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I

Bの独白

 彼は粗野で乱暴で自分勝手で、けれどもひどく真っ直ぐに夢を追いかけている男だった。
 幼少時代から、彼の“個性”は抜きん出ていた。誰よりも強くて、派手で、先生達にもヒーロー向きの“個性”だともてはやされていたのを覚えている。彼は元々、人よりもうんと素直なだけだったのだと思う。周りができないことが自分にはできる。周りが分からないことが自分には分かる。周りの“個性”よりも自分の“個性”の方が圧倒的に凄い。そう認識させたのは私を含む周囲の人間であり、彼自身の性格だけの問題ではないと思う。
 自信を持つのは良いことだ。自分を強いと信じ、誰にも負けないと疑わず、ナンバーワンヒーローに憧れて目をキラキラさせていた彼。そのまま純粋に、多少の荒っぽさはあっても誰かを傷付けることなく、真っ直ぐにヒーローを目指す彼でいてほしかった、というのは私の我儘だろうか。
 デクくんの存在は、彼にとって良くも悪くも大きなものだった。人は、本当に自分より下だと思う相手のことなんて見向きもしない。デクくんは確かに“無個性”だったけれど、それでもヒーローになることを諦めていなかった。私は彼がそのことに苛立って牽制し続けている理由を、デクくんに何かしらの脅威を感じたからじゃないだろうかと推察している。勿論、彼は否定するに決まっているだろうからそんな指摘をしたことはないけれど、兎に角、私はどちらも立派なヒーローになれると信じて疑わないから、それこそ純粋に、ただ真っ直ぐに、彼らを応援したいだけだった。彼はそれが気に入らなくて堪らないようだったけれど。
 きっと彼は、私が彼をデクくんと並列して考えるのが心底気に食わないのだろう。それを分かっていても尚、私は「二人」を同列と見做す。だって私にとって、彼もデクくんも大切な人ということに変わりはないから。どんな経緯を辿ってデクくんが雄英高校に入学できたのかは知らないけれど、入学できたという事実は覆らない。彼はそのことにもまた、激しい憤りを感じているようだった。

「ヒーロー科って大変なんだねぇ…」
「僕の場合はたぶん特別かな…」
「授業の度にこんな大怪我してたら、デクくん、ヒーローになる前に死んじゃわない?」
「物騒なこと言わないでよなまえちゃん!」

 入学してからまだ間もないというのに、デクくんは既に複数回リカバリーガールのお世話になっているらしい。ヒーロー科とは恐ろしいところである。一体何をどうやったらここまで重傷を負うことができるのか。私には皆目見当もつかない。
 風の噂でヒーロー科の緑頭の男の子が大怪我をしたらしいと聞いた私は、放課後になってすぐ保健室に向かっていた。ヒーロー科の緑頭の男の子と言ったら、きっとデクくんに違いないと思ったからだ。そして私は、ちょうど保健室から出てきたデクくんと出会うことに成功して今に至る。
 デクくんは荷物を取りに行くために一度教室に戻ると言うので、それまでの道のりだけでも少し話をしようと並んで歩く。デクくんは元々緊張しやすい性格で、それが女の子相手となると更に拍車がかかるのだけれど、私とは長い付き合いということもあって普通に話してくれる。名前だって「みょうじさん」ではなく「なまえちゃん」と呼んでくれるようになるまで何年もかかった。
 デクくんは優しい。一般的な優しいとは違う優しさを持っているような気がする。そして優しいだけじゃなくて強い。物理的に、ではなくて、なんというのだろう、心が。そう、心が強いのだ。彼には萎縮しているけれど、正しいと思ったことやこうと決めたことは曲げない。強いというか、頑固と言った方がニュアンス的には正しいかもしれない。それでも私はあえて言おう。デクくんは強いと。彼と同じように。

