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作り方を教えてよ


幸せになりたい、と。いつも漠然と思っている。それはこの世界に生きる人間ならば、少なからず抱いている感情ではないだろうか。その幸せってものがどういう形かは別として、幸せになりたくない人間なんてきっと存在しない。ただ、その欲望に反して、幸せになれる人間というのが一握りだというのも残酷な事実なわけで、たぶん私は幸せになりきれない方の人種だと思うのだ。


「お見合い?」
「そう」
「やだよ…結婚するために知らない人と会ったりするの」
「じゃあいつになったら結婚するの?」
「それはまあ…そのうち?」
「彼氏もいないくせにそのうち、なんて、お母さんは待ってられません」


どうやらうちの母親は、幸せになるためには結婚することが必須条件だと思っているタイプの人種らしい。珍しく電話がかかってきたから何事かと思えば、今週末にお見合いをセッティングしたから帰省しろ、という、なんとも唐突で憂鬱な内容。そりゃあ私もいい年だし、結婚願望がないわけではない。いつかは好きな人とそれなりに恋愛をして、それなりの結婚式を挙げて、それなりの家庭を築けたらとは思っている。
けれどもそれはあくまでも、私の幸せにとって必ずしも必要な要素ではない。現に今の私は、幸せ絶頂!ってわけじゃないにしろ不幸というほどでもないし、それなりに毎日満足している。そう、全てはそれなりに。お母さんの言う通り彼氏は暫くいないけれど、それでも私の人生に何ら支障はないのだ。今のところは。
そもそもお見合いなんて結婚することを前提としてお互いに顔を合わせるわけだから、そういう心積もりで会わないといけないんでしょ?私、そんな心積もりするつもりないんですけど。それって相手に失礼だよね?じゃあやっぱり断った方が良いよね?
勝手にお見合い会場の場所や待ち合わせ時刻などを喋っている母親の声をBGMに、私は返事のない自問自答を繰り返す。どうやったらお見合いが回避できるか。今の私の頭の中を支配しているのはそのテーマだけだ。頭は良い方じゃないけれど悪い方でもない。平々凡々な脳味噌で導き出せる答えなんて、最初からたかが知れていた。


「お見合いはしない」
「なんでよ」
「それはその…実はほら、彼氏、できたから」
「どうせ嘘でしょう。くだらない嘘吐かないの」
「嘘じゃないってば!ほんと!」
「じゃあなんで最初にそれ言わないの」
「言うタイミング逃しただけだもん」
「じゃあその人とは結婚を前提としてお付き合いしてるのね?」
「それはまあ…いつか…?」
「そんなに言うなら今週末に連れてきなさい」
「いきなりそんなの無理だって。仕事あるし」
「土日も仕事してる方なの?」
「いや、えーと、そうじゃない、けど、ほら、心の準備っていうか、」
「結婚を前提としてお付き合いしてるなら、相手の方もいつかは挨拶に来ようって思ってるんじゃないの?」
「だからぁ…」


1つ嘘を吐くと、2つ3つと嘘を重ねなければいけなくなることは予想していた。していたけれど。まさかお母さんがこんなに突っ込んでくるなんて予想外。どれだけ私に結婚してほしいんだ。確かに何ヶ月も前から、彼氏いないの?結婚は?って、事あるごとに突かれてはいたけれど、当の本人である私より結婚について必死だなんて思わないじゃないか。ああ、こんなことになるぐらいなら彼氏ぐらい作っておけばよかった。いや、欲しいと思ってすぐにできるものじゃないのは分かってるんだけど。
私がどれだけ連れて行くのは無理だと言っても、じゃあお見合いしろ、の一点張りなお母さん。こうなったらお見合いを了承して当日すっぽかしてやろうかとも思ったけれど、それは相手の方にあまりにも申し訳なさすぎるし、一端の社会人として、そして何より人としての良心が痛んで断念した。ということは、私に残された選択肢は1つしかない。


