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ハッピーはふたりでつくるもの

 彼はもともと寡黙だ。だから、何か理由がない限りペラペラと自分自身のことを語ったりはしない。そんなわけで、私は付き合い始めて半年にして漸く、彼の基礎情報となる誕生日を知ったのである。それも、誕生日の二日前に。
 前日、または当日知るよりはマシだったかもしれないけれど、それにしたってもう少し早めに知っておきたかった。せめて一週間前に知っていたら、彼が何を欲しがっているかリサーチしたり、リサーチした結果をもとにそれなりのプレゼントを用意したりすることができただろう。
 望ちゃんよ、どうしてもっと早く彼の誕生日の話題を振ってくれなかったの? ……と、人のせいにしている場合ではない。時は金なり。ぐちぐち言っている暇があったら、今できることをするべきだ。思考を切り替えた私は、今日一日をかけて、彼のほしいものをリサーチすることに決めた。

「二宮くん」
「なまえか。どうした」
「どうもしないんだけど、今日一緒に帰れそうかなあと思って」
「悪いが今日はミーティングがある。何時までかかるか分からない」
「そっか……」

 とはいえ、付け焼き刃の私の浅はかな作戦がそう簡単に上手くいくはずがなかった。いつもなら「そっか、じゃあまたね」と引き下がるところだけれど、今日はいつもと同じように引き下がるわけにはいかない。

「待ってたらダメ?」
「何かあったのか」
「そういわけじゃないんだけど、なんていうか……今日は二宮くんと一緒にいたい気分なんだよね、なんとなく」


 我ながらなんとひどい言い訳だろうか。これではすぐに不審に思われてしまう。察しの良い彼のことだ。「やはり何かあったんだろう」とか「何を企んでいるんだ」とか、つっこまれてしまうに違いない。
 しかしその予想とは裏腹に、彼は暫くの沈黙の後「終わったら迎えに行くから待っていろ」と静かに言い残して去って行ったではないか。なんとラッキーなのだろう。これで私が下手くそな御託を並べる必要はなくなった。
 都合の良い幸運に感謝しつつ、私は彼が迎えに来てくれるまでの間、大人しく自分の仕事部屋で待機することにした。いつ彼が来ても良いように、カモフラージュでパソコンの電源を入れておく。「少し仕事が残ってたから待ってる間に片付けられて良かった!」という設定でいこう。うん、これなら自然だ。
 私はちっとも必要のないパソコンの前でスマホを取り出すと、男性、誕生日プレゼント、で検索をかけた。彼が一般的な男性と同じ価値観かは分からないけれど、何の基礎情報もないよりはマシだと考えたのだ。
 検索結果の画面にずらりと並ぶ様々な誕生日プレゼント候補たち。財布、時計、ネックレス、香水、お酒、グラス、エトセトラ……沢山ありすぎて、これでは参考にならない。
 困ったな、誰かに相談しようかな。彼の誕生日を教えてくれた望ちゃんに泣きついてみようか。望ちゃんは二宮くんのことを昔からよく知っているみたいだし、私が思いつかないようなことを思いつくかもしれない。
 そうと決まれば電話電話…と思ったけれど、通話ボタンを押す直前で思い出す。そういえば今週は防衛任務続きで忙しいと言っていた。たとえ電話が通じたとしても、忙しい望ちゃんに時間を割かせるのは気が引ける。それによく考えてみたら、彼は「望ちゃんのアドバイスで選んだ」と言ったら微妙な顔をしそうな気がする。
 他の人に相談する手も考えたけれど、最終的には一人でどうにかしようと決意した。彼はああ見えて意外と優しいから、私が的外れなプレゼントを用意したとしても咎めたりはしないと思うし。何より、私が選んだ、ということに意味がある、と思うから。

「待たせたな」
「ううん。全然。私の方こそ無理言っちゃってごめんね」
「無理なら待っていろとは言わない」

 相変わらずの正論をぶちかます彼が現れたところで、意味もなくつけていたパソコンの電源を切って帰路につく。さて、どうやって欲しいものを聞き出そうか。肝心なことを考えていなかったことに今更気付いてしまったけれど、もうどうしようもない。
 本当はサプライズで何か用意したいと思っていたけれど、今年は諦めようか。その方が色々と上手くいきそうな気がする。サプライズプレゼントはクリスマスとか、来年の誕生日とか、また別の機会におあずけということにしよう。
 潔くプランを変更することに決めたお陰で、少し肩の荷が降りた。そうだ。背伸びしようとしたら、また微妙な擦れ違いが生じてしまうかもしれない。こういう時は「二宮くんのことを想って考えています」とシンプルに伝える方が良いということは、学習済みなのだ。これまでの経験をきちんと生かさねば。

