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テーマ「推しとの恋」
- ナノ -

 私は穴が開くほど自分のスマホの画面を見つめていた。というのも、つい先日お見合いをしたばかりのお相手から連絡がきたからである。
 通常、お見合い相手からお誘いを受けること自体には何の驚きもない。むしろ自然な流れであると言える。しかし今回の場合、相手はあの爆豪勝己という粗野な男だということが驚きの原因だった。
 なんせ彼はお見合いの席で宣戦布告してきた奇怪な男である。セオリー通りに「お食事でもいかがですか」という流れになどなり得ないと思っていたのだ。
 お誘いといっても「一緒に食事に行きませんか」なんて柔らかく愛想の良い文言ではなく「飯付き合えや」という、命令に近い一言のみではあるけれど、私とまた会おうという気になっている点において、やはり驚きを隠せない。
 どうしよう。何と返事をしようか。あの日きちんと付き合うつもりはないと伝えたはずなのに、この感じだと彼はひとつも理解してくれていないような気がする。それとも、彼には私を心変わりさせるだけの策略があるのだろうか。
 仕事終わり、携帯の画面と睨めっこすること数分。そう、たったの数分である。彼はその数分の時間すら待てないせっかちな性格なのか、私が返事を打ち込もうとしたところで着信が入った。
 とりあえず無視……という選択も考えたけれど、彼のような男の場合は私が出るまでしつこく電話をかけてきそうな気もする。それは面倒臭い。私は渋々電話をとった。

「出るのが遅ェ!」
「そんなに暇じゃないんですよ」
「見たらすぐに返事しろや」
「だから、そんなに暇じゃないんですってば」
「今晩飯付き合え」
「あの、話聞いてます?」

 こんなに日本語が通じないことってある? と、いっそ感心してしまうぐらい自分本意な物言いに、私は断るタイミングを見失ってしまった。そして戸惑っている間に「駅裏で待ってろ」という言葉を残して一方的に切られた電話。デートのお誘いとしては最低最悪である。
 こちらから電話をかけ直して「行きませんから」と言ってやろうか。もしくはこのまますっぽかしてしまおうか。色々考えてはみたけれど、どちらにしても明日……どころか数時間後、面倒臭いことになりそうな予感しかしない。
 まあ良いか。一回食事に行くぐらい。でも相手は一応(ではなくれっきとした)プロヒーロー。つまり有名人だ。軽い気持ちで食事に行ったりしても良いものなのだろうか。
 迷ったけれど、私は結局、指定された通り駅裏に向かうことにした。駅裏は駅前の通りに比べてかなり人通りが少ない。彼もそれなりに考えて待ち合わせ場所を指定してきたのかもしれないし、何より、彼は自分のデメリットに繋がりそうなことは絶対にしないだろうと判断したからだ。

「こんばんは」
「遅ェ」
「……どういうつもりで私を食事に誘ったんですか」
「あ? 気分」
「はい?」
「腹へった。テメェがどこ行くか決めろ」

 会って第一声の言葉にも耳を疑ったけれど、自分から誘っておいて私にお店を決めろだなんて、どこまで自分勝手な男なのだろうか。腹が立つのを通り越してどうでもよくなってくるレベルだ。そんな態度を取るぐらいなら、私を食事に誘ったりしなければ良いのに。
 色々と思うところはあったけれど、ここで彼と言い争いをしても疲れるだけで何の得もない。私はスマホを取り出して近くの飲食店を検索する。個室、スペース、リーズナブル、スペース、飲食店、検索。
 ずらりと出てくる検索結果の中から、できるだけこの場所から近くて雰囲気が良さそうな店を選ぶ。せっかちな彼が苛立ち始める前に決めてしまおう。
 そうして決めたお店は和食メインの創作料理を提供してくれる個室完備の居酒屋だった。ここから徒歩五分もかからないようだし、見た目の雰囲気もネット評価も良さそうだ。私はスマホの画面を彼に見せた。

「ここにしましょう」
「……居酒屋じゃねえか」
「お酒飲めないんですか?」
「違ェわ!」
「じゃあ良いじゃないですか。お腹へってるんでしょう? さっさと行きましょうよ」

 どうも腑に落ちない、といった様子の彼のことは無視して、私はスマホに表示されている地図を見ながら目的の店へと向かう。しかし、何歩か進んだところで「どこ行っとんだ」という声に足を止めた。
 どうやら店は逆方向にあるらしい。私は方向音痴だし地図が読めないものだから、こういうことは日常茶飯事だ。それにしても、先ほど一瞬スマホの画面を見ただけなのに店の位置が反対だと分かるなんて、どういう頭の構造をしているのだろう。男の人は地理に強いと聞くけれど、そういう次元の問題じゃないような気がする。
 もう一度きちんと地図を見せろと言われたので大人しくスマホを渡すと、ほんの数秒ほど見ただけでポイっと返された。本当に大丈夫か? と不安を抱いたのは杞憂に終わり、きちんと五分足らずで目的のお店に辿り着くことができたのはさすがとしか言いようがない。ほんのちょっぴり見直した。ほんのちょっぴり。