「分かった!連れて行けば良いんでしょ!」
「あら、やっと分かってくれた?」
「その代わり、お見合い断ってよ?」
「そりゃあ彼氏がいるならお断りするに決まってるじゃない」


私の返答に漸く納得してくれたお母さんは、上機嫌で電話を切った。良かった、お見合いは回避できた。が、新たな問題が発生してしまった。そう、私は今週末までに彼氏を作らなければならないのだ。今日は火曜日。約束は土曜日。今日を含めても残り4日しかない。例えば4日間かけて毎日合コンに参加したり知り合いに良い人を紹介してもらったりして、仮に彼氏ができたとしよう。私はその彼氏に、土曜日に実家に挨拶に行くから宜しくね!なんて言えるだろうか。答えは明らかにNOだ。
私は既に、つい数分前に吐いた自分の行き当たりばったりな嘘を呪っていた。今からお母さんに、やっぱり嘘でした連れて行けません、って言う?そんなことしたらお見合いしなきゃいけない。それは嫌だ。そうだ、金曜日に連絡しよう。風邪ひいちゃって行けそうにないの。うん、これだ、これでいこう。
またもやその場凌ぎの嘘を思い付いた平々凡々な脳味噌。けれども分かっている。今回はそれで凌げたとして、次は?その次は?いつかは嘘に限界がくる。嘘がバレる前に彼氏を作れたら良いのだけれど、ここ1年ぐらい彼氏ができたことのない私に、すぐさま彼氏を作るスキルは勿論ない。
1回で済むならお見合いしちゃう?でもお見合いしたらその相手の人と結婚しなくちゃいけないの?絶対に結婚しなければならないというわけではないだろうし、もしかしたらすごく素敵な人という可能性だってある。けど、なあ。今年最大の悩みは、大きな溜息となって私の口から吐き出された。


「溜息吐いたら幸せ逃げてくぞ」
「それ迷信だから…もし本当だったとしても今私から逃げていく幸せなんてちっぽけなもんだし…」
「すげーネガティブじゃん。なんかあった?」
「分かる…?」
「それで何もなかったら逆におかしいでしょうよ」
「そうか…うん…そうかもね…」
「優しい優しい黒尾さんがお話きいてあげましょうか?」


ありったけのどんよりオーラを身に纏って溜息を吐いた私に声をかけてきた同僚は、胡散臭い笑顔を張り付けてそう言った。悪い奴じゃない。むしろ仕事では助けられることの方が多いから良い奴なんだと思う。話しやすいけれど、だからと言って無駄に絡んでくることもない。そういえば密かにモテるってきいたことがあるようなないような。ただちょっと、性格に問題がありそうな気配がする。これはあくまでも私の勝手な推測だけれど。
というのも、私はこの同僚、黒尾鉄朗のことをよく知らない。今みたいにほんの少しの空き時間とか帰り際にちょっと話すぐらいで、しっかり関わったことはないから。まあでも、こういう距離感の相手だからこそ相談しやすいかもしれない。声をかけてきてくれたのも何かの縁かもしれないし、折角だから話きいてもらっちゃおうかな。


「じゃあ今日の夜付き合ってよ」
「え。マジで?」
「マジですけど何か」
「はーい。それって名字さんの奢りですかー?」
「えぇ…うーん…じゃあ3000円までで手を打とう」
「やっす!」
「だって給料日前じゃん!」
「せめて5000円」
「奮発して3500円」
「500円しか上がらねぇのかよ」


私が、じゃあもう良い!って言う一歩手前。時間にしたら1秒もなかったかもしれない。そんな絶妙のタイミングで、さてどこ行きますかねぇ、って。彼が緩やかに言葉を落とした。なんだ、こいつ。結局付き合ってくれるんじゃん。よく知らないけど、やっぱり結構良い奴なのか?そう思った直後、俺って優しいなあ、とわざとらしく呟いたから前言撤回。悪い奴じゃないけど、全面的に良い奴ってわけでもなさそう。よく知らないけど。

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