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馬鹿ばっかりかもしれないの巻

 無事に仲直りできた。別れるという、最悪の結末も回避することができた。それは良かった。が、私は新たな壁に直面している。というか、元々この壁に直面していたから太刀川くんを巻き込んであんな騒動に発展してしまったわけであって、結局のところ私の悩みは何も解決していないままなのである。
 そういえば今のところ、私達の恥ずかしい大喧嘩について、ボーダー本部や大学内で噂されている様子はない。ということは、太刀川くん(と望ちゃん)はあの件を口外していないということだろう。よしよし、望ちゃんは無駄なことを誰かにペラペラと喋る性格ではないし、人に話して良いことと悪いことの分別は弁えていると思うから問題なし。太刀川くんは、まあ、そのうち忘れるだろう。…と、思っていた私が馬鹿だった。

「お、みょうじ。二宮とは仲直りしたか?」
「うん。お陰様で」
「なまえさん、二宮さんと喧嘩してたんすか?」
「まあ、ちょっとね」
「じゃあ二宮とヤって処女卒業できたんだな。良かったじゃねーか」
「えっ」
「ヤっ、しょ…!?」

 私は太刀川くんの馬鹿さと軽率さと空気の読めなさを舐めていた。少し用事があって個人ランク戦が行われているブースの近くを通りかかった時に声をかけられたものだから、挨拶程度のつもりでちょっと会話をした結果、ご覧の有様。その場にたまたま居合わせた太刀川隊の射手、出水くんは、突然の衝撃的な情報に言葉を詰まらせている。

「太刀川くん! もう少しTPOってものを考えたらどうなの!?」
「なんだそりゃ。シーシーレモン?」
「私の話聞く気ないでしょ? どんだけ馬鹿なの?」
「ま、まあまあ…落ち着いて…おれ、何も聞かなかったことにするんで…」

 先ほどまで「聞いちゃいけないことを聞いてしまった」と狼狽えていた出水くんは、私の怒りを察知したのだろう。一生懸命仲裁に入ってくれている。太刀川くんのことは許せないし腹が立つけれど、これ以上、後輩を困らせるわけにはいかない。私はなんとか心を鎮めようと深呼吸をした。
 幸いにも、今の会話を聞いていたのは出水くんだけなので、出水くんさえ黙っていてくれれば、私と彼との恥ずかしい恋人事情が他の人にバレることはない。…いや、また太刀川くんがどこかでぽろりとこの手の話をしてしまう可能性は大いにあり得るから、ちっとも安心はできないのだけれど。こうなると、今日まで誰にも秘密がバレなかったことが奇跡のようにすら思えてくる。
 ていうか待って。私、二宮くんとヤってないし。出水くん、間違った情報を信じちゃってるよね? どうしよう。「ヤってないから」と否定したいのは山々だけれど、ここでその話を蒸し返したくないという気持ちの方が大きい。
 悩んだ末、私は先ほどの太刀川くんの話について訂正することなくこの場をさっさと収束させることにした。出水くんだって先輩の生々しい男女の事情なんてもう聞きたくないだろう。

「ごめんね出水くん、気を遣わせて…」
「いや、おれの方こそ、そういう話聞いちゃって逆に申し訳ないっていうか…」
「これで一件落着だな」
「元はと言えば太刀川くんのせいなんだからね! 反省して! 口を謹んで!」
「口を包む? どうやって?」
「……もういいわ」

 これ以上太刀川くんと話していたら馬鹿が移りそうで怖いし、今の私は何を言われても地雷だと判断した私は、出水くんにもう一度だけ謝り、今の話は口外しないでくれとお願いしてから、その場を後にした。暫く個人ランク戦のブースや太刀川隊の作戦室付近には近付かないようにしよう。大学でも、極力避けた方が良いかもしれないな。
 そんなことを真剣に考えながら、残りの仕事を片付けてしまおうと思いいつもの部屋に戻ろうと歩いていると、なんとびっくり。偶然にも二宮くんに出くわした。二宮くんの隣には犬飼くんと辻くんもいて、どうやら今から作戦室に向かうところらしい。今日はよく色んな人に出くわす日である。
 私が声をかけるより先に、人懐っこくて社交的な犬飼くんがこちらに気付き「なまえさーん!」と駆け寄ってきた。その名の通り、犬のような動きだ。辻くんはまだ私に慣れていないので目を合わせてくれないけれど「お…つかれ、さま…です…」と最低限の挨拶はしてくれた。

「珍しいな。ランク戦でも見ていたのか」
「うん、ちょっとトリガーの組み合わせのことで相談されたから状況確認で」
「まだ残るのか?」
「もう少しだけね。二宮くん達は今から次のランク戦の作戦会議?」
「まあそんなところだ」
「終わったらみんなで焼肉行きましょうよ〜!」
「犬飼くんは相変わらず元気だね」

