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 膨れ上がった初めての感情を、決死の覚悟で伝えた。と同時に、身構えていた。拒絶されるか嘲笑われるか、はたまた軽くあしらわれるか。兎に角、良い結果には繋がらないだろうと予想して。しかし彼は予想に反して、私を受け入れてくれた。
 受け入れてくれた、というのは良いように解釈しすぎだろうか。ただ、切り捨てるわけでも突き放すわけでもなく、そのままで良いと言ってくれた。それだけで私は十分だった。
 今の関係を維持するためにも、これ以上自分から求めてはいけない。あくまでも今まで通りの延長線をひた走る。そうしなければ、彼にとって超えられたくない一線を、私が誤って超えてしまうかもしれないから。それはイコール、関係を断つことになりかねない。そんなわけで、私は気持ちを伝えたにもかかわらず、感情を押し殺して過ごしていた。

 だから二週間ぶりの彼からの連絡には、らしくないと思ったけれど、本当に、飛び上がるほど喜んでしまった。短くとも彼から連絡が来たのだ。しかも「今日の夜なら会える」と、まるで私に会うことを望んでいるみたいな文面……と思いかけて、自惚れすぎだと自分を叱咤する。
 彼はああ見えて意外と他人の感情の揺れに敏感だ。きっと私の気持ちを汲んで連絡してきてくれたに違いない。それが嬉しくもあり悲しくもあった。
 会いたい一心で、そしていつも眉間に皺を寄せて気難しそうな顔をしている彼のいつもとは違う表情が見たいという下心で、直接家に押しかけてやろうと思い立ち、大急ぎで彼の家の最寄りのスーパーで買い物を済ませていたら、突如かかってきた電話。
 声は弾みすぎていなかっただろうか。喜びが声で伝わったりはしていないだろうか。そんな懸念をしつつ電話しながら彼の家に到着。まさか私が玄関のチャイムを鳴らす前に扉を開けられるとは思っていなかったけれど、家の中に招き入れてくれたところを見ると、嫌悪感は抱かれていないらしい。
 もともと、少し顔を見ることができたらそれだけでいいという心持ちでいた。だから、暗に「もう帰れ」と言われても何とも思わなかった。……いや、少しは名残惜しいなと思ったけれど、それでも、私はそれまで通り自分の感情を押し殺し、すんなり帰るつもりだったのだ。それなのに、どういうわけか家の中に引き摺り込まれてしまった私は、当初の予定通り彼と一緒に夜ご飯を食べるという、結果的に私が得する展開となった。
 食器を取ってもらう時、背後に彼が立っただけで鼓動を早めたり、もう少し一緒にいたいなあという気持ちを上手に抑え込むことができなくて「泊まっちゃだめ?」なんて口走ってしまったりもしたけれど、それはたぶん、仕方のないことだったのだと思う。私は彼のことが好きだから。これが恋をするということなのだと、自己完結させる。
 付き合っているのなら、彼も私と同じ気持ちなら、泊まっても良いという流れになるのではないかと思っていたけれど、そこは私の望んでいた展開にはならなかった。人生そう甘くない。
 正直少し気分を落としてしまったけれど、彼なりに私を想ってくれていることはわかった。だから、全く同じ気持ちではないとしても、たとえ私に仕方がなく付き合ってくれているのだとしても、今はその不器用な優しさに甘えていようと思った。

 あの日は結局、彼に送ってもらった。その後も会う時には、ほぼ必ずと言っていいほど彼が家まで送り届けてくれる。紳士、なんて柄じゃないし、本人に伝えたら「気色悪ィこと言ってんじゃねェ!」とキレられそうなので口にはしないけれど、彼は細々したところで紳士的だと思う。
 二人で堂々と並んで歩いているから、いつかまた週刊誌に記事が載ってしまうのではないかと毎回ヒヤヒヤしているのだけれど、そういう心配をしている時は何も起こらず平和な日々が続くもので、今のところ私たちの周りは穏やかだ。すっぱ抜かれるのは良い気分じゃないし、ヒーローである彼にマスコミ対応という無駄な労力を割かせなくてすむことを考えれば、できたら現状維持したいところだ。
 そんな、九月下旬に差し掛かったある日の昼過ぎのこと。仕事中にもかかわらずうとうとしかけていたところに、来訪者が現れた。

