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※爆豪と同じヒーロー事務所に所属するモブ男視点


 あの大・爆・殺・神ダイナマイトが結婚する。それは俺にとって……否、世間の大半の人間にとって、かなり衝撃的なニュースだった(と思う)。なんせ彼はプロヒーローになってから一度も浮いた話がないことで有名だったのだから。
 どれだけ美人なタレントの護衛任務でも仏頂面で「護衛は俺の仕事じゃねェ」と文句を言うし、可愛いファンの女の子たちに黄色い声援を送られても「うるせーわ!」と一蹴するし、人気絶頂のアイドルに声をかけられても「誰だテメェ」と睨み付ける。この対応で浮いた話など生まれるわけがない。
 そんな彼の初めての熱愛報道が世に出た時は、一体どんな女性が彼の心を射止めたのだろうかと気になって仕方がなかった。クレオパトラも顔負けの美貌とモデル並みのパーフェクトボディ、仏のような心を持った女性でなければ彼を落とすことなんてできやしないだろう。俺は冗談抜きでそう思っていた。
 しかも熱愛報道のわずか数ヶ月後に突然の結婚会見。同じ事務所で働いていて彼と同期にあたるというのに結婚するなんてひとつも聞いていなかった俺は、女子高生が「うそー!」と叫んでいる横で驚きのあまりスマホを落とし画面に亀裂を入れてしまった。けっこん。ケッコン。血痕? 違う、結婚。スムーズに脳内で「けっこん」の変換処理できないほど動揺していたのは、振り返ればちょっと面白い。そしてこれは余談だが、結婚会見後しばらく、俺は「結婚」という単語の意味を理解できなかった。
 しかし結婚式を終えて一ヶ月経った今では、彼が結婚したことを驚くほどすんなりと受け入れている(単語の意味もちゃんと理解できるようになった)。なぜって、それは彼の言動全てが常に奥さんを第一に考えているとわかるからだ。

「ダイナマイト、昼飯はどうするんだ?」
「ここで食う」
「おー、今日は愛妻弁当の日か」
「だったらなんだ」

 毎日ではないが、彼は弁当を持参することがある。そして弁当を持参した日は自分の机の上で弁当箱を広げ、堂々と愛妻弁当だと宣言するのがお決まりだ。最初は揶揄うつもりで声をかけていた面々も、彼が微塵も照れないものだから日常会話の一環として声をかけるようになった。
 彼のお弁当はいつもおにぎりやサンドイッチなどの主食と、おかずが入った主菜や副菜の二つにわけられている。ヒーローはいつ出動要請があるかわからない。それを考慮してのことだろう。おにぎりやサンドイッチなら、片手でかじりながら動くことができるから。そのことに気付いた時の俺は、彼のことをよく理解している奥さんだなあと感動してしまった。
 そして彼も、奥さんの気持ちをきちんと受け止めているのだろう。だからどれだけ忙しい時でもお弁当を完食しているし、お弁当を食べる前後で必ず「いただきます」と「ご馳走様」を言っているのだと思う。普段の言動は超がつくほど荒々しくてぶっきらぼうなのに、ふとした瞬間に真面目というか、常識的な部分が垣間見える。それは彼が結婚してから顕在化してきたことで、良い変化だと言えるだろう。
 そしてもう一つ、彼が奥さんを大切に想っていることがわかる決定的な動作がある。それは仕事から帰る時の彼の恒例作業のようなものだった。

「今日もお疲れー」
「おう」

 ヒーローコスチュームから私服に着替えた後、彼は流れるような動作で左手の薬指に銀色の指輪を嵌める。俺は、彼はあまり「もの」に固執するタイプではないと思っていた。だから結婚指輪も日常的に身に付けたりしないだろうと思っていたのだが、そのイメージは間違いだったらしい。
 実は少し気になって結婚指輪に関する話を振ってみたことがある。「仕事中はそれつけねーんだな」と。帰る時嵌めるのが癖になっているぐらい身に付けることが日常化しているなら仕事中もつけていたらいいのに、という意味合いを込めて。
 彼はそこで「あ?」と自分の左手の薬指へと視線を落とし、それから俺を見た。怒ってはいなかったが「テメェは馬鹿か」と言いたげな顔を向けられたことをよく覚えている。

