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 イライラする。正確には、イライラ、なんて可愛いもんじゃない。日本語でどう言い表していいかわからないほどむしゃくしゃしていた。
 それもこれもあのクソヴィラン共のせいだ。やっぱりもう十発ぐらい徹甲弾を食らわしておけば良かった。いや、そんな時間すら勿体ないか。俺は家に帰る道中もイライラを積もらせていた。

 俺は元々気が長い方ではないが、なまえと結婚してからは、随分温厚になった、丸くなった、と言われることが多い。それは俺のイライラをなまえが緩和させているからだろう。特別何かをしてもらっているわけではないが、そこにいるだけで心が落ち着く。らしくないと思って現実から目を背けていたのは付き合い始めたばかりの頃ぐらいで、開き直って「こいつは特別なんだ」と認めてしまえば自分の中で踏ん切りがついて楽になった。
 つまり俺がこんなにイライラ、むしゃくしゃしている理由は、なまえがいないから。それに尽きる。
 と言っても、出動要請を受けて県外まで応援に行っていたのは三日だけ。さすがの俺でも三日程度でここまでピリピリすることはない。問題はその前の一週間、なまえが生理だったことにある。

 女の生理現象として、月に一度、一週間程度生理がくるのは仕方がないことだ。その期間中は腹やら腰やら頭やら色んなところが痛み、眠気に襲われ、些細なことでイライラしやすくなり、貧血でふらふらになることも知っているから、俺なりにまあまあ気遣っている。そして当然、その間セックスができないことも理解していた。
 普段なら一週間セックスできなくたってどうってことはない。……ことはないが、その期間が終わればなまえの方から求めてくることも多いのでそれはそれで役得だと楽しみでもあったりして、イライラはしていなかった。しかし、今回は違う。別に改まって計画をしていたわけではないが、お互いになんとなく「今日はするぞ」と思っていた日、俺が急遽県外での泊まり込みの仕事を任されたのだ。
 なまえはいつも通り淡々と「いってらっしゃい」と言ってきたが、たぶんわりと落胆していたと思う。俺は俺で「今かよ」と舌打ちをしながら家を出て、その時点でかなり苛立っていた。たったの二泊三日だったが、これほど長いと感じる二泊三日は初めてだったと思う。
 県外のクソヴィラン共のせいで俺たちの予定は大きく狂った。やはり生かしておくべきではなかったかもしれない。だが今はそんなことよりも、早く家に帰りたい気持ちの方が勝っていた。
 なまえのことだから俺の好物を用意して待っているに違いない。汗で汚れているから先に風呂に入ってしまおうか。飯が出来たてなら先に食べてもいい。いや、それよりも先に……と考えていたところでスマホが短く震えた。電話ではなくメッセージのようだ。なまえからだろうか。すぐさま内容を確認した俺は、ぶつけようのないイライラを更に膨らませることとなった。

“仕事お疲れ様。今帰ってるところかな。実は急な接待で帰りが遅くなりそうなんだ。先に寝てていいからね。”

 急な接待? 俺が帰って来る今日に限って? しかも遅くなるだと? 相手は誰だ? そもそも事務職の仕事で接待って何だよ。今までそんなもんしたことねえだろクソが!
 なまえの職場に直接電話して文句を言ってやろうかと思ったが、ギリギリのところで踏みとどまる。そんなことをしたら、例え接待の仕事がなくなったなまえが家で待っていようとも、俺をにこやかに迎えてはくれないだろう。なんなら「余計なことしないで」と突き放され、同じ布団に入ることすら嫌がられる可能性だってある。そんな小さなことを恐れているなんて、俺は相当疲れているのかもしれない。
 まあ俺たちの間には、お互いの仕事内容には口を出さない、という暗黙のルールみたいなものもあるし、ここで感情に身を任せて馬鹿な行動に出るのはナンセンスだ。もしかしたらなまえも今まで俺の仕事について思うことがあったかもしれないが、口出しされたことは一度もない。それならば俺も同じように対応するのが道理ってもんだろう。納得はできないが、俺だってそれなりに理解はしている。