「あれ? もしかしてみょうじさんじゃね?」
「え? あ! えーっと……瀬呂くん、だっけ?」
「そうそう。俺のことよく覚えてたね」
「瀬呂くんの方こそ」

 その来訪者には見覚えがあった。瀬呂範太くん。中学時代の同級生で、私がちょうど例の事件でごたついていた時のクラスメイトだ。あまり話したことはないけれど、私のことをさり気なく気遣ってくれていた記憶はあるのでなんとなく覚えていた。
 そういえば瀬呂くんはヒーロー志望で、高校もそっち系に進んだんだったか。まさかこんな形で再会することになるとは思わなかったけれど、今後うちの事務所と合同で任務をこなすことになるらしいから、もう少し関わりは続きそうだ。

「元気そうでよかった」
「どういう意味?」
「や、そんなに詳しくは知んないけど、みょうじさん色々あったじゃん?」
「ああ……そういうこと」
「ここで会えたのも何かの縁かもしんないし、これからまたよろしく」
「こちらこそよろしく」

 挨拶もそこそこに事務所の応接室に案内し、その日は帰りに「じゃあまた」と言われて終わった。そして翌週火曜日、再びやって来た瀬呂くんは、何を思ったのか、仕事の話を済ませた後で雑談をし始めたのである。

「みょうじさんって中学ん時はもっと高嶺の花ってイメージでとっつきにくかったんだけど、今はそうでもないね」
「それは褒め言葉?」
「もちろん」
「ありがとう。じゃあこれ、そちらの事務所の控えだから、また何かあったら」

 私は仕事の書類を差し出しながら、すっぱりと雑談を終わらせた。瀬呂くんのことが嫌いなわけではないし、死ぬほど忙しくて相手をしている時間がないというわけでもない。ただ逆に、雑談を続ける理由もなかった。
 私はもともとこういう人間だ。情がないというか、淡々としているというか、機械的というか。瀬呂くんはそんな私に苦笑しつつ、書類を受け取った。気分を害しただろうかと、私の僅かな人間味のある部分が顔を覗かせる。が、それは杞憂に終わった。

「みょうじさんって彼氏いる?」
「え」

 瀬呂くんからの思わぬ質問に、私は戸惑いの声を漏らしてしまった。そして当然のように頭に過るのは、彼の不機嫌そうな顔。
 彼氏がいると馬鹿正直に答えて良いものか、迷う。彼と付き合っていることは公にしていない。もしここで彼氏がいると答えて質問攻めにされたら、話し上手な瀬呂くん相手にどこまで上手くのらりくらりとかわせるかわからない。それに、そもそも瀬呂くんにプライベートのことを赤裸々に打ち明ける必要は皆無だ。

「どうしてそんなこと訊くの?」
「なんとなく?」
「……じゃあノーコメントで」
「ガード固いなあ」

 上手く、かどうかはわからないけれど、ふんわりと話を逸らす。瀬呂くんは無理に聞き出したい様子でもないし、この話はこれで終わり、と。ホッと安堵したのも束の間。
 瀬呂くんが急に紙とペンを貸してほしいと言うものだから貸してあげたら、そこにさらさらと何かを書いて渡してきた。これはどこからどう見たって、明らかに瀬呂くんの連絡先である。一体全体どういうことだ。混乱している私に追い討ちをかけるように、瀬呂くんは言葉を紡ぐ。

「実はみょうじさんのことタイプだったりして」
「あー……ごめん、そういうのはちょっと」
「やっぱり。彼氏いるんでしょ」
「わかっててこういうことするのはどうかと思うけど」
「オトモダチ同士の連絡先交換ってことなら別によくない?」

 強制力のない言い方なのに、瀬呂くんのセリフには有無を言わせぬ圧力みたいなものを感じた。久し振りに再会したクラスメイトと、連絡先を交換する。確かに、その流れ自体におかしなところはない。
 悩むこと数秒。私は瀬呂くんの連絡先が書いてある紙を受け取った。これを受け取ったからといって何かしらのやり取りをしなければならないというわけではないし、あくまでも元クラスメイトとして、そして今後の仕事で必要になる可能性も加味した上での行動だ。
 瀬呂くんは私が受け取ったのを見て少し意外そうな顔をして、けれどもすぐに笑顔を張り付けた。その笑みに何が隠されているのか。私には、読み取れない。


嵐の前の静けさの予感