「俺の“個性”知ってんだろ」
「え? ああ……そういうことか」

 彼の“個性”は自身の掌からニトロのような汗を出し爆発させる「爆破」。つまりヴィランとの戦闘時はもちろんだが、人命救助や誰かの護衛であっても、何かしらの理由で“個性”を使うことになった場合、必ず手に衝撃を与えてしまうことになる。彼のことだからそこらへんの結婚指輪より頑丈なものを特注していそうではあるが、それでもさすがに幾度となく爆破の衝撃に耐えられるような強固なものではないだろう。
 彼は単純に、自分の手で壊したくないのだ。その小さな指輪を。なんとも繊細な理由ではないか。

「そういうのちゃんと嵌めるの意外だった。奥さんに仕事の時以外では指輪してくれとか言われてんの?」
「その逆」
「逆?」
「無理してつける必要ねェとかなんとか言ってやがる」
「へー。じゃあ自分の意思で指輪してんだ?」
「俺の辞書に無理なんて言葉ねンだよ」

 そういう理由? と言いかけて、やめた。指輪を嵌める時の彼の表情を見たら俺にだってわかる。これは自分が嵌めたくて嵌めてんだな、って。それに、恐らく無意識だろうが、毎日同じ動作を繰り返しているはずなのに、それはそれは大事そうに扱っているのを知っているから。
 彼はもともと残業なんてクソくらえという精神できっちり時間内で仕事をこなす人間ではあったが、結婚してからはますます定時退社が板についた。あの感じだと寄り道もせず家に直帰しているのだろう。新婚らしくお熱いようで何よりだ。
 結婚してからの彼は全体的に少しマイルドな雰囲気になり、俺たちや一般市民たちへの対応も少し穏やかになった……ような気がする。ただ、緊急招集がかかった時の機嫌の悪さだけは以前にも増して酷くなっていて、早く帰らせろオーラを全身から放っているのがわかるほど。その殺気のせいかヴィランが怯んでくれるのはありがたいのだが、俺たちヒーロー側にも「早く終わらせないとやばい」というピリついた空気が流れるのは少々困りものだ。
 そんなわけで、ご覧の通り、彼の奥さん溺愛っぷりは無自覚に垂れ流しとなっているので、少なくとも事務所のメンバーは、彼が結婚したのは当然だと受け止めていると思う。結婚後、仕事のことで何度か事務所に奥さんが来て彼との会話が聞こえてきたことがあるのだが、その僅かなやり取りだけで幸せなのがよくわかった。

「仕事は」
「これ届けたら直帰していいって言われたからもう終わり」
「なら待っとけ」
「いいよ、先に帰って夜ご飯の準備しとくから」
「俺が待っとけっつっとんだ。いいから待っとけ」

 言葉だけ聞けば威圧的に思えるが、事務所の人間が見ているにもかかわらず何の躊躇いもなく奥さんの頭をくしゃりと撫でる彼の手付きと表情は、いまだかつて見たことがない柔らかさを纏っていた。なるほど、これが誰かに惚れるということなのかと、まざまざと見せつけられた瞬間だ。
 結局奥さんは彼に絆されて大人しく応接室で待っていて、定時ぴったりに仕事を終えた彼と仲睦まじく帰っていった。奥さんが仕事の資料をこちらの事務所に届けた後で直帰するパターンの時は二人で帰る。それが俺や事務所の人間の暗黙のルールとして定着しているのが恐ろしい。初めて二人が並んで歩きながら帰っていく姿を見た時、俺はぽつりと呟いていた。

「爆豪、奥さんのことすげぇ好きじゃん……」

 結婚会見を見てそんな気はしていたが、ここまでとは思わなかったというか、ああいうトガった男でも恋や愛を知れば変わるということに感心したというか。なんと言ったらいいかわからないが、とりあえず零れた感想はそれだけだった。
 彼は完全に亭主関白で奥さんにビシバシきつくあたるのではないか、そんな彼の態度に奥さんは耐えられるのだろうか……なんて勝手な心配をしていたが、それは杞憂に終わりそうだ。なんなら爆豪の方が尻に敷かれていると言ってもいいかもしれない。……いや、自ら尻に敷かれにいっている、という方が的確だろうか。
 惚れた方が負け、とはよく言ったものだが、あの夫婦の場合は惚れたもん勝ち、って感じだな、なんて思ったりして。なんにせよ、二人にたっぷり見せつけられて、こちらはもうお腹いっぱいだ。どうぞこれからも末永くお幸せに。


ご馳走様がきこえない