「実は二宮くんに訊きたいことがあって」
「なんだ急に」
「もっと早く知っておくべきだったんだけど、今日二宮くんの誕生日が明後日だって知って……本当はサプライズプレゼントを用意したかったんだけど、何のリサーチもしてないから何がほしいか分からなくて準備できそうにないの。二宮くん、何かほしいものない?」

 いつもと変わらぬ帰り道、いつもと同じ歩調でいつもと同じように私の隣を歩く彼が、僅かに歩調を緩めた。珍しいなと思い彼の顔を見上げてみたけれど、その表情に変化は見られない。

「そんなことを考えていたのか」
「そんなことじゃないでしょ。誕生日は一大イベントだよ」
「ほしいものはない」
「そう言うと思った。でも、それじゃあ私が納得できないというか……」
「俺が何もしなくて良いと言っても無理矢理何かをするのが誕生日祝いになるのか」
「……そういう言い方をされるとすごく困るんだけど」

 彼の言い分は確かに正しい。祝われる側が望んでいないことをしても意味がないというのは、まぎれもない正論である。
 しかし、祝う側としては何かしらしてあげたいというのが正直なところであるというのも、また事実だった。まあ彼に言わせてみれば、それはただのエゴということになるのだろうけれど。
 それにしても困った。何も望まないと言われた以上、無理矢理プレゼントを押し付けるわけにもいかなくなってしまったし、せめてケーキを一緒に食べるぐらいのことはできないだろうか。

「ケーキ一緒に食べるのも嫌?」
「祝われるのが嫌だと言っているわけではない」
「じゃあケーキは準備するね。何ケーキが良い?」
「任せる」
「えぇ……難しいこと言う……」
「相当なことがない限りなまえが選んだものに文句を言うつもりはない」

 そう言われると逆にプレッシャーではあるのだけれど、その気持ちは素直に嬉しい。それならば彼のお望み通り、私好みのケーキを選んで買ってくることにしよう。
 しかし、だ。いくら彼が何も欲しがっていないとはいえ、彼氏の誕生日にケーキを一緒に食べるだけというのは、彼女の立場としてやっぱり腑に落ちない。せめて彼が喜ぶことを何かしてあげられないだろか。
 そんなことを考えていたら、なぜか唐突に思い出した初めての情事の時の会話。こんなことで喜ぶかは分からないけれど、ものは試しだ。私は軽い気持ちで、誕生日でもない今日、予行演習よろしく思い立ったことを行動にうつした。

「まさたかくん」

 私が思いついたのは彼を名前で呼ぶこと。彼は少なからず私からの呼ばれ方を気にしている様子だった。だから名前を呼ぶことで少しでも喜んでくれたら、と思ったのだけれど。
 彼は先ほどと違って、歩調を緩めるどころか立ち止まってしまった。それが良いことなのか悪いことなのか、彼の表情からは読み取れない。

「二宮くん?」
「もう名前では呼ばないのか」
「え。呼んで良かったの?」
「良いも悪いも、前々から俺は名前で呼べと言っている」
「そうだっけ」
「まさか名前で呼ぶのは誕生日限定というわけではないだろうな?」

 私の思考をいとも簡単に先読みした彼の視線は、少し鋭さを増しているような気がした。つまりそれだけ真剣ということになるのだろう。たかが名前。されど名前だ。
 本当は彼の推察通り、誕生日限定の呼び方にしようかと思っていたけれど、今試しに呼んでみたら、思っていたほど抵抗も気恥ずかしさもなかったから、今日から名前で呼ぶのもありかもしれない。
 あれ。でもそれじゃあ誕生日のお祝いはどうしよう。

「匡貴くん、他に私にされて嬉しいことない?」
「……もう十分だ」

 そこで彼がふっと目元と口元を緩めたりするものだから、私の胸がきゅうっと疼いた。これじゃあどっちがプレゼントをもらったことになるのか分かったものじゃない。
 なんだか無性に彼の温度が恋しくなった私は、思い切って彼の手に自分のそれを絡めた。最初ほんの少しだけ躊躇いを見せた彼の指先は、すぐに私の指先を絡めとってくれて、じわじわと体温が混ざり合う。

「明後日、うちで良い?」
「なまえが良いなら」
「待ってるね」
「分かった」

 色気も素っ気もないシンプルな会話。けれども、私たちにとってはとびっきりの逢瀬の約束だった。
 風が冷たくなってきた十月下旬。身を寄せ合う口実を作るには持って来いの季節に、私たちは温度を上げる。