「今日ね、かっちゃんと、戦ったよ」
「え」
「あ、えっと、授業の! 対人戦闘訓練で、なんだけど!」
「ああ…なんだ、そっか。びっくりした…本気で喧嘩してこんな怪我しちゃったのかと思って…」
「まあ…それとほぼ変わりないんだけど…」
「え?」
「いや! なんでもない!」

 デクくんはまだ何やらごにょごにょと言っているけれど、大体のことは分かったので聞き流すことにした。兎に角デクくんは今日、彼と拳を交えたらしい。恐らく彼のことだから、それがたとえ授業の一環だったとしても、容赦なく本気で、敵と見做した相手を攻撃したのだろう。自分が一番だと周りに認識してもらうためならば手段はいとわない。そういう人だから。
 特にデクくん相手となると、今の彼が冷静に手加減などできるはずがない。他の人は怪我をしなかっただろうか。対人戦闘訓練がどんなものかはよく分からないけれど、私はその場に居合わせた人のことまで心配になってきてしまった。

「他の人は大丈夫だったの?」
「あ、うん。言ったでしょ、僕の場合は特別だって」
「…そういう特別はよくない気がするけどね」
「これから…これから、もっと強くなってみせるよ。絶対に」

 彼とデクくんの性格は全く違う。けれども私は、二人の根底にあるものは似ていると思っている。どちらもオールマイトというナンバーワンヒーローに憧れてヒーローを目指していて、強い信念のもとこの雄英高校に入学した。ブレない。昔からずっと。憧れを夢に、夢を現実に。彼もデクくんも、そうやって今を生きている。そんな二人の傍で過ごしてきたからこそ、私は私の夢を見つけることができた。だから私は頑なに彼とデクくんの「二人」がヒーローになることを望むのだ。

「今日、かっちゃんと一緒に帰るの?」
「一緒に帰るのは難しいかもしれないけど…話しておきたいことがある」
「それはデクくんの“個性”に関すること?」
「えっ、いや、それは…!」
「分かった。いいよ。それ以上何も言わなくて」
「……ごめん」
「なんで謝るの? かっちゃんにちゃんと伝わったらいいね」
「うん…」

 デクくんの異変にいち早く気付いたのは恐らく彼だろう。だからこそ私にきいてきたに違いない。「てめェは何か知ってんのか」と。良かったね、かっちゃん。デクくんはあなたに自分のことを話そうとしてくれてるよ。歩み寄ろうとしてくれてるよ。その気持ちが少しでも伝わったらいいのになあ。そう簡単に上手くいかないって知ってるけど。あなたは頑なに、デクくんを拒絶し続けているものね。恐れているものね。ずっとずうっと前から。
 今すぐにとは言わない。けれども、いつか、何ヶ月後、何年後、何十年後でもいい。いつかほんの少しでもお互いのことを認め合える日がきたら。そう願わずにはいられない。もしそんな日が訪れたら、私は誰よりも二人を祝福できる自信がある。

「もしかっちゃんに何かあったら、その時は、」
「何かって?」
「それは…分からないけど……」
「じゃあ約束できないよ」
「え」
「仮定の話をするのは嫌いなの。それに、」

 かっちゃんは私に手を差し伸べられることを望んでいないと思うから。
 私の発言をきいてデクくんは何か言いたげに口を開きかけたけれど、結局何も口にしなかった。代わりに「そっか」という気のない返事だけを零したところを見ると、今言うべきことじゃない、もしくは言わなくてもいいことだと判断したのかもしれない。
 A組の教室に続く廊下の手前でデクくんに別れを告げる。とぼとぼと歩く後姿は少し自信がなさそうで、何かに恐怖しているようで、いつもより数段小さく見えた。だから「頑張れ」と言おうと思った。けれど、「が」の口を作ったところで止まる。今ここで私が気休めの言葉を投げかけたところでどうにもならないと考えを改めたからだ。そして同時に思い出したからだ。デクくんは強い人間だということを。「頑張れ」などと言われずとも頑張れる人間だということを。