硝子越しに見る未来は何色だ?

男の人を呼び出して誕生日プレゼントを渡すなんて生まれて初めてじゃない?

唐突にぽんと浮かんだ言葉に思わず頭を抱えた。人間はどうして突然こう、冷静になってしまうのだろうか。バクバクと煩かった心臓は鳴りを潜めて、脳内はぐるぐるとその言葉が円を描く。今までも宝石が丘の生徒の人で誕生日を祝った事はあったけれど、大抵はケーキや料理を振る舞う事で誕生日プレゼント、という事が多かった。一時は誕生日パーティーなんて言ってられない時期もあったし――と苦い記憶はぐっと飲みこんで。

点けたスマホの画面には呼び出しの言葉と既読が一つ、そしてスタンプ。後戻りは出来ないのだ、後悔しても既に遅い。手にした紙袋の中身を見てまた後悔に息詰まる。明らかに量多くない?幾ら自分とは食べる量が違う男性とはいえこれは流石に如何な物か。傍らに紙袋を置いてまた溜息。ため息ばかり吐くと幸せが逃げていくと弟妹に教えたのは自分なのに私が一番溜息をついている気がする。だから私はこう、何かにつけて不運というか不幸というか、いまいちついてないのか。

「……何一人で百面相してるの、編入生ちゃん」
「うひゃあ!?な、先輩、何で」
「何でって樹が呼び出したんでしょうが……」

いやそうではなく何時の間にという意味だったのだが。

という訂正を入れたくても間抜けな声を上げてしまった事とじとりとした佐和先輩の視線がいたたまれなくてそれさえも許されない。穴があったら入りたい。埋まりたい。顔から火が出そうというのはこの事で、座ったベンチの上で縮こまる横でギッとベンチが軋んだ。人の気配、誰が何をしたのかは見なくても分かる。で、どうした訳と呼び出した理由を促され、漸く樹は顔を上げる。まだ頬が火照っているような気がしたが気付かない振りをした。願わくば彼も、気付かない振りをしていて。

「……佐和さん、お誕生日おめでとうございます。その、これ」
「お、あんがとさん。この為にわざわざ呼び出したわけ?別に寮でも――あ、」

恥ずかしかったのか、とにんまり意地悪い笑みを作る彼に物申すわけでもなく、沈黙が肯定を示す事になっても口を噤んだまま。つまりはまあ、そういう事で。何が彼をそんなに喜ばせたのかは分からないが、大根役者など微塵も感じさせない甘い鼻歌交じりに紙袋の中を覗いた佐和はわ、と歓喜の声を上げた。

「何これ、クッキー?でもこれ、真ん中が宝石みたいになってるな。飴細工?」
「飴細工じゃないですけど、飴で正解です。ステンドグラスクッキーっていうんですよ」

穴が開いたクッキーの間に溶かした飴を流し込んだ簡単な物だが、佐和の瞳は彼が宝石のようだと形容した飴の如くきらきらと輝く。開けていいか、と尋ねられたので断る理由も無く首肯すれば封を開けて一枚取り出して光に翳した。随分物珍しいのか飽きもせず眺める流し込んだ飴の色は鮮やかな赤みの強い桃色だ。その視線が下に、膝に置いた袋の中に映る。星の形やハート型、丸型。色んな形に抜いた穴あきクッキーの中に流し込んで固めた飴の色は緑に赤、黄色、水色。色のチョイスが彼が所属するユニット五人のイメージカラーだと気付いた佐和は細かいな、と嬉しそうに指先で袋の中を弄った。と、その指が止まる。

「……これ、結構な量あるな?」

気付かれたくなかったところに気付かれてしまった。

分ければ良かったのに結局焼いた分丸々包装してしまって軽く20枚以上はあるだろう。好きな人に、プレゼントをあげる。しかも彼の好みに沿う贈り物が見つからなくて、手作りお菓子。良く言えば心躍って、悪く言えば浮かれて、いたのかもしれない。ぼっと顔から炎が噴き出しそうだった。宝石が丘の指定制服、灰色のスカートの上に置いた掌から手汗が滲む。佐和さんを想って、喜んでくれたらいいなと思って作ったものを、誰かに渡す気は起らなくて、全部受け取ってほしくて、なんて言える筈もなく。
「……ちょっと多く焼き過ぎちゃって。良かったらエメカレの皆や巴ちゃん達と食べて下さい。寮のテラスで巴ちゃんや天神くんとお茶してましたよね?そのお供にでも、是非」

