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※瀬呂視点


「まさかあの爆豪が結婚するとは……」
「高校ん時は考えられなかったよな!」
「俺は意外としっくりきてるけど」
「え? マジ?」

 俺の発言に「信じられない」という感情を全面に押し出した顔の上鳴は、隣に座っている峰田と顔を見合わせた。峰田も上鳴と同じ感想を抱いているのだろう。「あの爆豪だぜ……?」とボソボソ呟きながら怪訝そうな顔をしている。
 切島だけは「まあ爆豪はいいヤツだからな!」と納得した様子で笑っているが、爆豪がいいヤツかどうかと訊かれたら、そこは俺も言葉を濁してしまうかもしれない。俺が爆豪の結婚にしっくりきているのは、相手があのみょうじさんだから。それ以外の理由はなかった。

 爆豪の結婚会見は、それはそれは唐突に始まった。俺はスクランブル交差点の大きなテレビでその会見を見ていたのだが、あの時の爆豪の堂々とした態度はあっぱれとしか言いようがない。
 まず自ら会見を開いて世間に包み隠さず発表するあたり、潔くて爆豪らしいなと思った。こそこそ隠れて生活するのは性に合わない、というのと、たぶん、彼女が気兼ねなく生活できるようにと考えてのことだろう。
 二月の同窓会で彼女が来てくれた時、酔っていたとはいえ、爆豪は彼女に惚れていることを否定しなかった。むしろすんなりと肯定していた。恥ずかしげもなく、それがさも当然であるかのように。その時点で彼女のことを相当大事にしているんだろうなということは窺えたのだが、まさかその約一ヶ月後に結婚することまでは予想できなかった。俺が思っていた以上に、爆豪は一途で独占欲が強くて愛が重たい男だったということかもしれない。
 あの結婚会見での発言は、国民に向けての報告というより、公開告白、または公開惚気と言っても過言ではなかった。爆豪にそのつもりは毛頭ないのだろうが、少なくともA組の大半は「あの爆豪が惚気てる……」と呆気に取られたはずだ。

「お相手は交際報道のあった方ですか?」
「それ以外誰がいんだよ」
「プロポーズの言葉は?」
「忘れた」
「それはつまりお二人だけの秘密という意味で受け取ってよろしいでしょうか?」
「勝手にしろ」
「ご結婚の決め手は?」
「決め手もクソもねェわ。アイツ以外の女と結婚なんざ有り得ねえ」
「奥様のことをそれほどまで愛していらっしゃると?」
「じゃなきゃ結婚しねーだろが」
「奥様も同じ気持ちでいらっしゃるという自信はありますか?」
「当然のこと訊いてくんな」
「この会見を見ている奥様に一言、愛のメッセージなどいただけますか?」
「なんでここで言わなきゃなんねンだよ。愛してるだの一生守るだの、そういうことは目ェ見て直接言う」
「普段そういうことを言われるんですか?」
「言っちゃ悪ィかよ」
「いえ! 浮気の心配はなさそうですね!」
「はァ? ンなクソみてーなこと死んでもしねえしさせねえ」
「ではテレビの前の皆さんに一言お願いします」
「結婚しようが俺のやることは変わらねェ。クソヴィラン共は俺がまとめてブッ殺す。以上」

 以上、爆豪の結婚会見の時のハイライト(一部抜粋)。他にもチラホラ「めちゃくちゃ奥さんのこと好きです大事に想っています発言」があった気がするが、あまりの衝撃で記憶が曖昧だ。
 冷やかしめいた記者の発言に少しでも照れてくれたら揶揄い甲斐もあるというものだが、爆豪ときたら真顔でガンを飛ばしながら自覚なく奥さんを溺愛していることを全国民に暴露するものだから、これが通常モードなのか……と妙に納得させられてしまった。まあ奥さんを溺愛するのはいいことだと思うが。
 会見後の世間の反応は様々だったが、結果的に「大・爆・殺・神ダイナマイト」の株は爆上がりしたらしいと聞いた。普段の様子からは絶対に想像できない一面を垣間見ることができて、いい意味でのギャップが生じたからだろう。
 これは余談だが、会見後、爆豪がヴィラン制圧を終えた現場では市民から「結婚おめでとー!」「お幸せにー!」「奥さん大事にしろよー!」など祝福の声がかけられるようになったらしい。以前までの爆豪なら「うるせえ!」と怒鳴り散らしていたかもしれないが今は無愛想ながらもヒラヒラ手を振って対応していると聞いて、祝福されていることを爆豪なりに受け止めているんじゃないかと思ったりした。

