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 お見合いなんて死んでも御免だとあらかじめ釘を刺しておいたというのに、うちのババアときたら、昔から俺の話を聞く耳など持っていない。日時も場所も勝手に決めた挙句、前日になって「私の顔に泥を塗りたくなかったらお見合いしてきて」と連絡をしてきた時には、怒りのあまり握っていたスマホをぶっ壊しそうになった。
 ババアは勿論だが、隣で聞いていたであろうクソ親父も同罪だ。止めることができないならせめて俺に早く連絡を寄越すぐらいの機転を利かせれば良いものを、どうせババアに口止めされていたのだろうが、相変わらず使えない。
 そう思っているにもかかわず、指定された日時に指定された場所へ赴いている自分自身が、一番腹立たしかった。何度もすっぽかしてやろうと思ったのだが、後々のことを考えたら適当にお見合い相手の女をあしらった方が早いと判断した結果、親の意向通りになってしまったのだ。
 高校を卒業してちょうど十年。プロヒーローとしての知名度は高くなったと、自信を持って言える。公にはしていないが、来年には自分の事務所を立ち上げる計画も動き出したところだ。つまり俺は忙しい。お見合いなどに時間を割いている暇は一秒たりともないのである。

 面会したお見合い相手は、随分と妙な女だった。百パーセント作りものだと分かる気持ち悪い笑みを傾けて、苛立つほど丁寧な敬語を使う。そんな感じだから好かれようと努力しているのかと思えば、俺には全く興味を示さず媚びてくることもない。俺が有名なプロヒーローであることはわかっているはずなのに、そこに関しての話題も振ってこない。
 このお見合い自体にやる気がなさそうな女に、俺は違和感を覚えた。こちらとしては好都合だったが、白々しい御礼の挨拶はどうにも不愉快で、思ったことをそのまま口にすれば、そこで漸く垣間見えた本性。
 やる気がないのは予想通りだったが、俺に対して結構な評価を投げつけてきやがったのは予想外だった。カチンとはきたが、すかしたツラで虫唾が走るような話し方をされるよりはマシだと感じた。
 この俺にそこまで言ってくるとは良い度胸だ。売られた喧嘩は買ってやろうじゃねえか。そんなわけで、俺は女に宣戦布告したのだった。

 女を食事に誘ったのは、本当に気分だ。自分でも頭がおかしくなったのではないかと思うほど、誰かと飯を食おうと思い立つのは珍しいことだった。しかもその相手が全く親しくもない、親しくするつもりもない人物となると尚更。
 認めたくはないが、少し、ほんの少し、興味があったのかもしれない。俺に喧嘩を売ってきた珍しいタイプの女がどんなヤツなのか。敵を倒すには敵を知る必要がある。ただそれだけで抱いた興味だとは思うが、何にせよ、プライベートで女と二人で飯を食うというのはほとんど経験がなかった。
 俺の数少ない経験上、女というのは飯を食うとなると、イタリアンだのフレンチだの、食ったかどうかも分からない類の料理を提供してくる店を選ぶのが常だった。だからこの女もそうなのだろうと思っていた。
 しかし、女が至極面倒臭そうに適当に選んだのは居酒屋。しかも俺と声を揃えて「とりあえずビール」と宣ったのだ。いちいち勘に障る物言いをするのは如何なものかと思うが、こざっぱりした性格は嫌いではなかった。
 ただ、親交を深めたいと思ったかと尋ねられたら、答えは確実にNOだ。すかしたそのツラを歪ませてやりたいという気持ちはあるが、普通の女とはどうも違う系統であるみょうじなまえという女を、どう屈服させれば良いものか。このまま引き下がるのは俺の意に反する。
 気が付けば俺は、女のことをよく思い浮かべるようになっていた。その時点で、女に自分の思考を支配されているようで癪だったが、仕事で赴いた先の受付に渦中のその女がいたことによって、俺の腹の虫の居所は更に悪くなった。

「えっと、もしかしなくても今回うちの事務所のヒーローとチームアップミッションをするのって、」
「俺だ」
「…………宜しくお願いします」
「あからさまに嫌そうな顔してんじゃねェ!」

 本人は取り繕っているつもりなのかもしれないが、俺からしてみればかなり分かりやすく感情が顔に出ていた。「もう二度と会うことはないと思っていたのにどうしてこんなところに現れるんですか」とでも言いたげな視線を送ってきているくせに、口では「嫌だなんてとんでもない。うちの事務所としては心強いです」と、社交辞令をつらつらと述べる女に虫唾が走る。
 仕事とプライベートは完全に分けるタイプなのだろう。女はそれから俺がどんな言葉を浴びせようと、どれだけ鋭い眼光を注ぎ続けようと、怯むことなく自分の仕事を淡々と片付けていた。
 一方俺はというと、応接室に案内され、相手側の事務所の責任者とチームアップミッションの簡単な流れを確認し、早々に退散を目論んでいた、のだが。受付のところまで戻る間に、廊下でコソコソと話をしている事務所の事務員であろう女二人の話している内容が耳に入ってきて、思わず歩くペースを緩めた。