 そんなわけで、家に帰っても当然真っ暗。飯は帰る途中で適当にすませてきたから風呂に入って寝るだけなのだが、疲れているせいか、なまえがいないことがわかっているせいか、帰ってきた途端何もやる気が起きず、俺は寝室に直行するとベッドに倒れ込んだ。ヒーロー活動以外のことでどっと疲れた。ストレスが溜まりすぎているからこんなに疲れやすいのだろう。もうこのまま寝てしまおうか。
 この二泊三日はまともに熟睡できなかった。誰かがいた方が眠りに落ちにくいはずなのに、なまえと同じ布団で寝ることが日常になってからは隣にいないと落ち着かない。もちろん、他の誰かが隣に寝ていたら一人で寝かせろと思うが、なまえだけは別だ。俺はアイツに絆されすぎている。
 そんな状態だったから疲れと睡魔が同時に襲ってきてうつらうつらしていたのだが、すうっと息を吸い込むと嗅ぎ慣れたなまえの香りが鼻腔を擽り、俺は一気に覚醒した。まるで禁断症状でも発症したかのようにムラムラし始めてしまったのだ。
 いつもならこんなことはない。香水ではなくシャンプーやボディソープの匂いとなまえ自身の匂いが入り混じった香りに安心し、深い眠りに落ちてもおかしくないはずだ。しかし、たった三日会っていないだけで、そしてその前の一週間ほどまともに肌を重ねていないだけで、俺は自身の興奮が抑えられなくなっていた。
 ヴィラン制圧後直帰したから、まだアドレナリンが出ていたのかもしれない。だとしてもここまでムラムラするのは自分でもどうかと思うが、この状態で眠ることなどできるはずがなかった。

「チッ……クソダセェ……」

 俺は小さく吐き捨てるとおもむろに身体を起こしベッドサイドに腰かけた。こうなった自身を落ち着かせる手段は一つしかない。
 男なら誰しも、少なくとも一度や二度は経験があることだ。やり方がわからないなんてことはもちろんない。ただ、なまえと関係を持ち始めてからはなんだかんだでコンスタントにセックスしていたから、この一年は自分のものを慰める行為に及ぶことなどなかった。
 なまえはたぶん女にしては淡白でサバサバしたタイプだと思う。だから普段はベタベタ纏わりついてきたりしないし、俺と二人きりでもそんなに甘えてきたりしない。しかし尽くしたい気持ちはそこそこあるようで、自分の生理期間中は俺が欲求不満になるとでも思っているのか、時々「しようか?」と恐る恐る声をかけてくる。そのお陰で自慰をせずにすんでいたのだろうが、先週はお互い忙しくてそんなことをする暇がなかったから余計に溜まっているのだと思う。
 なまえは帰りが遅くなると言っていたからいつ帰ってくるかわからないし、このままの状態では寝ることもできない。俺は仕方なく自分のものに手をかけてゆっくり扱き始めた。
 自分の手で慰めるのは正直好きではないが、なまえがたどたどしく慣れない手つきで俺のものに触れている時のことを思い出しながらやっていたら、身体は正直に反応する。その表情や指先の感触、触れ方、温度、それらを脳内で再生させるだけでむくむくと膨れ上がる自身を見て「どんだけアイツに惚れてんだ俺は」と自嘲してしまうが、事実なのだからどうしようもない。

「は……、なまえ……ッ」

 しばらく扱き続けているとじりじりと吐精感が高まってきて、情けなくも僅かに息が弾む。ついでになまえの名前まで呼んでしまって「これはいよいよ末期だな」と思いながらラストスパートをかけようとした時、ガチャリと寝室の扉が開いた。
 暗い部屋に光が入り込んできて、そこに浮かび上がるシルエット。逆光でもわかる。そのシルエットの人物はなまえだった。
 お互い時が止まったかのように静止する。迫り上がってきていた吐精感は一気に鎮まった。なまえにこんなみっともない姿を見られてしまったのだから、そりゃあ萎えるに決まっている。せめて扉側に背を向けて事に及んでいれば誤魔化しようもあったのだが、まさか帰ってくるなんて思っていなかったから座る向きなど考えているはずもなく、完全にナニをしているところを目撃されてしまった。これはもうどうやっても誤魔化せる状況ではない。
 一方なまえの方はというと、恐らく俺が何をしているのかしばらく理解できなかったのだろう。俺と俺の下半身を交互に見て、それから数秒後、ハッとして目を逸らし「邪魔してごめんなさい! ただいまって言ったんだけど返事がなかったから寝てるのかと思ってノックもせずに入っちゃって、あの、えっと、ごゆっくりどうぞ!」と勢いよく扉を閉めてバタバタと寝室から離れて行ってしまった。

