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Restart


駅に着いたと連絡が来たのは、私がそこに到着する数分前だった。早めに出て待っているつもりだったのに、思っていた以上に支度に時間がかかっていたらしい。少し速足で駅に向かうと、そこにはちゃんと御幸君がいた。実は少し、あの電話の内容は私を揶揄っていただけで本当は来ないかもしれない、と疑っていたので、そこに御幸君がいたというだけで安堵する。御幸君、少しでも疑ってごめんなさい。


「早いじゃん」
「御幸君こそ…仕事お疲れ様」
「名字もな」
「急に電話してくるからびっくりした…しかもこんなところまで来るし…」
「何?迷惑だった?」
「迷惑ではないけど…」
「けど?」
「……なんで私のこと誘ってくれたのかなって…」


純粋な疑問だった。勿論、その疑問の裏側には、他の人もこれぐらいの頻度で誘ってるの?とか、私以外にどれぐらいそういう人がいるの?とか、そういう汚い感情が隠されているのだけれど、さすがにそこまでは御幸君に伝わっていないだろう。視線を彷徨わせながら尋ねた私に、御幸君はなかなか答えを返してくれない。とても焦れったい。


「私だけじゃないんでしょ…?」
「何が?」
「その…こうやってご飯に誘う人」
「……気になる?」


御幸君はずるい。質問に質問で返してくるのは反則だ。そう思うのに、ニヤリと不敵に笑うその表情に魅了されて、もはや反射的にこくりと頷いてしまったのは惚れた弱みというやつなのか。素直だねぇ、なんて茶化すように言う御幸君はとても楽しそう。しかも不本意とは言え、気になる、という意思表示をした私にきちんとした答えは与えてくれず、飯どうする?などと話題を変えられてしまってはどうも釈然としない。
駅から少し出たところで、思い切って前を行く御幸君のシャツを掴んで引き留める。だってこんな宙ぶらりんな状態のままじゃ、夜ご飯どころではないじゃないか。何も言わずとも私の言いたいことは伝わったのか。御幸君は黙って足を止めてくれた。けれど、相変わらず言葉は発してくれない。私の望んでいるものが何か分かっているくせに。


「御幸君、ちゃんと答えて」
「…名字は特別だって言ったら、どうすんの?」
「ちゃんと真面目に答えて」
「残念ながら大真面目なんだけど?」


嘘でしょ、と反論しようとして見つめた御幸君の顔は嘘を吐いている人の顔つきではなくて、吐き出しかけた言葉を飲み込む。嘘を吐いているわけでも揶揄っているわけでもなく、本当に私のことを特別だと思っている?あの御幸君が?まさかそんな。求めていた答えをもらったはずなのに、今度はそれを信じられない。じゃあ私は、一体何を望んでいたというのだろうか。
シャツを掴んでいた手を、今度は逆に掴み返される。触れられただけで身体がびくりと跳ねて全身が熱くなっていくのは、相手が御幸君だからに他ならない。駅から少し離れていて、街灯があるとは言えちょっと暗くなっている道端で、私達は一体何をしているのだろう。いや、こんなところで引き留めたのは私なのだけれど、まさかこんな展開になるなんて思ってもみなかったじゃないか。ああ、もう、どうしよう。掴まれた手を振り解くことなんて勿論できないし、だからと言ってどうしたら良いのかも分からない。完全にキャパオーバーだ。


「歓迎会の日に再会してからなんとなく思ってたんだけど」
「うん、」
「俺に何か言うことない?」
「え」
「…あるよな?」


俯く私の顔を覗き込んできた御幸君は、私の手を握る力を少し強める。痛くはない。けれど、ドキドキが増す。言葉よりも先に心臓が飛び出してきそう。御幸君に言うこと。言いたいこと。言うべきこと。何度考えても辿り着く答えは1つしかなくて頭を抱える。言ってもいいのかは分からない。けれども御幸君はもう、私が言いたいこと、つまり私の想いを分かっているような気がする。だからわざとこんな風に距離を縮めてきているに違いない。
私はどちらかというと消極的な方だし、今までずっと、あの時ああすれば良かった、こうすれば良かった、と後悔することばかりだった。御幸君を初めて好きになった時だってそう。卒業してから思った。ダメ元でも気持ちを伝えておけば良かったと、何度後悔したことか。それが、何の因果があってか。神様の悪戯というやつなのか。この際何でも良いけれど、今になってチャンスを与えられたのだ。もうこうなったら躊躇っている場合ではない。私は思い切り息を吸い込むと、数年越しの想いを込めてその言葉を紡いだ。


