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一日一歩、時々散歩でちょうどいい

 大学構内の食堂の片隅。昼時を過ぎて三限目が始まったばかりの時間に遅めの昼ご飯をご一緒しているのは望ちゃんだ。
 彼と微妙な関係になって相談して以降、なかなか話す機会がないまま今日を迎えてしまったものだから、望ちゃんは私たちが仲直り?したことを知らない。……と、思う。もしかしたらどこかのヒゲ男が何かしら言ったかもしれないけれど、今のところ「聞いたわよ」と話を切り出されてはいない。
 優雅にカレーを食べる望ちゃんは、いつも通り美しい。こんなにもエレガントにカレーを食べる人は他にいないだろう。私はラーメンを啜りながら、自分の庶民臭さに若干の悲しみを覚えた。

「それで? 二宮くんとはその後どうなったの?」
「誰からも聞いてない?」
「ええ。全く」
「太刀川くんと会ってないの?」
「会ったけど、二人のことは何も聞いてないわよ」
「へぇ……そうなんだ」

 意外だ。太刀川くんの性格上、私と二宮くんの間に起こったことをネタとしてペラペラ喋ってしまいそうだと思っていたけれど、口は固い方だったりするのかもしれない。単純に、私たちのことについてのあれやこれやを忘れていたという可能性もある(なんならそちらの可能性の方が高い)けれど、それならそれで良い。
 私は一口ラーメンを啜って咀嚼し、しっかりと飲み込んでから話を切り出した。相談にのってもらった以上、望ちゃんには最終的にどうなったのか報告する義務がある。

「二宮くんと無事に仲直りしました」
「そんなこと分かってるわよ」
「え」
「だって二宮くんがなまえちゃんと別れるわけないじゃない」
「そうなの?」

 別れるわけがない、と言い切った望ちゃんの発言には、驚きしかなかった。今回の一件を通して、私は自分が思っている以上に彼から愛されているのかもしれないと感じ始めている。けれども「別れるわけがない」と断言できるところまでは至っていなかったのだ。

「呆れた……二宮くんったら、もう少し愛情表現が上手にならないと逃げられちゃうわよ」
「二宮くん、望ちゃんに私のこと何か言ってた?」
「まさか。こっちから訊いたって教えてくれないわ」
「じゃあどうして二宮くんが私と別れるわけないって言い切れるの?」

 素朴な疑問をぶつけて、またラーメンを啜る。すぐに返事がないところを見ると望ちゃんもカレーを一口食べているのだろうと思い視線を上げれば、望ちゃんはスプーンを持ったまま固まっていた。見事なまでの呆れ顔で。

「少し二宮くんが気の毒になってきたわね……」
「どういうこと?」
「なまえちゃんは知らないかもしれないけど、二宮くんのなまえちゃん溺愛っぷりはボーダーで有名なのよ?」
「えっ!?」

 そんなの初耳だ。だって、二宮くんと私が付き合っていることはそれなりに知れ渡っているかもしれないけれど、本部内で一緒にいることはほとんどない。だから、二宮くんが私を溺愛している姿を第三者が目撃することはないはずだ。
 そもそも、溺愛ってどういう状態を言うのだろう。二人きりでいる時でさえもその状態に陥っているのかどうか分からないのに、なぜボーダー内で有名なのか。知りたいけれど、知りたくない。今日ボーダー本部に行くのが億劫すぎる。

「分かりやすいもの。なまえは俺のだ、って常に目で訴えてるわよ」
「えぇ……そんなことないと思うけど……」
「なまえちゃんには自信が足りないのよ。あの二宮くんに選ばれた女なんだから、もっと愛されてる自覚を持つべきだわ」

 愛されてる自覚。その言葉を聞いて頭を過ぎったのは、二人きりでいる時の彼の言動。ついでに身体を重ねた時のことまで思い出してしまったものだから、私は顔が熱くなるのを感じた。
 別に、愛されてないとまで思ったことはない。彼の性格的に、好かれていなかったらすぐさまフラれているだろうと思うからだ。けれどもそれは、私より好きだと思える人に出会えたら、何の躊躇いもなくフラれるということと同義である。
 いつかは彼に別れを告げられる時が来るのだろう。どこかでそんな風に思っていた。否、思っている。現在進行系で。しかし、今の望ちゃんの口ぶりは、まるで私はこの先ずっと彼に愛されるのが当然、というようなニュアンスだった。それがちょっと嬉しくて擽ったくて、たっぷり恥ずかしい。

