×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

疫病神でも立派な神様ですから

「よぉ、みょうじ」
「あ、太刀川くん」

 大学からボーダー本部に向かって歩いている途中、背後から聞き覚えのある声に呼び止められて振り向けば、見慣れたヒゲ男が右手を軽く上げていた。
 珍しくきちんと講義を受けていたのか、少し眠たそうな様子の太刀川くんの歩調は、なんとなくスローペースだ。トリオン体で弧月を振り回している時とは雲泥の差である。

「これから防衛任務?」
「いや。適当に誰か切りてぇなと思って」
「言い方が物騒」
「ずっと座ったまま興味ねぇ話聞いてたらストレス溜まった」
「太刀川くんは大学生に向いてないと思うよ」
「俺もそう思う」

 非常にくだらなくて他愛ない話だった。しかし、太刀川くんとどうでも良い話をする時間は、わりと好きだ。難しいことを考えなくて済むから、脳を休息させるのにちょうど良いというかなんというか。これは断じて悪口ではない。褒めているのだ。
 のそのそと歩く私達の横を、何人か足早に通り過ぎていく。本当ならさっさとボーダー本部に行って仕事を片付けるはずだったのだけれど、太刀川くんのペースに飲み込まれてしまった。まあいっか。そんなに急いで処理しなくちゃいけない仕事ってわけじゃないし。

「そういえば、二宮と何かあったのか」
「え。何かって? なんで?」
「二宮の機嫌が良さそうだって、昨日出水が言ってた」

 恐らく太刀川くんは、くだらない話の延長でその話題を振ってきたのだろう。ぼけーっとした表情は相変わらずで「腹へったな」などとぼやいているのがその証拠だ。
 しかし私の方はというと、内心かなり焦っていた。何かあったのか、って、それを尋ねられて真っ先に思い出すのは身体を重ねた時のことで、身体の芯からじわじわと熱くなっていくような感覚に襲われる。
 出水くんの情報によれば、二宮くんは機嫌が良さそうだったという。それはつまり、あの日の出来事が彼にとってプラスの意味で捉えられているという解釈で良いのだろうか。どうしよう。もしそうだとしたら、すごく恥ずかしくて、すごく嬉しい。
 そんな感情が顔に表れていたのだろうか。ぼけーっとしていたはずの太刀川くんが私の顔を見るなり「その顔は何かあったな?」と嫌な笑みを向けてきた。そういえば、私と二宮くんの関係が拗れまくった原因には、全てこの男が関係している。もしかしたら太刀川くんは、私達カップルにとって疫病神なのかもしれない。
 そう考えるとこうして並んで歩いているのもよくない気がしてきて、私は無意識のうちに太刀川くんから距離を取っていた。あからさまではないとはいえ、その行動は不審に見えたのだろう。「そんなに警戒すんなよ」と苦笑される。

「太刀川くんといるとろくなことがないような気がして」
「ひでぇ言われようだな」
「だって二宮くんと拗れたのは太刀川くんのせいみたいなもんだし」
「自分のせいだろ。俺は関係ない」

 そう言われて、ムッとしながらも口籠る。確かに、私の言動が拗れる要因となったのは否定できない。けれど、太刀川くんが全く関係ないかと訊かれれば、そうとも言い切れないわけで。
 とは言え、こんな道端で深く話す内容でもないかと思った私は、そのまま口を噤む代わりに、隣を歩く太刀川くんの肩に軽くグーパンチをしておくだけにとどめた。無駄な言い争いはしない。なんて大人な対応だろう。

「痛ぇぞこのやろう」
「絶対うそじゃん」
「俺はやられたらやり返す主義だ」
「え、わ、やだ、髪ぐしゃぐしゃにしないでよ!」

 容赦なく頭をわしゃわしゃと撫でまわされたことで、元々綺麗とは言えなかった髪型が更にひどいことになった。今日の夜、できたら二宮くんと夜ご飯行こうと思ってるのに! 本部に着いたら鏡でチェックして整えよう。
 手櫛でなんとか髪を撫でつけつつ、太刀川くんをひと睨み。しかし睨まれた本人はケラケラと笑っているだけで、私の視線なんてちっとも気にしていない様子だから腹が立つ。