「私、御幸君のことが、すき」
「…」
「ずっと、学生時代から」
「…」
「御幸君が、初恋だったの」


息を吸い込んで吐き出したわりには小さくてか細い声だったかもしれないけれど、聞こえてはいると思う。意を決して伝えたにもかかわらず、御幸君からは何の反応もない。フラれる覚悟はしていたけれど、何の反応もないというのはどういうことだ。恐る恐る御幸君の表情を窺ってみると、また、あの心臓が止まりそうな柔らかい視線を送られた。


「知ってた」
「…やっぱり」
「名字、分かりやすすぎ。見てりゃ分かる」
「…最初から?」
「うん」
「そっか…」
「なんでヘコんでんの?」
「カッコ悪すぎるなと思って…」


フラれるにしても、こんなマヌケな展開だとつらいものがある。ヘコむなという方が無理な話だ。無意識のうちに表情が曇っていく私とは対照的に、御幸君の表情は相変わらず優しいまま。どうしてそんなに穏やかな顔してるの?と、尋ねるより先に掴まれていた手を引っ張られて御幸君の胸板に顔がぶつかった。今私は、御幸君と密着している。え?は?どういうこと?


「もう1回言って」
「な、なにを、」
「御幸君のことが…、ってやつ」
「なんで」
「いいから」
「…私、御幸君のことが…すき、」
「うん。俺も」
「えっ」
「先に言わせたかっただけだから」
「なにそれ…、ずるい…」


両想いだったらいいな。奇跡的にそんな幸せなことになったりしないかな。御幸君と再会してから関わるたびに、御幸君から微笑みかけられるたびに、何度そう思ったことだろう。何度期待したことだろう。けれども、どうやっても自分が御幸君に釣り合う存在だとは思えなくて、そんなこと有り得ないと思い続けてきた。それが今、信じられないことに、私は御幸君に抱き締められている。奇跡って本当にあるのかもしれない。


「いつから?」
「ん?」
「私のこと、いつから…すき?」
「さあ…いつだろうな?」
「私は初恋だって言ったのに教えてくれないの?」
「まあその答えは…そのうち、な」


くしゃり。頭を撫でられる。ちょっとやそっとのことではぐらかされたりしないぞ、と思っていたけれど、どうやら私は御幸君に触れられると頭が上手く機能してくれなくなるらしい。ただでさえ抱き締められていたという衝撃に順応しきれていないし、こういうことに耐性がないのだから無理もないのだけれど、最初からずっと御幸君のペースに巻き込まれているのが悔しい。
とりあえず飯行く?という提案に頷くことで肯定の意を示すと、するりと手を繋がれた。こういうことに慣れてるんだ…と、御幸君の方をぼーっと見上げて気付く。薄暗い電灯に照らされた御幸君の耳が、赤くなっていることに。もしかして照れてる?今更?今まで余裕綽々って感じだったのに?そう思うと御幸君のことが急に可愛く思えてきて、思わず笑いが零れてしまった。


「何笑ってんだよ」
「別に。私だけじゃなかったんだなって思って」
「何が?」
「ないしょ」
「名前のくせに生意気」


名前を呼ばれたことの衝撃と、傾けられた意地悪そうな笑みに対するときめきで心臓が忙しい。こんなことでこれから大丈夫だろうかと心配になりつつも、今はこの息苦しさすらも幸せだと思えるのだから、やっぱり恋愛って楽しいものだ。
初恋は実らないのがセオリーらしい、けど。どうやら例外もあるみたいです。