皇帝の操り手

「じゃ、あたしとルカリオが買ったらきみのポケモンから足形、頂戴ね!」
「……はあ、何でこんなことになってるのやら……」

場所はカロス地方・シャラシティ一歩手前。目と目が合ったらポケモン勝負――野良バトルにしてはやけに人が集まっているように見えたがローラースケーター姿の少女に勝負を仕掛けられた女は特に気に掛けるそぶりも見せず、眉間に皺を寄せながら腰に手を伸ばす。爪先でボタンを弾き、手のひら台までに拡張したモンスターボールを気だるげにぽんぽんと弾ませる。反して少女は勢いよく拳を突き出すと同時に連れていたルカリオが彼女の目の前に飛び出した。

「あたしはコルニ!シャラシティのコルニよ!きみは?」
「……シンオウのマサゴのアオイ。どうぞ、よろしくっ!」

下から斜め上へと勢いよく回転しながら投げられた赤と白の一般的なモンスターボールが弾け、それなりの重量を響かせながら一匹のポケモンが着地する。三つ又の槍のようなそれが印象的な、皇帝ポケモン・エンペルト――コルニのルカリオが魂のパートナーならば、アオイにとって長い間連れ添った唯一無二のパートナーである。

「じゃ、何時もどおり宜しく、エンペルト。先行、そちらからどうぞ?」
「じゃあ遠慮なく!ルカリオ、グロウパンチ!」

スピードに長けたルカリオが電光石火の勢いでエンペルトの懐に飛び込み拳を唸らせるがそれは宙を切る。マズルに当たる水しぶき。コルニの鋭い上!と言う声に彼の双眸が空を仰ぐと、逆光を受けたアオイのパートナーが宙を舞っていた。トレーナーの指示を受けずに地面へ向かって嘴から吐き出した水流の勢いを使って回避したのだ。恐らくそれは、いつも使うエンペルトとアオイの回避手段。だから指示を受けずとも独断で回避行動に出たのだろう。

「エンペルト、冷凍ビーム」
「ルカリオ、跳んで!ボーンラッシュ!」
「何時もどおりでいいよ、いっそ巻き込んじゃいな」

手のひらから生み出した長い骨の棍を持って迫るルカリオを視界の隅に捉えながら発射準備間際のエンペルトがちらりとトレーナーを見て迎撃するかと問いかけたが、彼女は直ぐに首を振った。『いつも通り』でいいと。それを見た王を冠する彼は地面に向かってそれを発射した。落下する身体と回転を組み合わせたそれは地面を凍てつかせ、ルカリオの四駆を掠り凍傷を負わせ、氷のフィールドを作り出す。ドスン!と地面を揺らして着地すると同時に地面の氷が割れ、刃となり、受け身を取ったルカリオを追撃する。
コルニが押されてる?と野次馬の一人が呟き、やべえぞともう一人が焦りだす。何でだよ、多少やるみたいだがコルニはシャラシティのジムリーダーだぞ?と更に別の野次馬が白い目を向けるが焦りだした男のそれは収まらない。だって、何故なら。早々に作り出したこの氷のフィールドは、余りにもエンペルトに地の利があり過ぎる。

「エンペルトは陸に居る時の速さはそこまで脅威じゃねえが、氷の上は駄目だ!腹で氷を滑って、とんでもねえスピードで頭の角を武器に突っ込んでくるぞ!」
「ご明察」

にぃとフードを深くかぶった女は笑う。端から覗く青のメッシュ交じりの黒髪がその怪しさを助長させる。

「私とエンペルトの十八番よ。覚えておいて損は無いと思うけど?」
「だったら氷を割って元のフィールドに戻せばいい!ルカリオ、地面に向かってグロウパンチ!」
「甘い!アクアジェット!」

男の宣言通り氷を滑って急旋回、勢いよくルカリオに突っ込んでいくエンペルトを前に波動の彼の拳が再び光る。しかし折角作った地の利を壊されては意味がないとばかりに吠えたトレーナーの指示通り、水流を纏ったエンペルトが巨体に似合わない速さで横腹を抉るように突っ込んだ。ぎゃうという流石に苦しそうな悲鳴を上げてその勢いのままルカリオは吹っ飛ばされる。すかさずコルニの波動弾の指示が飛び、吹っ飛ばされつつも体勢を立て直して構えから波動の力を思い切り此方へと投げつけてくる。それを黙って受け入れる訳がない。次にエンペルトの嘴から発射されたエネルギー弾は鋼のそれ。ラスターカノンだ。
闘気と鋼鉄の高エネルギー弾がぶつかり合えば起こるのは大爆発。もうもうと立ち煙る灰煙に誰も彼もが口元や目元を覆う中で吠えたのはアオイだ。たった一言、追撃!という言葉だけで煙の中に居るエンペルトが呼応し咆哮が響き渡る。その闘気に顔色を変えたコルニがボーンラッシュを出してワンクッションを作った上でガードするよう指示を出すが、もう遅い。追撃という言葉が聞こえた時点で上に立つ「皇帝」として排除するべき敵の位置を察知しアクアジェットで瞬く間に接近していたのだから。
再びの咆哮が返事だと気付いたのはトレーナーだけ。薙ぎ払うように手を振って出す指示は正しくトドメの一撃。

「エンペルト!ハイドロポンプ!!」
「ルカリオ!波動弾!!」

波動でエンペルトの位置は分かっていた。けれど痛む四肢が、じわりじわりと蝕む凍傷が、構えを一瞬遅らせた。
吐き出された圧倒的すぎる水圧が、ルカリオを捉えてそのまま灰煙を突き破ってコルニの傍らを掠める勢いで発射された。再びの轟音にすぐさま首を捻った少女が魂のパートナーの名前を叫ぶが、そこには石壁に力なくもたれかかり目を回す姿。戦闘不能、ギャラリーの一人が信じられないように呟く。

「エンペルト」
「ヴァウ」
「お疲れ。よくやったね」

当り前だと言わんばかりに胸を張るエンペルトを生意気、と小突く中信じられねえ、あのジムリーダーを、という声が耳に届く。ここでコルニがジムリーダーだったことを初めて知ったアオイはいいの?とルカリオをボールへと戻した少女へと問いかける。

「あたしは生憎、必要以上のジム戦はしない主義だからいいけど。野良試合を売って回ってたら手のひら見せる事になるんじゃない?その子、切り札なんじゃないの?」
「え?だってそこでどれだけ自分たちの限界を越えられるか、がいいんじゃない!そうしてあたしとルカリオはどんどん強くなってく!」
「……そう。ならいいんだけど」

コルニと握手を交わして別れの挨拶を交わすころにはフィールドを囲っていたギャラリーも居なくなり、エンペルトをボールに戻した彼女は鞄の中に入れたままのポケギアに着信履歴が入っていたことに気付く。数分前に鳴ったという事は今はジムは暇なんだろうか。暫し考え込んだがまあいいや、と折り返しの選択をする。ワンコール、ツーコール。がちゃりと音がした。

「……あ、もしもし?すみません、直ぐに出られなくて。――ええ、今はカロス地方に。面白い壁画と神話があると聞いて。はい。もう少ししたらジョウトに帰りますね」

電話口の先で、男が少し安堵したような口ぶりで頷くのが少しおかしくて、女はそこで漸くくつりと小さく笑って見せた。

「――それじゃ。お土産話、楽しみにしててくださいね。マツバさん」

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