「なまえ、太刀川。何をしている」
「あ! 二宮くん」
「おー。噂をすればなんとやら、ってやつだな」
「俺は何をしているのかと訊いている」

 普段から愛想が良いタイプではないけれど、今日の二宮くんはいつもより数倍機嫌が悪そうだった。つい数分前、二宮くんは機嫌が良さそうだという情報を得たばかりだというのに、話が違うではないか、出水くん。
 触れ込みとは正反対の状況に、私は少し戸惑いながらも返事を考える。ていうか「何をしている」って訊かれても、一緒にボーダー本部まで歩いてました、としか答えようがないんですけど。
 太刀川くんも私と同じことを思ったのだろう。私の代わりに「見りゃ分かるだろ」と返事をしてくれたけれど、二宮くんは溜息を吐いただけで、納得している様子はない。

「なまえ、行くぞ」
「え、うん? 太刀川くんは……?」
「放っておけ」
「えぇ……」

 歩き出す二宮くん。追いかけたい気持ちはあるけれど、途中まで一緒に来ていた太刀川くんを放って行くのはどうなのかと迷う私。

「あー……そういうことか」
「え? 何? 太刀川くん何か分かったの?」
「みょうじ、やっぱり二宮と何かあったろ」
「な、なんで、」
「セックスでもしたか」
「ちょ、こら! こんなところで何言ってんの!」
「その反応は図星か。お熱いねぇ」

 太刀川くんが何を察したのか、どうしてその答えに行き着いたのか、私には全く分からない。しかもそれを問いただす前に、先を行く二宮くんがこちらを振り返り「早くしろ」と目で威圧してくるものだから、答えは分からぬまま。太刀川くんは「早く行ってやれ」と私の背中を押す。
 太刀川くんがそう言うならと、私は二宮くんの方へと足を進めた。合流した直後よりも更に不機嫌度が増したような気がするけれど、私の気のせいだと思いたい。

「二宮くん、何か怒ってる?」
「……」
「怒ってるんだ」
「そう簡単に触らせるな」
「うん?」
「太刀川に気を許しすぎだ」

 ぼそぼそと落とされた言葉は、苛立ちとは別の感情を孕んでいた。太刀川くんは既に二宮くんのこの感情に気付いていたのかもしれない。私にも漸く分かった。
 綻ぶ口元。ついでに「ふふっ」と声まで漏れてしまったから、半歩前を歩く彼に「何がおかしい」と不審がられる始末。でも、仕方なかったのだ。
 だって二宮くん、太刀川くんに嫉妬してくれてたんでしょ? 私が太刀川くんに髪ぐしゃぐしゃにされてるところを見て声かけてきたってことでしょ? そんなの、嬉しくて笑っちゃうに決まってるじゃない。
 束縛されるのは嫌だと思っていた。けれど、嫉妬されたり独占欲を垣間見せられるのは嫌じゃなくて、むしろ嬉しいということに気付いてしまった。実感させられてしまった。

「二宮くん」
「なんだ」
「髪の毛、太刀川くんにぐしゃぐしゃにされちゃったから直してよ」

 半歩分の距離を埋めて彼の隣に並んだ私は、だらしなくヘラヘラ笑いながらおねだりしてみる。彼は案の定「何を言ってるんだこいつは」と言いたげな顔でこちらを見てきたけれど、私が目を逸らさないことを察したのか「直せるものなのか」と零しながら私の頭へ手を伸ばしてきた。
 彼の手付きは、髪を撫でつけるというより、ただ頭を優しく撫でているだけ。でも、それで良い。ぐしゃぐしゃの髪を直してもらうことが本当の目的じゃないから。たぶん彼も、そんなことは分かっていると思う。

「今日の夜、ご飯一緒にどうですか」
「何時まで作業するつもりだ」
「六時前ぐらいかな」
「迎えに行く」
「うん。待ってる」

 ご機嫌取りのつもりで提案したわけではないけれど、彼の機嫌は今の一言によって完全に直ったようでホッとする。扱いにくそうに見えて意外と単純。そんなこと、彼には言えやしないし言うつもりもないけれど。
 私達の後ろを歩いていると思われる太刀川くんには、今までの一部始終を見られていたかもしれない。また何か言われちゃうかな。でもまあ良いや。何か言われたら堂々と言い返してやろう。「私達、ラブラブなのよ」って。