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I

Cの考察

 かっちゃんとなまえちゃんは非常に損な性格をしていると思う。
 僕とかっちゃんとなまえちゃんは、幼い頃からずっと一緒だった。ずっと。それはもう誇張表現なんかではなく、僕の記憶の中に二人が存在しなかったことはないんじゃないかってほど、ずっと一緒にいたように思う。
 僕は“無個性”だった。だった、という過去形の表現になっているのは、僕に“個性”が与えられたからだ。しかも憧れの存在であるあのオールマイトから。大切な秘密を知ってしまった。それ以上に、大変なものを授かってしまった。だから僕は僕の責任を果たさなければならない。この秘密を胸に秘め続けたまま、正義を全うしなければならない。オールマイトがそうしていたように。
 そう決意したから、僕はかっちゃんと正面から向き合った。向き合っているつもりだった。けれどもそれは僕の独りよがりで、かっちゃんは僕に向き合っていなかった。それどころか背を向けられていた。そりゃあそうだ。僕は今までかっちゃんに見向きもされない道端の石コロみたいな存在だったのだから、急に向き合えという方が無茶な話である。
 全てを話すことはできない。けれどもかっちゃんにだけは、局所的にでも言わなければならないと思った。だから僕の秘密を、僕とオールマイトの秘密を、断片的に話した。僕は確かに“無個性”だった。それは嘘じゃない。君を騙していたわけじゃないと伝えるために。
 結果的にそれは宣戦布告のような形になってしまったし、かっちゃんと向き合うためのステップを駆け上がることができたかと言ったら甚だ疑問である。それでも良かった。僕がやることは変わらないし、恐らくかっちゃんがやるべきことも変わらない。それで良かったのだ。
 この結果をなまえちゃんが聞いたらどう言うだろう。どう思うだろう。「かっちゃんにちゃんと伝わったらいいね」と言ってくれた彼女からしてみれば呆れ果てる結果だろうから、怪訝そうな顔をされるだろうか。それとも「やっぱりそうなるよね」と笑い飛ばしてくれるだろうか。彼女のことだから、きっと後者に違いない。彼女は絶対に、僕達を否定しないから。どちらかを選んだり、どちらかを拒絶したり、そういうこともしないから。けれどもそれが、かっちゃんを苛立たせている。そして傷付けている…のかもしれない。

「やっぱりそうなるよね」
「やっぱりそういう反応だよね」
「やっぱり?」
「ごめん、こっちの話!」

 セキュリティゲートが突破され、報道陣が雄英高校の敷地内に押し掛けてくるという騒動が起こった日の放課後。たまたま帰り道で遭遇したのでなんとなく一緒に帰ることになり、その流れでかっちゃんとのことを話した時のなまえちゃんの反応は、僕が予想していた通りだった。
 僕の呟きに僅か怪訝そうな表情を見せた彼女だったけれど、深く追求してこないのはいつものこと。彼女は聡い。勉強ができるとかそういう意味ではなく(彼女はそういう意味でも賢いとは思うけれど)、生きていく上での術を心得ている、という意味で。だから必要以上に他人のプライベートな部分に深入りしてくることはない。今もそうだ。きっとかっちゃんとどんな話をしたのか、もっと詳しく知りたいと思っているだろうに、それを尋ねてきたりはしなかった。
 のんびりと歩く彼女は、今何を考えているのだろう。今僕が話をしたかっちゃんとのことについてかもしれないし、今日の夜ご飯は何かなあとかかもしれないし、明日の授業って何があったかなあとかかもしれない。

「何もなかったでしょう?」
「え?」
「ほら、かっちゃんに話をしに行くって言ってた時、かっちゃんに何かあったら…って言ってたから」
「ああ…うん、そうだね」
「もしかしたらかっちゃんの中では何かあったのかもしれないけど、それは私が介入できることじゃないと思うし」
「なまえちゃんってあっさりしてるよね」
「そう? 面倒臭がりなだけだよ」