 そんな会見を終えて、今日はその爆豪と彼女の結婚式と披露宴の日。A組のメンツは相澤先生やオールマイトを含め勿論全員出席。あの爆豪がどんな出立ちでどんな立ち振る舞いをするのか、皆が少しそわそわしながら楽しみにしていた。
 こういう公式的な場であっても爆豪は自分のスタイルを貫き通すだろうという意見が大多数だったが、今のところ、むしろその逆。結婚式は予想以上に粛々とした雰囲気で執り行われたのだった。
 誓いの言葉に対する「はい」というだけのシンプルな返事も、指輪の交換や誓いのキスの時の所作も、普段の爆豪からは想像できないほど真摯的。だから驚きのあまり、退場の時うっかり冷やかし忘れてしまった。たぶん皆もそうだったのだと思う。
 それならばと意気込んで披露宴に臨んだわけだが、さすが爆豪の結婚式、事務所関係の招待客がまあまあ多いのでなかなか絡みに行けず、テーブルごとに談笑しながら食事をしていて今に至る。彼女の方の招待客も多そうだから、余計に新郎新婦のところに行くタイミングが難しい。
 しかし、遠目に見ていてもわかる。爆豪と彼女が幸せであることが。いつも通り目をつり上げ、時々手をプスプスさせたりしていても、隣の彼女が何か言うと表情を和らげて落ち着く。彼女の方も、色々な人の相手をして疲れを見せる瞬間があっても、爆豪に声をかけられたら笑顔になる。悔しいがお似合いだと認めざるを得なかった。

「お、爆豪たちテーブル回ってくれるんだな!」

 切島の声で隣のテーブルに目をやると、ちょうど爆豪が緑谷や轟に噛み付いているところだった。おそらく緑谷と轟は「結婚おめでとう」と至極普通の祝福の言葉を投げかけただけだろう。それに対して爆豪は、性格が丸くなってからもあの二人に対しての当たりは強めなままだから「うっせーわ!」と言い返している。まあほとんどは照れ隠しだと思うが。
 少し距離があっても隣のテーブルだから会話が聞こえてくる。緑谷、轟、飯田、麗日、蛙吹が座っているそのテーブルは祝福ムードたっぷりで、爆豪はそれがどうにも居た堪れないらしい。「おめでとう」の言葉と純粋な笑顔を浴びすぎてか、あの爆豪が少し疲弊して見えるのが面白い。

「爆豪くんを宜しくお願いします!」
「ふふ、はい」
「宜しくしてやんのは俺の方だっつっとんだろクソメガネ!」
「爆豪ちゃん怒ってばっかりじゃない?」
「そうでもないですよ。慣れちゃったのかもしれませんけど」
「爆豪くんが怒らんなんて、奥さんのこと大好きなんやねぇ」
「だから結婚したって会見で言ってたもんな」
「なんで会見みとんだ半分野郎!」
「あれだけ大々的に報道されたら誰でも見るんじゃ……」
「うるせえ!」
「勝己」

 名前を呼ばれただけで爆豪が口を噤むのだから、彼女はああ見えて男を尻に敷くタイプなのかもしれない。いや、爆豪が彼女にだけ極端に甘いのか。まあどちらにせよ、夫婦仲は良好そうで何よりである。
 かなり不服そうな顔をしながらも、爆豪は緑谷たちのテーブルを後にしてとうとう俺たちのテーブルにやって来た。爆豪と、彼女と、目が合う。気まずいとは思わない。だからすんなりと心の底からの「おめでとう」を口にすることができたのだ。
 俺に続いて同じテーブルの三人も口々に「おめでとう」を重ねるが、上鳴と峰田は祝福しようという気持ちよりも爆豪をいじりたいという気持ちの方が大きいらしく、やっと本題に入れると言わんばかりに目を輝かせていた。そしてその嫌な気配を察知したのか、爆豪の眉間の皺が深くなる。

「かっちゃんがちゃんとネクタイ締めてタキシード着るなんてこれが最初で最後じゃね?」
「写真撮っとこーぜ!」
「動物園のパンダじゃねンだぞ!」
「爆豪と奥さんのツーショット撮ってもいいか?」
「撮りたきゃ金払え」
「おう! いくらだ?」
「切島、マジで払う気じゃん……」