 個室に通され、二人揃って「とりあえずビール」と言った時には、思わず顔を見合わせた。ああ、そうか。こういう席において女性というのは、甘ったるいカクテルや可愛らしいサワーを注文するものだと思われているんだな。すみませんね、セオリー通りの女じゃなくて。何も言われずとも、彼の顔が微妙に歪んでいるから感情の変化がわかりやすい。
 その後も、お互い好きな物を頼んで食べて飲んで、しかも会話はほぼ皆無。私と食事する意味あります? と尋ねたくなるぐらい、二人だけの時間は奇妙だった。
 ただ、食事をしていて気付いたことがある。こんなにも柄が悪いのに、彼は煙草を吸わないということ。勘違いかもしれないけれど、なんとなく、私のお酒を飲むペースや食事を頼むスピードに気を遣ってくれているように感じられるということ。
 つまり、意外と良識的なのだ。そういえばよくよく思い出してみれば、お見合いの席でも、彼は綺麗に料理を食べるだけでなく私の食べるスピードに合わせてくれていたのかもしれない、なんて、焼き鳥を頬張りながら今更のように思う。

「テメェ女かよ」
「ご覧の通り、生物学的には女ですね」
「いちいちクソ腹立つ言い方すんな!」
「こういう女なんです。分かったら私とかかわらないようにしたら良いじゃないですか」
「絶対ェ泣かす!!」
「だから、どうしてそういうことになるんですか……」

 私の食べっぷりと飲みっぷりを見ての感想なのか、失礼な物言いをした彼。しかし、私は最初の時のように苛立ったりはしていなかった。
 怒っても仕方がないと諦めているというのもあるけれど、これが爆豪勝己という男の普通の物言いなのだとわかり始めたからだろう。
 悪気があってこういう言い方をしているのではない。ただ素直すぎるというか、大人になれば自然と口にできるはずの建前が言えない性格というか。もっとも彼の場合は、言えないというより言わないといった方が正しいかもしれないけれど。

 食事が終わり、お店の人が部屋までお会計の用紙を持って来てくれた。各部屋でのお会計なんて素晴らしいシステムだ。
 そこで会計用紙を店員さんから受け取り当たり前のように一人で支払いを済ませようとする彼を見て、慌てて自分にも会計用紙を見せてほしいと手を伸ばす。しかし案の定と言うべきか、会計用紙はひょいっと遠ざけられてしまった。そして彼は、何事もなかったかのように店員さんにお金を渡す。

「これで会計」
「かしこまりました」

 店員さんがにこやかにお金を受け取って部屋を後にする。その間に、私は自分の分のお金を返そうと何枚かお札を取り出した。
 机の上に置いて、彼の方にずいっと押し付ける。それを見た彼は、もともとにこやかではない顔を更に険しくさせた。でも、私は何も間違ったことなどしていない。

「自分で食べた分ぐらい自分で払います」
「女から金が受け取れるか」
「時代錯誤も甚だしいですね」
「はァ? ンだと?」
「今の時代、男も女も平等です。私も社会人として働いてるんですから自分の食べた分のお金を払うのは当然のことでしょう」
「……そうかよ」
「いくらですか。半分払います」

 私の言い分に納得してくれたのか、それとも、この場でお金を受け取る受け取らないの論争を繰り広げても埒があかないと判断したのか。何にせよ、彼は意外にもすんなりと私の意見に折れてくれて、端数を切り捨てた半分ぐらいのお金を受け取ってくれた。もっと粘られるかと思っていたのに、これもまた意外である。
 店員さんがお釣りを持って来てくれて「ありがとうございました」と明るくお決まりの挨拶を浴びせてくる。それすなわち「早くお帰りください」という意味だと思う(偏見かもしれないけれど)。

「先に帰れ」
「あー……はい。じゃあ遠慮なく。おやすみなさい」

 一緒にお店に入るところを誰かに見られているかどうかはわからないけれど、ここで一緒にのこのこ店を出たらどんな噂を立てられるかわかったものじゃない。彼はそういうことを考えているのだろう。
 きっともうこれで、彼と二人で食事をすることはないだろう。彼が「気分」で誘いたくなるほど、私は良い女ではない。今日でそれを実感しただろうから。
 席を立つ。「ではお先に」。そう言って部屋を出る直前に「オイ」と呼ばれた。私の名前はオイではないけれど、まあ、うん。彼がそういう人だということはなんとなく理解したから、細かいことは気にしないことにしよう。

「なんでしょうか」
「その敬語やめろ。虫唾が走る」
「はあ」
「適当な返事すんな!」
「まあ……次会うことがあれば気を付けます」
「直ってねェじゃねーか!」
「今すぐにはちょっと」
「……チッ」

 妙なことにこだわる人だ。しかも次に会う機会があるかどうかもわからないのに。
 私は今一度別れの挨拶を落として、今度こそ部屋を後にした。久し振りに誰かと二人で食事をしてお酒を飲んだせいか、少し気分が良い。それがたとえ、今後一切会う予定のないお見合い相手だったとしても、ほんの少し浮き立つのは仕方がないことなのだ。


お誘いは計画的に