最初の方に沈黙が生まれてしまったものの、にこりといつも通りの笑顔を張り付けて、アドリブとしては上出来だ。此方の心の内など悟られてはいない、はず。色々と察しの良い佐和さんだって此方の心の内までは読めないだろう、多分。黒曜くんじゃあるまいし。

「――確かにうちの奴らとはよく差し入れの分け合いっ子とかするし、ハルとミーと三人でお茶をする事もある。けど、これはあいつらには渡せない、かな」
「え」

ぱちりと瞳が瞬いた。佐和さんと私は兄と姉、という点から行動が似通っている部分がある、ので彼の行動も多少は脳内で予測していた。きっと彼ならこのクッキーも弟の様に可愛がって面倒を見る面々に分けて一緒に楽しむのだろう、と。その想像に反した発言に驚きを隠せず、隣に座る彼をまじまじと見てしまう。そんな私に苦笑を漏らした佐和さんはだってそうだろ?と袋を持ち上げる。

「これは編入生ちゃんが俺にって作ってくれたお菓子な訳で。俺宛のプレゼントは流石にあいつらにも渡せないでしょうが」

これはぜーんぶ、おれのもの。

悪戯っ子のような笑顔を浮かべてプレゼントを抱きかかえた彼はあ、でも、と言葉尻を切って袋の中に手を入れる。取り出したのは青い飴を流し込んだクッキー。それをはいと樹の手を取って掌に置いた彼はまた一枚、赤い飴のクッキーを取り出して。

「一緒に食べるなら、樹がいい」
「へ」
「ほかの男に食べさせるつもりは毛頭ないけど、作ってくれた樹が一緒に食べるのは全然オッケー。ということで、この大量に作ってくれたクッキー、俺一人で食べきるの大変だからさ。手伝ってよ」

戸惑ったような表情を浮かべる樹に今日だけ使える切り札、そう、誕生日のプレゼントの延長だと思ってさ、と押してみれば彼女はあっさり陥落する。この程度の量だったら自分一人でも食べきれる事を口にせず、基本的に押しに弱い彼女がこう強請られれば頷くしかない事を知りながら切り札を使用した自分は中々に悪い男だと思う。が、少しでも長く彼女と二人きりで居たいという欲の為なら致し方が無い、と結論を出す。男は存外、そういう生き物なのだ。

佐和が口の中にクッキーを放り込む傍ら、真ん中の飴部分に歯を立ててばきりと割る。何度も何度も味見をして納得の出来に仕上げたというのに、緊張のあまり味がしない。冷や汗が流れるのを感じながら、ごくりとそれを飲み込んだ。

一方佐和は美味しい、と感嘆の声を漏らす。甘い、甘いキャンディーの味と、甘さを控えた軽い歯触りのクッキー。くどい甘さにならないように考えられたそれは、程よい甘さなのに何故か、酷く甘ったるく感じて。否、甘いのは二人の間だけに流れる空気の味だろう。只管に甘い癖して、どこかほろ苦いそれは二人にとってはまだ居心地がいい筈なのにどこか落ち着かない。

いつか、もっとどろどろに溶けた甘さの空気になっても心地が良いと思える関係になれたら良いと思う。

その時はきっと、自分が寄せる想いが成就した時。それがいつの未来かは分からないし、実るかどうかも分からないが夢見たっていいだろう。佐和も樹も、夢見る青年を育成し、送り出す学園の学徒なのだから。

秋晴れの空の下で、深い青と艶やかな藤を靡かせた男女が人一人分の間を空けてベンチに腰かけている。その距離が埋まるのは、投げ出された手が重なって、指先が絡み合うのは、実はそんなに遠くない未来の話である。

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