 彼女はケラケラと愉快そうに笑った。面倒臭がり。彼女はそう言ったけれど、僕は違うと思う。本当に面倒臭がりだったら、僕とかっちゃんの関係を気にかけたりはしない。それこそ、面倒臭いいざこざに首を突っ込んだりはしないはずだ。

「ねぇデクくん」
「何?」
「かっちゃんに何かあったら、その時は、」
「仮定の話は嫌いじゃなかったの?」
「うん、そうなんだけどね。そうなんだけど、でも、」

 彼女が口籠った。何かを言い淀むなんて珍しい。僕とさほど変わらない身長のなまえちゃんは、ゆったりと歩きながら再び口を開いた。先ほどと同じ言葉を、繰り返す。「かっちゃんに何かあったら、その時は」。以前僕が口にしたセリフを、今度は彼女が言う。まるでその時が訪れるのを知っているみたいな口振りで。

「デクくんが、助けてあげてね」
「…それこそ、かっちゃんは望んでないと思うよ」
「うん。そうだろうね。でも、そうしてほしいの」
「どうして?」
「それが、最善だと思うからだよ」

 なまえちゃんはひどく曖昧な理由をこじつけて、僕に重すぎる願い事を押し付けた。僕がかっちゃんを助けるなんて有り得ない。もし仮に何かあったとしても、かっちゃんは僕だけは頼らないだろうし頼りたくないと思うはずだ。けれども彼女はそれが最善だと言う。
 僕からしてみれば、かっちゃんを助けるべきなのは間違いなくなまえちゃんだ。特別な“個性”を持ち合わせていなくても、ヒーローじゃなくても、かっちゃんを救えるのは彼女だけ。それは間違いない。だって僕達はずっと三人で一緒に過ごしてきたのだ。二人のことを誰よりも近くで見ていた僕だからこそ断言できる。かっちゃんにはなまえちゃんが必要だ、と。
 しかし残念ながら、なまえちゃんにかっちゃんが必要なのかは分からなかった。僕とかっちゃんを大切な幼馴染として認識してくれていることは分かる。他とは違う、特別な位置づけであることも理解している。けれどもそれがイコール必要としているとは言い難かった。
 かっちゃんはああいう性格だから、自分の本当の気持ちを半分も伝えきれていない。…と思う。必要だとか、自分だけを見ていてほしいだとか、そんなことはたとえ思っていたとしても口が裂けても言わないだろう。
 一方でなまえちゃんは、上手に気持ちを表出できるタイプだ。好意も敵意も、隠そうと思えば隠せるし、前面に押し出そうと思えば押し出せる。そういう器用な性格なのに、かっちゃんにだけは不器用だ。かっちゃんが何を必要としているか分かっているくせに、どうしてほしいか気付いているくせに、その望みを叶えてあげることはしない。否、叶えることを躊躇っているのだ。そうすることで何かが変わってしまうことを恐れているみたいに。

「サポート科はどう? 楽しい?」
「うん。楽しいよ。でも、努力しないとすぐに置いていかれちゃいそう」
「なまえちゃんなら大丈夫だよ」
「デクくんは優しいなあ」
「そうかな」
「そうだよ。だから…デクくんは、そのままでいてね」

 彼女が緩やかな笑みを傾けてそう言ったところで、分かれ道に差し掛かる。「じゃあまたね。あんまり無茶しすぎちゃだめだよ」と、まるで言い逃げするみたいにひらりと手を振って去って行くなまえちゃんは、僕なんかよりずっと優しいと思った。僕が「そのまま」でいてはいけないことを知っているくせに「そのまま」でもいいと言ってくれる。優しい子だ。そんな彼女だからこそ、かっちゃんの傍を離れてほしくないと思う。こんな考え方は我儘だろうか。
 かっちゃんとなまえちゃんは非常に損な性格をしていると思う。お互いを求め合えば手に入るものが沢山あるのに、何も掴まない。掴めない。きっと二人が心から求めているものは同じはずなのに。とても、もどかしい。