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「なまえ、爆豪さんとのお付き合いは順調なの?」
「お付き合いって……」
「お見合い相手の方と何度も食事に行くなんて初めてじゃない」

 例の事件に巻き込まれて三日後のこと。朝食の席で母の口から唐突に「爆豪さん」という名前が飛び出したものだから、私はハムエッグを口元に運びかけていた手を止めた。
 母の言う通り、今までのお見合い相手とは、お見合いの席で顔を合わせて以降、二度目の食事に行くことはほとんどなかった。二度目があったとしても、三度目は確実になかったと言い切れる。
 しかし今回はどうだろう。職場で出くわしたのは偶然だけれど、それ以外のプライベートで既に二回も食事をしている。これは快挙だ。
 しかし母の言う「お付き合い」という単語には引っ掛かりを覚えた。だって私たちの関係は「お付き合い」なんて綺麗なものでも、わかりやすいものでもないから。
 お互い好き同士というわけではないし、お見合いをしたにもかかわらず結婚なんてちっとも考えていない。なんなら私は妙な宣戦布告をされただけで、なぜ二人で出かけているのかもわからないという状況だ。
 彼の方は私を落としたら……否、泣かせたら、だったっけ? とにかく、屈服させるのと同義の状態に持ち込めたら終わり、と思っているはずだから、私がさっさと「あの日は大変失礼致しました」とでも言って「負け」を認めてしまえば、案外あっさり終わるのかもしれない、けれど。私はそれができずにいるから、母に無駄な期待をさせてしまっているのだ。

 ホテルディナーでの一件で、私は彼がヒーローであるという事実を目の当たりにさせられた。彼は本能的に、誰かを救けるために行動する。そういう人間なのだと見せつけられた。
 だから迂闊にも、不覚にも、期待したくなってしまった。彼ならもし私の身に何かがあったとしても救けてくれるんじゃないか、って。小言を言いながらも守ってくれるんじゃないか、って。
 けれどもそんな思考は、すぐに捨てた。捨てざるを得なかった。誰かに救けてもらおうだなんて、守ってもらおうだなんて、そんな甘ったれた考えをしていては駄目だ。過去に私を守ろうとして何人もの人が命を落とした。その事実を、私は永遠に忘れてはならないから。
 彼は確かに強いかもしれないけれど、不死身でもなければ無敵でもない。私と同じ人間である限り、どんな“個性”をもっていようとも、死ぬかもしれないという危険は常に存在する。だから私は決めたのだ。誰にも頼らず生きていく、と。自分の身は自分で守る。自衛できなかった時は潔く死ぬ。そういう人生で良い。そう、割り切った、はずなのに。
 彼と一緒にいると、その感覚が、決意が、揺らぐ。ぐらつく。だから離れるべきなのに、だからこそ興味深くて、たぶん、惹かれている。しかし何度も言うように、彼を巻き込んではいけない。だから、決めた。
 これ以上彼との関わりを深めるのは、お互いにとって良い未来に結び付かない。次で彼に会うのは最後にしよう、と。

「あなたって意外とお人好しよね」
「はァ? 脳みそ腐ってんのか」
「だって、結婚する気のないお見合い相手の誘いにのってくれるなんて、どう考えたってお人好しじゃない」
「売られた喧嘩は買うっつっただろうが」
「普通の人は食事に誘われたことを喧嘩を売られたとは認識しないはずなんだけど」
「俺は普通じゃねンだよ」
「そう……そうね、」

 でもやっぱりお人好しだと思う、という言葉は、温かいお茶と一緒に飲み込んだ。
 ヒーローとして忙しいはずなのに、彼は今もこうして私の目の前に座り夜ご飯を共にしている。彼のことを深く知っているわけじゃないけれど、今まで見てきた彼の人物像から想定すると、自分が嫌だと思ったことはすっぱり断る性格だと思う。それなのに私の誘いを断らなかった。その理由とは。
 そこに何かしらのラブにまつわるエトセトラがあれば、結婚の「け」の字が見えてくるのかもしれないけれど、恐らくそういうことはないだろう。
 宣戦布告した手前、決着をつけるまでは引き下がれないとでも思っているから付き合っているだけか、単純な暇潰しか、まあ何にせよ、堅物で融通が効かなくて、ちょっぴりお人好しで、真っ直ぐな人だと思う。