「みょうじさんってお父さんのコネでうちの事務所に就職したんだって」
「へぇ〜……良いよねぇ、お家柄が良いと就職にも困らなくて」
「それに知ってる? みょうじさんの“個性”のこと」
「どんな攻撃も効かないんだっけ?」
「詳しくは知らないけど、そんな感じ。特別な“個性”を持ってるなら事務なんかせずにプロヒーローになれば良かったのに」
「ああ見えて守ってもらいたいタイプなんじゃない?」
「え〜? そんな可愛いタイプじゃないでしょ〜」

 女というのは、くだらない噂話が好きな生き物だ。そして同時に、陰でコソコソ悪口めいたことを言うのもステータスだと思っている節がある。俺はその手の行為が心底嫌いだ。

「そういうことは本人に直接言えや」
「え、」
「陰でコソコソ言うなっつってんだよ」
「ご、ごめんなさい……!」

 俺は面倒事に自ら首を突っ込むタイプではない。だから本来、赤の他人のことでいちいちこんな風に指摘をしたりはしないのだが、今回はどういうわけか普段より気に障った。だからつい、口を挟んでしまったのだ。
 コソコソ話をしていた女二人は俺の顔を見て目を見開くと、クモの子を散らしたように逃げて行った。ああいう女共は今退散したところで同じことを繰り返すだろうから、根本的な解決にはならないだろう。あの女は陰で好き放題言われているのを知っているのだろうか。
 帰り際、受付のところで黙々と仕事をしている女の前で立ち止まる。言おうか言うまいか迷ったが、隠しておくのは性に合わない。

「オイ」
「何でしょうか」
「随分と嫌われてんじゃねーか」
「……あなたには関係ないでしょう」
「テメェの“個性”、」
「場所を、変えましょうか」

 女は“個性”という単語を聞いた瞬間、俺の言葉を遮るように声を発して席を立った。どうやら自分の“個性”のことは口外したくないらしい。
 俺と初対面の時の様子や、やけに落ち着いた言動、先ほどの女共が言っていたこと、そして他言したくない理由を総合的に考えれば、女の“個性”が何なのかは何となく察しがついた。
 事務所を出てすぐの路地に入ったところで、女が足を止める。息を吐いてうざったそうに俺を見上げてくる視線に、色はない。

「テメェの“個性”、絶対防御かなんかだろ」
「なんでそう思うんですか」
「見合いの席で俺が爆破起こそうとしてたのに平然としてやがったのがムカついた」
「それだけで、」
「さっき女共が、どんな攻撃も効かねえっつってたのを聞いた」
「……どんな攻撃も、ってわけじゃないから絶対防御とは言えないけど、まあ、ほとんど正解」

 初めて敬語ではない口調でぽろりと落とされた言葉は、どこか自嘲めいて聞こえた。恐らく俺に自分の“個性”について話す気はなかったのだろう。
 俺も知るつもりはなかったが、自分の“個性”をひた隠しにしたがる理由が気になって深入りしてしまった。この女を相手にすると、どうも調子が狂う。
 確かにあの女共の言う通り、絶対防御に似た“個性”を持っているのだとすれば、ヒーロー向きだとは思う。だから普通なら、もっと自分の“個性”を上手く使えないかと考えても良いはずだが、それを公にしたくない理由がこの女にはあるのだ。

「私の“個性”は、“個性”の無効化。生まれつき“個性”関連の攻撃は自然と防御できる身体になってる」

 もしこの女がヴィランだったら非常に厄介だ。どこまでの“個性”を無効化できるのかは知らないが、少なくとも俺の爆破は届かないらしい。となれば、他のヒーローの“個性”もほとんど通用しないだろう。

「クソうぜェ“個性”だな」
「それだけ?」
「“個性”抜きならブン殴れんのか」
「まあ、それはできるけど。……ヒーローになれば良かったのに、って、言わないの?」
「あ?」
「私の“個性”の話をしたら、みんな口を揃えてそう言うから」
「なりたくねェもんになる必要ねェだろうが。生半可な気持ちでなれるほどヒーローは楽じゃねンだよ。ふざけんな」

 もしこの世界に、仕方なくヒーローになりました、なんてヤツがいたら是非ともお目にかかりたい。お目にかかって、ブッ飛ばしてやりたい。が、それは一生叶わないだろう。
 誰かにやれと言われ、じゃあやってみるか、というバイト感覚でヒーローになれるヤツはいない。ヒーローになるまでにどれだけの時間と労力が費やされているか。ヒーローがどれだけ過酷な職業か。プロヒーローになった今だからこそ、余計に実感する。
 さっき女共の発言に口を挟んでしまったのは、女が侮辱されたことにイラついたからではない。きっと、プロヒーローというものを舐めた発言をしやがったことに腹が立ったからだ。それなら合点がいく。
 俺の言葉を聞いて、目の前の女は驚いているようだった。そして驚きの表情から、なぜか安堵と喜びを入り混じらせた緩やかな笑みを滲ませる。それが、俺が初めてみょうじなまえの本当の表情を見た瞬間だった。

「ありがとう」
「何が」

 問い掛けに対する返事はなかった。しかしそれが、何よりの答えだった。やっぱり、妙な女だと思った。


正論パンチで救済せよ