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I

Aの焦躁

 その女は、本当にクソみてえな性格をしていた。
 幼馴染。腐れ縁。言葉にすると至極シンプルなその関係。ちなみにクソナードもそれに値するらしいが、胸糞悪いので認めない。というか、たとえそうだったとしても、そんなのは中学までで終わりを迎えると思っていた。そうでなければおかしかったのだ。なんせクソナードは“無個性”なのだから。それがどうして…と、まああの野郎のことはひとまず置いておいて、問題はクソみてぇな性格をした女も俺と同じく雄英高校に入学したことである。
 女が入学したのはヒーロー科ではなくサポート科だった。サポート科では自分の“個性”を生かして、その名の通り、ヒーローをサポートするためのアイテムやコスチュームを製作する技術を学ぶらしい。その女は、ガキの頃から耳にタコができるんじゃねぇかってほど同じことを繰り返し、呪文のように俺の隣で言っていた。「私はヒーローにはなれないと思うけど、ヒーローを助けられる人にはなれるかもしれない」「頑張ってるヒーローと一緒に戦えるようなものを創るのが私の夢なんだ」と。
 正直な話、女が雄英高校に入学できるレベルだとは到底思えなかった。ヒーロー科ほどではないにしろ、雄英高校である以上、他の科もかなりの倍率を誇っていたし、それこそ全国からモブ共が受験しに来るのだから、女より有益な“個性”を持った奴らは腐るほどいる。だからやめておけと忠告してやったにもかかわらず、女は無謀にも雄英高校を受験した。そして、なぜかちゃっかり合格して俺と同じ制服に身を包んで登校してやがる。解せない。
 女はサポート科だから百歩譲ってまあいいとしても、クソナードはなぜ俺と同じ道を辿っているのか。俺が一番凄くて、強くて、オールマイトをも超えるナンバーワンヒーローに近しい存在のはずなのに。その自信が、僅かながら揺らぐ。そんな自分自身が許せなかった。

「かっちゃん、おはよ」
「うるせえ話しかけんなクソモブ女」
「相変わらず口が悪いんだから。そんなんじゃ友達できないよ」
「ンなもんいるか。俺はヒーローになるために高校に行ってんだよ。オトモダチ作りがしてえならとっととヨソの高校行けや」
「そういう意味じゃないんだけど…まあいいや」

 朝からうぜえほど明るく気安く声をかけてくるこの女こそ、クソみてぇな性格をした幼馴染であるみょうじなまえ。何の断りもなく平然と俺の隣を歩きやがって、そんなことができる女は恐らくコイツだけだ。そしてそれは、俺がコイツだけに唯一、隣を歩く行為を許している、という意味でもあった。
 昔から、そこにいることが当たり前だった。付いて来いと言ったこともなければ、離れるなと命令したこともない。むしろ「女は邪魔だから消えろ」と言ったことなら何度もある。だがなまえはその度に怯むことなく「私は私がやりたいようにする」と俺に歯向かってきては、金魚の糞のように付いて来ていたのだ。そうして気付けば、まともに会話ができる女はなまえだけになっていた。
 だからどうというわけではない。ただ、いつからか邪魔だと思わなくなったのは事実で、もし仮にコイツが俺以外の野郎に付いて行くことがあれば腹が立つのも本当のことだった。そういう意味において、なまえが雄英高校に入学したのは良かったのかもしれない。俺の目の届かぬところでわけの分からぬ輩に目を付けられるよりは遥かにマシだ。

「デクくんはもう行っちゃったかな」
「あ?」
「同じヒーロー科なんでしょ? 一緒に学校行けばいいのに」
「てめェ俺に喧嘩売ってんのか」
「そんなに気に入らない? デクくんがヒーローを目指すこと」
「気に入らねえも何も、アイツは“無個性”だろうが!」
「でも現に、かっちゃんと同じヒーロー科に入学してる」
「うっせえ! 黙れ! 殺すぞ!」
「いいよ。殺したいなら殺しなよ、未来のヒーローさん」

 手から小さく爆発を起こす俺を見ても、女は涼しい顔でそう宣う。クソほど腹が立つ。爆破してやりてえと思うほどに。しかし俺にはそれができない。生物学的に女だから、とか、そういう理由ではなく、俺はみょうじなまえという女に限り“個性”を使えないのだった。そのことを、この女は心得ている。

「私はね、かっちゃん。二人にヒーローになってもらいたいんだよ」
「俺はヒーローになる。アイツのことは知らねえ」
「知ってるでしょ? 私の夢。ヒーローと戦えるものを創ること。いつかヒーローになった二人の力になれるようなものを創るのが私の夢なの」

 二人を。俺だけではなく、そこにはあのクソナードも含まれている。それが心底理解できなかった。昔からの仲なのだから、クソナードが“無個性”であることはなまえも勿論知っているはずだ。それでもなぜかこの女は、クソナードがヒーローになれる未来を信じて疑わない。意味が分からなかった。俺と並列してクソナードを支えたいという女の言葉も気持ちも何もかも。そんなの、分かりたくもないし分かる必要もないが。
 運の悪いことに、俺はクソナードと同じA組になった。ちなみになまえはH組らしい。登校初日に行われた個性把握テストで、クソナードはやはり大した成績を残せていなかった。ただ、ボール投げの記録だけはどう考えても有り得なくて。“無個性”のくせに、ついこないだまで道端の石っコロだったくせに、受験の時といい、どんな汚え手を使ったのか。「勝ち取った」? どういう意味だ。何を「勝ち取った」って? 考えたところで分かるわけもない。

「ヒーロー科の初日はどうだった?」
「……てめェは何か知ってんのか」
「何を?」
「あのクソナードがどんな手使って入学したのか」
「…知らないよ、何も。知ってたとしても、私はきっと言わないと思う。かっちゃんには」
「ンだと?」
「だってかっちゃんは、何を言ったってデクくんを認めないでしょ?」

 俺にデクを認めろ、と。この女は暗にそう言っていた。一生かかってもできないであろう無理難題を俺に押し付けてきて、また、涼しい顔をして隣を歩く。ただただ苛立ちが募る一方で、けれどもこの苛立ちを女にぶつけることはできなくて。
 俺は何にこんなにも苛立っているのか。“無個性”のくせに俺と同じヒーロー科に入学したデクに対して? それは勿論だ。が、根源はそこじゃない。デクを認めろと言ったり、俺とデクがヒーローになった時のことを夢見ているクソ女の発言に対して? それもある。が、これも根源ではない。
 俺はこの女が、なまえが、俺とデクを並べていることが気に食わなかった。昔からずっと。俺の方が凄い。優れている。対してデクは何の力も有していない、文字通りの木偶の坊。それなのになまえの中で、俺は常に一番ではない。ナンバーワンではないのだ。そのことにただ苛立っている。どうしようもなく。

「…認めるかよ、一生」

 だから俺は、どんなことがあっても緑谷出久を認めない。この女が、俺をナンバーワンと認めないのと同じように。
 クソみてえな性格をした女。だがそんな女に振り回されている俺は、もっとクソかもしれない。