 実はあの仲直りをした日以来、彼とはきちんとした会話をしていなかったから微妙な空気が流れるのではないかと少し不安だったけれど、犬飼くんと辻くんがいてくれたお陰で、不自然な空気になることなく話ができた。彼の方が一体どういう心境なのかは分からないけれど、私を避けたりはしていないから、案外あの発言のことも気にしていないのかもしれない。いや、少しは気にしてくれないと困るんだけど。
 いまだに「焼肉って気分じゃないですか?」と焼肉をゴリ押ししている犬飼くんを華麗に無視して「行くぞ」と歩き始めた彼。その流れで私も一歩を踏み出して「じゃあまたね」と言った直後だった。犬飼くんとは別の声で「なまえさーん!」と呼ばれて声のする方に顔を向ければ、先ほど個人ランク戦のブースで別れを告げたばかりの出水くんが走って来るではないか。何の用だろう。わざわざ追いかけてまで話したいことがあるのだろうか。

「良かった。まだ帰ってなくて。太刀川さんが、これ返すの忘れてたって」
「あ! これ…なんで太刀川くんが自分で返しに来ないの」
「米屋と十本勝負するからってブースに入っちゃったんすよ」
「わざわざありがとう。助かった」

 出水くんが持って来てくれたのは、私が太刀川くんに先週貸した大学の講義資料だった。すっかり忘れていたけれど、今日返してくれていなかったら明日の講義の時に困っていたかもしれない。自分で返しに来なかったのはいただけないけれど、返してくれただけマシだと思うことにするか。
 出水くんは役目を終えてホッとしたのか、そこで漸く二宮隊のメンバーの存在をしっかり認識したようだった。辻くんと犬飼くん、それから彼を見て、ぴくりと固まる。そうか。さっきあんな話をしたから! そんなに分かりやすい反応ではなかったけれど、それでも彼は出水くんの僅かな変化を見逃さない。こういう時、鋭い男というのは恐ろしい。

「なんだ、出水。俺がどうかしたのか」
「いや、何でもないです!」
「え〜? ちょっと怪しくない?」
「出水くん! 太刀川さん、そろそろ終わったんじゃない? さっき作戦会議するって言ってなかったっけ?」
「あー…はい、そうでした! じゃ、失礼します!」

 出水くんは私からの突然のパスを上手に受け取り、見事その場から退散した。残された彼ら(辻くんも含む)の視線は私に注がれていて、今度は私が早く退散しなければならない雰囲気だ。確かに、めちゃくちゃ無理矢理な逃がし方をしてしまったという自覚はある。なぜ私が出水くんを必死に逃がしたのか、その理由が気になっているであろうことも察知した。が、ここで先ほどの会話の内容を暴露するわけにはいかない。
 何か適当に話題を逸らすことはできないだろうか。そう考えてはっと思い出したのは犬飼くんの発言。

「や、焼肉」
「は?」
「はい?」
「え?」
「焼肉、行こっか!」

 彼、犬飼くん、そして辻くんまでもが怪訝そうな顔を浮かべる中、私は「うん、焼肉行こう! ちょうどそんな気分だった!」と勝手に話を進める。そして「じゃあまた後でね!」と脱兎の如く駆け出した。たとえ後から質問責めに遭おうと、今から上手なはぐらかし方を考えておけば大丈夫。焼肉代という出費は痛いけれど、今回は緊急事態だから致し方ない。
 冷静になって考えてみれば、私も出水くんも逃げたりせず、適当に話を流せるだけのスキルはあったはずなのに、自らドツボにハマってしまった感じである。だって出水くんが「二宮さんがなまえさんの処女奪ったんだ…」とか一瞬でも考えてると思ったら恥ずかしくて、さっさとどこかに行ってほしいって思うじゃないか。しかも奪われてないし! 考えさせてくれって言われたし!
 追いかけ回されることはないだろうと判断した私は、少し離れたところで足を止める。そして一応背後を確認。うん、やっぱり追っ手はいない。その時ちょうど、ポケットの中に入れていた携帯が震えた。メッセージの差出人は二宮くん。嫌な予感しかしない。

“焼肉は中止だ。二人で話すべきことがあるだろう”

 これだから鋭い男は恐ろしいのだ。話すべきこと。彼が言う「話すべきこと」とは、私と出水くんとの間に何があったのか、ということなのだろうけれど、私からしてみればそんなことよりもっと大切な「話すべきこと」がある。
 考えさせてくれって、いつまでですか。別にセックスしたくてしたくて堪らないとか、そういうわけじゃなくて、二宮くんの考えを聞きたいんだよ私は。好きなのに、好きだけど、好きだから。私達は拗れてばかりだ。