 自身のスマホを構え金を払ってでもツーショットを撮りたいらしい切島に、上鳴が少し引いている。その横で峰田は本気で祝福の気持ちしかない切島を見て良心が痛んだのか、そっとスマホをおろしていた。
 俺たちのやり取りをただ笑顔で見守っている彼女は、俺が会っていない数ヶ月の間で随分と雰囲気が柔らかくなっていて女性らしさが増したような気がする。少し前まではわざと他人を寄せ付けないオーラみたいなものを放っていたはずなのに、恋愛とはこうも人を変えるのかと驚かざるを得ない。

「爆豪が旦那だと色々大変だと思うけど頑張って」
「ありがとう。ぼちぼち頑張るよ」
「テメェら祝う気あンのか?」
「いやいや、かっちゃんこそ祝われる気ないっしょ」
「あるわ!!!」
「爆豪も奥さんも、幸せにな!」

 切島の純粋な笑顔に少し冷静さを取り戻したらしい爆豪は、やっぱり居た堪れない様子で「次行くぞ」と彼女に声をかける。彼女は俺たちに一礼し、爆豪の腕にしっかり手を回して去って行った。
 それからも爆豪たち二人は順番にテーブルを回って挨拶をしていく。相澤先生は(スーツ姿でビシッと決めていること以外は)いつも通りの様子だったが、オールマイトは感動のあまり泣いているしプレゼントマイク先生はシャウトしていて、爆豪が珍しく戸惑っているのがちょっと面白かった。
 その後なんとか二人との写真も撮ることができ、無事にA組全員参加での余興(高校時代を彷彿とさせるダンスと歌で盛り上げた)も終え、披露宴は終盤に差し掛かる。彼女が両親に向けた手紙を読み、次はいよいよ新郎謝辞だ。また会見の時のような爆豪らしさ満載の言葉を羅列するのだろうか。皆がマイクを持った爆豪に注目する。

「本日はご多用の中、結婚式にお越しいただきありがとうございました。この日を迎えるまで多くのことがありましたが、こうして皆様に祝福されながら妻と結婚できたことを嬉しく思います。これからも壁にぶつかり意見が食い違うこともあると思いますが、必ず妻を幸せにすると誓います。今後も妻ともどもどうぞ宜しくお願い致します。最後になりましたが、ご列席の皆様のご健康とご多幸をお祈りしまして、ご挨拶に代えさせていただきます。本日はありがとうございました」

 しーん、と。会場内が静まり返っていた。拍手も忘れられている。そりゃあそうだろう。なんせあの爆豪勝己、大・爆・殺・神ダイナマイトが、何の躊躇いもなく美しい敬語を使ってすらすらと謝辞を述べたのだ。驚愕しすぎて動きが止まってしまうのも無理はない。
 やる時はやる男だと思っていたが、まさかここまでとは。彼女のご両親や職場関係者がいるからとはいえ、自らの通常スタイルをぶち壊してまで公式の場を大事にできるなんて思わなかった。結婚会見の時もこれぐらい形式的な言い方をしておけば世間からの反響も違っていただろうに。それだけこの場は爆豪にとって大切だったのかもしれない。
 思い出したかのようにパチパチと拍手の音が聞こえ始め、俺もそれにつられるようにして拍手をした。実に良い結婚式と披露宴だった。二人には本当に幸せになってほしい。そんな思いを込めて。
 披露宴会場を出るとゲストである俺たちを見送るために二人が待ってくれていた。先ほどの謝辞を述べたのと同一人物とは思えないほどふてぶてしい態度の爆豪に、ちょっとホッとする。皆もそうなのだろう。やっといじれると言わんばかりに「さっきのアレ動画撮っといたからな!」「さっきの美しい敬語はどうしたんですかー?」「爆豪もやればできるんだね」などと冷やかしの言葉をかけていた。
 じゃあ俺も皆に倣って、一言ぐらい何か声をかけておくとするか。

「爆豪、さっきの誓いってやつ、守れなかったら俺が奪いに行くからな?」
「やれるもんならやってみろや」

 口角をたっぷり引き上げた挑戦的な笑み。この表情を浮かべる時の爆豪は自分の“勝ち”を確信している。そのことを俺はよく知っていた。
 どうやらこれから先も俺の出る幕はないらしい。


拝啓、幸せなきみたちへ