「今日はあなたに言いたいことがあって」
「ダラダラ喋んな。用件だけ言え」
「初めて会った時、失礼なことを言ってごめんなさい」
「……は?」
「図星を突かれて気が立ってたんだと思う」
「何を企んでやがる」
「何も。ただ、私が自分の非を認めたら、あなたが私に突っかかってくる理由はなくなるでしょう?」

 だからもう、会うのは今日で最後にしましょう。
 雰囲気の良い創作居酒屋の個室。腹ごしらえを終え、食後のお茶を啜りながらできるだけ淡々と。私は今日の目的である別れの言葉を切り出した。
 彼は予想以上に驚きの表情を浮かべていて、わかりやすい人だなあと、思わず少し笑いそうになった。突然の「最後」に驚くのは、まあ、なんとなく理解できないこともない。けれど、彼だってわかっているはずだ。私たちが何度逢瀬を重ねても、未来には繋がらないということを。

「誰が勝手に最後にしてんだよ」
「この関係を続けることに、お互い何のメリットもないでしょう?」
「テメェはそれで良いんか」

 良いのか、って。どうしてそんなことを私に確認してくるのだろうか。仮に私が悪いと言ったらどうなるというのか。このわけのわからない関係を続けるとでも言うのだろうか。何のために?

「あなたは私を屈服させたら満足なんでしょう? そもそも私たちはお見合い自体乗り気じゃなかったわけだし、一ヶ月も無駄な時間を過ごしたことの方がおかしいじゃない」
「……で? 見合いン時のことを謝って、それで俺に屈服しました、ってか」
「それ以外にあなたに屈服する手段ある?」
「その態度でよく屈服したなんて言えるな。俺はそんなんじゃ納得しねェぞ」

 なんとなく話の流れ的に嫌な予感はしていたけれど、どうにも面倒臭いことになってしまった。私の物言いに些か問題があったのは反省しているけれど、それにしたって拗れすぎである。これでは上手く関係を断ち切れないどころか、それこそ喧嘩を売った、みたいな形だ。
 どうして彼はすんなりと私との関係を終わりにしてくれないのだろう。それほど固執する理由なんてないはずなのに。それだけ私に腹を立てているということなのか。まったく、困ったものである。

「じゃあ別の方法で私があなたに屈服する日が来たら終わりってことで良い?」

 とりあえず今日のところは作戦失敗ということで引き下がることにした私は、次なる作戦を考えるべく彼に確認を取った。どうすれば彼が「終わり」を受け入れるのか。そこさえわかっていれば、次こそは断ち切れるはずだ。
 彼は眉間に寄せていた皺を深くして湯のみに入っていたお茶を一気に飲み干すと、ガンッと机に叩きつけた。割れなかったから良かったものの、もし割れていたら弁償しなければならなかっただろう。
 呑気に湯のみの心配をしている私に、彼は鋭い視線を向けていた。まるで蔑むかのように、憐むかのように、そして怒りの陰に寂しさを隠すかのように。真っ直ぐな彼の瞳は、複雑な色を宿している。

「ハナから俺に勝つ気がねェ奴を屈服させても意味ねーわ」

 勝つとか負けるとか、そういう話は最初からしていないんだけど、と言い返す前に、彼は席を立って部屋を出て行ってしまった。取り残された私は、いよいよ頭を悩ませるしかない。
 これはもしかして愛想を尽かされたというやつなのだろうか。そもそも彼に愛想というものはなかったと思うのだけれど、それはともかくとして、もしそうなのだとしたら彼との関係はこれで終わり? いや、でも彼は納得していないと言っていたし……?
 考えたところで、答えに辿り着けるはずもない。答え合わせのしようがない以上、私には悩むことすら許されていないのだった。

 何事も勝つことに拘る強い彼と、負けても良いから穏便に波風立てず終わらせたいと思う弱い私。根本的に人間としてのつくりが違うのだから、理解し合うことは永遠にできないのかもしれない。でもだからといって、このまま放置して良いのかと訊かれたら、それは頷けないわけで。
 彼は、どうしたかったんだろう。どうしたいんだろう。その答えも、きっと、永遠に知ることはできない。


強虫さんと弱がりさん