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I

Fの発見

 彼女は初対面の時から、何か確固たる信念のようなものを持っていると感じた。だからこそ、お互いを高め合えると思って私の方から声をかけたのだ。
 彼女はまず、私の猛烈な勢いの自己紹介にひとつも動じなかった。それどころか「発目さんは物怖じしないタイプなんだね」と、爽やかに笑顔を返されたぐらいだ。その時点で、他とは何かが違うと感じた。
 私は自分自身が、ひとつの物事(取り分けアイテムという名のベイビーの開発)に集中し始めると周りが見えなくなってしまう特性があるということを、それなりに自覚している。けれどもその特性を改めようと思ったことは一度もなかった。
 私は私のやりたいことをやりたいようにする。それがモットー。だから最悪、お友達というものが存在しなくてもいいと思っていたのだけれど、彼女は唯一、私のことを理解してくれそうなお友達だった。
 雄英高校のサポート科に入学してやりたかったことは、勿論ベイビーの開発。だから私は入学当初からパワーローダー先生にお願いして、沢山のベイビーを作り続けている。それをクラスメイト達は「頑張ってる」と言うけれど、私は何も「頑張って」などいなかった。創りたいから創っている。ただそれだけなのに、私がアピールのためだけに努力していると思っている人が大半を占めていた。
 そんな中、彼女は私と共にパワーローダー先生の所に入り浸ることが多かった。私が引き摺り込んだわけではない。「発目さんもパワーローダー先生のところに行くの?」と声をかけてきたのは彼女の方からだった。
 そうして私達は必然的に仲良くなった。私は彼女をなまえさんと呼び、彼女は私のことを明ちゃんと呼ぶ。そんな、正真正銘のお友達になったのだ。空き時間には二人でパワーローダー先生の所に入り浸り、ベイビーの開発に明け暮れた。
 体育祭が終わって数日後、私はそんな彼女から話をされた。私が二回戦で騎馬を組んだ緑髪の彼とは幼馴染なのだと。そしてもう一人、体育祭で見事一位となったにもかかわらず大暴れしていた彼もまた、幼馴染なのだと。彼らの話をする時の彼女は、言葉では言い表し難い複雑な表情をしていた。

「実は私、アイテムの開発よりもコスチュームのデザインとか、できたらそっちを専門に頑張りたいと思ってるんだよね」
「そうなんですか。それもいいですね」
「さっき言った二人…きっと将来プロヒーローになると思うから、私がコスチュームをデザインしてあげたいの」

 その目は確かに真剣で、先を見据えているように思えた。初めて会った時に感じた確固たる信念のようなもの。それは彼らが原点なのだと、この時悟った。私は手元の作業に勤しみながら、そして彼女もまた自分の作業に勤しみながら会話を続ける。

「なまえさんはそのお二人のことを全く同じようにサポートしたいと思っているんですか?」
「……どうだろう」
「私にはそういうニュアンスに聞こえましたけど」

 彼女の手が止まった。私は止まらない。ただ顔を少しだけ彼女の方に傾けて、表情を確認するだけ。

「二人のことは同じように大切に思ってるはずなんだけど、きっと全く同じではないんだろうね」
「全く同じものなんて、この世には存在しませんから。それは当たり前じゃないですか?」

 彼女が再び作業を再開した。転がっていた部品と部品をペタペタと触り、くっ付ける。それをネジで固定するという動作を、慣れた手付きで行なっていた。
 彼女の“個性”は「接着」らしい。触れたもの同士をペタペタとくっ付けることができるという、アイテムやコスチューム作成の際に便利そうな能力だ。彼女曰く、持続性はそこまでないので仮留め程度のことしかできないけれど、その気になれば人と人をくっ付けることも可能だという。
 その“個性”を存分に発揮しながら彼女が創っているのは、小さな手榴弾のようなものだった。そういえば彼女は、よく爆発物の製作をしているような気がする。