 ただいまの声も聞こえないほど夢中になっていたのかと思うと頭を抱えたくなるが、今は深く考えないことにする。つーか「ごゆっくり」って、お前が帰って来たのに一人で続けるわけねえだろが。俺はささっと身なりを整えると、すぐさま寝室から出てなまえを捕まえに行った。
 俺を見たなまえはギョッとしてしどろもどろしている。気まずいのか目を合わせようとしないし、どうにかして逃げようとしているのがバレバレだ。どうやったって逃してやるわけがないというのに。
 じりじり、じわじわ、台所の壁際まで追い込む。俯いているなまえの顎を掬い上げて上向かせても、やっぱり視線は交わらない。そんな小さなことにイラついてなまえに噛み付くような口付けを落とせば、久し振りの感触が堪らなく気持ち良くて、気付けばその唇を貪っていた。
 柔らかく舌を割り入れてやる余裕もなく、なかば強引に捻じ込む。腰が抜けそうななまえを壁に押し付け、ゆっくりずるずると床に座り込ませてやったのはせめてもの優しさだ。もちろん、座り込んでいく間も口は解放してやらなかったが。

「っ、はぁ……かつ、き、」
「ただいまもおかえりも目ェ見て言え」
「だって、あんなところ見たら……」
「男なら溜まったらするわ」
「ご、ごめん……その、見ちゃいけなかったかなと思って、」
「見たけりゃ見ろや」
「別に見たかったわけじゃないけど……もしかして一人でする方が気持ちいいのかな、って……思ったりして……?」

 こもっていた熱が冷めきらぬうちに、また沸々と全身の温度が上がっていく。コイツは何を言っているのだろうか。一人でする方がいい? 本気でそんなことを思っているのだとしたら、今までの俺にも問題があるのかもしれない。
 一人でする方がいいならわざわざお前を抱いたりしねーだろ。俺が今までなんでお前を抱いてたと思ってんだ。ちょっと考えりゃわかるだろうが。
 通常の俺ならすぐさま「ンなわけねーだろ!」と怒っていたかもしれないが、今日の俺は心身ともにいつもとコンディションが違う。そのせいか、思考回路もおかしくなっていた。何も言わない俺を不安そうに見上げてくる潤んだ瞳に、よからぬことを思いついてしまったのである。

「お前もやってみりゃわかるかもな」
「え?」
「女だってすンだろ」
「え、な、わ、私はやったことないよ!」
「だろうな。だからわかんねンだろ」
「わかんない、けど……わかる必要もないような……」
「俺の見たんだろうが。お前も見せろや」
「それは理不尽すぎる!」

 自分でもそう思う。理不尽なことを言っている、と。それをわかっているくせに強引に詰め寄る俺はどうかしているのだろう。わかっていても止められないのが欲というものだ。
 俺はいまだに座り込んだままのなまえに顔を近付ける。反射的にぎゅっと瞑られた目蓋の上に口付け、それから唇を食べるみたいに重ねた。舌はわざと入れない。ただ唇を重ねるだけ、食むだけの行為に没頭する。そうしているうちになまえはすっかり抵抗する気力を失っていて、キスをやめて少し離れると物欲しそうにとろんとした目を傾けてきた。
 微かに香る酒の匂い。接待だと言っていたから付き合いで酒を飲んだのだろう。そのせいでスイッチが入りやすくなっているのだとしたら有難いことだ。ここでキスを続けるのは容易いが、それでは次に進めない。そこで俺は、早々に次の行動に出た。

「風呂どうすんだ」
「え? 入るけど……」
「俺も入る」
「な、え?」
「風呂ならいくら汚れても気になんねェしな」

 言って、ぼーっとしているなまえを立たせて風呂場まで引っ張って行く。キスの余韻に浸っているようで今のところ抵抗はないが、我に帰ったら嫌がられるに違いない。まあ逃すつもりは毛頭ないのだが。
 さて、ここからがお楽しみの始まりだ。鬱憤が溜まっているからどこまで制御できるかわからないが、できるだけなまえが満足できるようにしてやりたいとは思う。もっとも、今まで満足させられなかったことなど一度もないとは思うが。


君がいない世界は生き苦しい