「前、私に訊いてきたじゃない? 二宮くんはなまえちゃんと恋愛できてると思うか、って」
「うん」
「恋愛って一人じゃできないものなのに、あなたと二宮くんを見ていたら二宮くんだけが随分必死みたいだったから……恋愛できてるかって質問には答えにくかったのよね」
「答えにくかった、ってことは、今なら答えられるの?」
「今のなまえちゃんと二宮くんなら、恋愛してるって即答できるわよ」

 この短期間で傍から見て分かるほどの変化が私にあっただろうか。色々悩んでいたことが解決したから確かにすっきりした気持ちで純粋に彼を好きだと思えるようになった……ような気はするけれど、それが表に出ているとは考え難い。
 望ちゃんに「私何か変わったかな?」と尋ねると無言で微笑まれた。それはつまり、肯定を意味しているのだと思う。
 すっかり伸びつつあるラーメンを最後まで食べきり、カレーを最後まで上品に食べる望ちゃんを待つ。今日はもう講義がないから、この後ボーダー本部に行こうと話をしているのだ。

「ところで、二宮くんとどうやって仲直りしたの?」
「それは……まあ……話し合いとか色々……」
「色々、ね」
「そう! 色々!」

 食事を終えてトレーを下げようと立ち上がったところで何の気無しに投げかけられた問い掛けに、私は分かりやすくしどろもどろしてしまった。仲直りの過程のことを思い出そうとすると、嫌でも身体を重ねた時の雰囲気を頭の中に思い浮かべてしまうからだ。
 上手くはぐらかすほどのトーク力がない私は、がちゃがちゃと音を立てながらトレーを返却口まで運ぶ。その間に望ちゃんから「愛が深まって良かったわね。妬けちゃうわ」と思ってもないことを言われたけれど、聞こえないフリをした。

「今日は二宮くんと会わないの?」
「防衛任務があるから終わったら連絡するって」
「マメねぇ」
「……愛されてる、って、ちゃんと、自覚してるよ……これでも」

 望ちゃんとボーダー本部に向かって歩いている道中、会話の流れからぼそぼそとそんなことを呟けば、隣からふっと笑う気配がした。そこで一気に込み上げてくる羞恥心。よく考えなくたって、こんなの惚気じゃないか。

「良かったわね、二宮くん。ちゃんと愛が伝わってるみたいで」
「大きなお世話だ」
「えっ!? 二宮くん……なんで……?」

 ずっと俯きがちで自分の足元しか見ずに歩いていたものだから、いつからか背後を歩いていたらしい彼の存在に全く気付くことができなかった。望ちゃんは彼がいたことを知っていて、わざとその手の話題を振ってきたのだろう。ちょっと性格が悪い。
 それにしても、防衛任務に行っているはずの彼がどうしてこんなところにいるのか。状況が飲み込めていない私を置いて、望ちゃんは「邪魔者は退散するわ」と言い残し颯爽と去って行った。取り残された私と彼も、ゆっくりと歩き始める。

「防衛任務は?」
「思っていたよりも早く終わったから大学まで迎えに来てみたら、加古と出てくるところが見えたんだ」
「連絡ないから……」
「迷惑だったか」
「迷惑ではないよ。思ってたより早く会えて嬉しい」
「……前よりも素直になったな」

 ぽつり、落とされた言葉には喜びが滲んでいるように感じられた。
 彼との恋愛はぐらぐらと不安定で、不確定要素ばかり。今は少し落ち着いているけれど、またいつか不安に苛まれて別れの危機が訪れることもあるかもしれない。それでも私は、何度でも彼と恋愛をしていたいと思う。
 彼は口下手で、何を考えているのか読み取り難い。でも、ちゃんと大事にされてるって感じられるから。これからも私たちなりに、歩みを進めていこう。