「なまえさんが創るものは、お二人のうちどちらをイメージしているんです?」
「え…特に誰かをイメージしたことはないけど……」
「…そうでしたか。それは失礼」

 彼女は気付いていなかった。彼女自信が創り出すものの偏りに。それはきっと、彼女の中で潜在的にイメージが確立してしまっているからだろう。そうでなければ、無意識に偏ったものを創り出すとは思えない。
 けれどもそれを私が指摘するのは野暮な気がして口を噤んだ。いつか彼女自身が気付く日が来るだろうから。

「そういえば、ヒーロー科は職場体験に行っているそうですね」
「うん。…私も頑張らないと」
「いいですね、そういうの」
「そういうの?」
「青春って感じがするじゃないですか!」
「言ってることの意味がちょっとよく分からないんだけど…」

 本当に少しだけ困惑した様子の彼女は、その後ずっと、ただひたすら作業に没頭していた。結果的に創ったものは上手く機能が作動せずにガラクタの山行きとなってしまったけれど、私達はほぼ毎日のようにそれを繰り返しているからどうってことはない。
 たまたま作業が同時刻に終わったので、珍しく一緒に帰ることになった私達が話す内容は、新しいアイテムやコスチュームの案について。けれどもたまには良いかと、私はまた尋ねてみた。

「優劣はつきましたか?」
「優劣? 何の?」
「お二人の」
「ああ…その話……」

 苦笑する彼女は、なかなか答えてくれなかった。答えられないなら、それはそれで構わない。私はちょっとした興味本位で首を突っ込んでいるだけなのだから。
 緩やかな足取りがより一層スローテンポになる。彼女は進行方向をぼーっと見つめているだけのように見えるけれど、きっと答えを考えているのだろう。そうして何分か悩んだ後、漸く口を動かす。

「優劣はつけられないけど」
「そんな気はしてました」
「センスはまあ悪くねえな」
「はい?」
「私が昔、言われたセリフ」
「…それが?」
「たぶん初めて肯定されたの」
「幼馴染の一人に?」
「そう。たぶんあっちは覚えてないだろうけど」

 昔を懐かしむように、彼女は声を一層柔らかくして言葉を紡いだ。
 その口振りからして、彼女が話しているのは体育祭の二回戦で一緒に戦った緑頭の彼ではなく、一位になっても満足せずに大暴れしていた彼の方だということが容易に推察できた。つまり、優劣はつけられないと言っていたけれど、彼女が優先的に考えているのは。

「私が選んだ服に対して、悪くねえな、って。そう言ってもらえたのが嬉しくてコスチューム関連の仕事に就けたらいいなあって思ったんだよね」
「素敵な理由です!」
「単純でしょ?」
「単純な理由ほどブレないものじゃないですか」

 私は本心を口にした。お友達だからお世辞を言っているわけではない。私もまた、単純な理由でベイビーの開発に勤しんでいる人間だから、自身を持って言うことができたのだ。
 今の会話で、彼女の原点は彼なのだとはっきり分かった。二人が全く同じだなんてとんでもない。そこには紛れもなく大きな差があった。それに彼女がいつ気付くのか、私は密かに見守らせてもらうことにしよう。

「お互い、夢を叶えましょうね」
「うん」
「ではまた明日」

 分かれ道に差し掛かり、彼女に手を振って別れを告げる。さて、明日はどんなベイビーを生み出そうかしら。珍しくアイテム開発のこと以外の考察をしたものだから、その反動か、次々とアイディアが頭の中を埋め尽くしていく。
 そんな考え事をしていたせいで、私は彼女が別れ際に言ったセリフを聞き逃してしまったのだけれど「何ですか?」と尋ねても「なんでもない」と返されたので、それ以上は尋ねないことにした。ただ、彼女がいつも以上にうんと優しい表情を浮かべていることだけはバッチリ確認できたから、彼のことについてなんだろうという予想は簡単にできる。
 彼女は確固たる信念を持っている人だった。そしてそれは、とある人物に支えられて成り立っている。それを、ほんの少しだけ、羨ましく思った。