだそりゃ。ちっぽけで悪かったな。あれ、そういえば自分でそんなことを言ったような気もする。けど、人にちっぽけだと言われると腹が立つから、やっぱり良い奴ポイントは減点。むしろマイナス。悪い奴ポイント急上昇だぞ。
そんな自分勝手でどうでも良い思考を払拭すべく彼を睨みつけてみたけれど効果はないようで、俺に当たられてもねぇ、とニヤつかれた。人の不幸を嘲笑って、なんだこいつ。もっと親身になって考えてくれたって良いじゃないか。と、そこで私は急に閃いてしまった。そうだ。私の現状を全て知っていて、尚且つ彼氏役が頼めそうな男友達。いるじゃん。今、目の前に。ニヤリ。今度は私が口元を綻ばす番だった。


「ねぇねぇ黒尾くん」
「……すげぇヤな予感するんですけど」
「今週の土曜日、暇?」
「暇じゃないって言ったら?」
「その予定キャンセルして私の彼氏役やって!お願い!」
「ほーら。ヤな予感的中…つーかなんで俺?」
「他に頼める人いないし!これも何かの縁だと思って!」
「何の縁でしょうね」
「それは分かんないけど」
「適当かよ」
「良い奴ポイントマックスにしてあげるから!」
「なにそれ。俺そんなのつけられてたの」


うっかり言わなくてもいいことまで口を滑らせてしまった気がするけれど、この際そんなことはどうでも良い。もしここで断られてしまったら私の悩みは無限ループ。なんとしてでもこの頼みを聞き入れてもらいたい。いや、聞き入れてもらわなければ困るのだ。


「黒尾なら上手く彼氏役できそうだし」
「名字のこと何も知らねぇのに?」
「誕生日とか血液型とか教えるよ」
「そういう問題じゃなくね?」
「じゃあ何?スリーサイズ?」
「それ俺に教えて良いやつ?そんなに追い詰められてんの?」
「うん」


必死だった。冷静になってよくよく考えてみれば、彼だってそんなに親しい間柄じゃない。むしろまともに会話をしたのだって今日が初めてじゃないかってぐらいだ。それなのに、勢い任せとは言え、どうしてこんな無茶なお願いができてしまったのだろうか。その答えはひどく曖昧。ただ、彼の雰囲気とか話し方とか、彼を取り巻く全てのものが、大丈夫だよって。お願いしても良いよって。都合が良いことを言っているように思えるかもしれないけれど、そう言っているような気がしたのだ。


「…名字って面白いのな」
「そんなこと初めて言われた」
「名字の初めて奪っちゃった」
「何言ってんの?」
「それが人にものを頼む態度ですかー」
「ごめんなさい許してください一生のお願いなので彼氏役お願いします」
「いーよー」
「え」
「だから、いーよーって」


思いがけず非常に軽いノリでもらえた了承の一言。そしてこのタイミングで運ばれてきた飲み物と料理を机に並べて、悩み解決ってことで乾杯しとく?とジョッキを掲げる彼は、本当に私が頼んだことの内容を理解しているのだろうか。ごり押しで頼んだのは自分だけれど、こうなると申し訳なさと不安でいっぱいになる。強引に、がちゃん、とぶつけられたジョッキ。美味しそうにごくごくと飲むその姿を、私は呆然と見つめて。


「ほんとに良いの?」
「逆にきくけど、ダメって言っていーの?」
「それは困るけど」
「じゃあ良いってことにしとけば?」
「……ありがとう」
「ところで良い奴ポイントって何でしょうか」
「その話は忘れて」
「えー。気になるー」


根本的に良い奴だと思う。けど、完全なる良い奴ってわけじゃない。それが黒尾鉄朗について今までで分かったこと。でもとりあえず、私の最大の悩みはこれで解決したのだ。彼には感謝しなければならない。


「そういえばスリーサイズ」
「は?」
「教えてくれるんじゃなかったっけ?」
「それ知りたい?ほんとに?」
「ぶっちゃけ興味ないしなんとなく分かるけど」
「最低なお返事ありがとう」
「冗談だって」
「冗談が分かり辛すぎる」
「じゃーこれは本気で、」


連絡先教えてちょーだいよ。
手元の携帯をトントンと叩いて笑う。そりゃ教えるよ。教えないと今後困るし。元々交換するつもりだったけど。その笑顔はいらないってば。お酒のせいかな、ちょっと心臓の鼓動が速い。
そんなこんなで、週末はどうにか乗り切れそうです。