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I

Uの約束

 寮生活が始まる前はホームシックになるのではないかと懸念していたけれど案外そんなこともなく、私は毎日なかなか充実した生活を送っていた。寮生活になるとパワーローダー先生のところに終日入り浸れるから、アイテムの開発し放題。コスチュームの試作だってやりたい放題だ。こんなに有意義な時間の使い方はない。
 ヒーロー科は間もなく仮免取得試験があるとのことで、最近よく開発工房でその姿を見かける。コスチュームの改良のため相談に来ているのだろう。体育祭以来、デクくんは明ちゃんと仲が良いようで、コスチュームの件を相談している姿を見かけた。
 自分の大事な友達同士が仲良くなるのは、単純に嬉しい。自分が力になれたら、と思う気持ちが全くないというわけではないけれど、悔しいことに今の私には明ちゃんほどのアイディア力がない。だから、少しでも早くデクくんが理想のヒーローになれるようにと願う私にとって、今はこれが最善なのだと受け止めている。
 彼は今のところ、開発工房で見かけていない。もしかしたら私がいない間に来ているという可能性もなくはないけれど、私は暇さえあればこの場所に入り浸っているから、ほぼ間違いなく来ていないと断言できる。彼は今のコスチュームやサポートアイテムで十分なのだろうか。気にはなるけれど、当然口出しはできない。
 一度A組の寮に遊びに行って以来、私は数日おきに顔を覗かせるようになっていた。彼から「来る前は連絡しろ」と仰せつかったので必ず連絡をするようにしているのだけれど、連絡をすれば彼は簡素ながらきちんと返事をくれるし、寮の前で待っていてくれたり、逆にこちらの寮の前まで来てくれたり、なんだかんだで私に付き合ってくれている。
 だから、少し気を抜いたら自惚れそうになってしまう。自分は彼にとって特別な女の子なのではないか、と。昔からの腐れ縁だから付き合ってくれているということを、うっかり忘れそうになってしまうのだ。彼にそんな感情がないことは理解しているはずなのに。
 夏休みはもう間もなく終わりを迎えようとしていて、仮免取得試験はいよいよ明日らしい。そんな大切な日の夕方にこうして私の隣にいてくれる彼は余裕なのだろうか。まあ「ちょっとだけ会いに行ってもいい?」なんていつも通りを装って連絡をしたのは私なのだけれども。そういえば彼に「来るな」とか「今日はダメだ」と断られたことは今まで一度もない。

「明日なんでしょ、試験」
「ああ」
「頑張ってね」
「ったり前だわ」
「アイテムもコスチュームも、結局改良しに来なかったね」

 それとなく、あなたが来るのを待っていました、みたいなニュアンスの言葉を投げかけてみる。例え彼が開発工房に来ていたとしても、私に相談を持ち掛けてくることはなかっただろうけれど、それでも彼がどんなことで悩んでいて、どんなことを望んでいるのかをこっそり知るには良い機会だと思っていたのに。
 現在の場所は、体育館γの裏側。トレーニングの途中、休憩がてら相手をしてやると言われたのだ。彼は壁に背をあずけ、腕組みをした状態でぼーっと遠くを見つめている。私は彼の横顔が結構好きだ。正面からだと少し怖いかもと思えるような目付きが、ほんの少し和らいで見える。それが本来の彼を滲ませているようで惹かれるものがあるのだ。

「今ンとこ改良する必要がねェと判断した」
「そっか」
「冬に向けて改良しようとは思ってる」
「ちゃんと考えてるんだね」

 彼は賢い。そして意外と冷静だ。だから、自分の力量を弁えた上で先の先を見据えていて、明確なビジョンを持って行動している。その場の感情だけで言動がゆらゆらしている私とは大違いだ。
 夏は日が長いから、まだ夕日は見えない。この場所は陰になっているけれど、一歩日向に出れば太陽の光が溢れていて、あと数時間はこの景色のままだろう。生温い風が肌をなぞる。彼はトレーニング直後ということもあって額にじわりと汗を滲ませていて、私よりも暑そうだ。
 そういえば汗っかきなんだっけ。彼の“個性”は汗を起爆としているから、夏の方が調子がいい、という情報を聞いたのは随分と昔のことである。じゃあ冬は戦い難いのかなあ。汗かきやすくできるコスチュームないかなあ。私は彼のコスチュームをまじまじと観察しながらそんなことを考えていた。

「訊かねえのかよ」
「何を?」
「俺がどんな改良しようとしてんのか」
「ああ…うん、訊かないよ」

 珍しいなあと思った。自分から「訊いてこいや」みたいな雰囲気を醸し出すのは。どうせ訊いたって教えてくれないくせに。

「…あいつらのコスチューム、」
「うん?」
「A組の、他の奴らの」
「みんな改良してるよね。デクくんとか、よく来てたよ」

 デクくんの名前は出したのは、もはや反射というか、彼との会話では自然と出てきてしまうというか、そんな感じだった。デクくんだけじゃなく、上鳴くんや切島くん、飯田くん、麗日さん、他にもA組の人は数名来ていたけれど、どうしても目についてしまうのは昔から知っているデクくんだったのだ。
 だから決して、彼に喧嘩を売ろうと思ったわけではない。というか、そんなの今までの関係上分かりきっていることのはずなのに、彼は非常に不機嫌さを露わにした。自分から話を振ってきたくせに。理不尽だ。

「てめえが改良したのか」
「え?」
「デクの」
「ううん。デクくんは明ちゃんとパワーローダー先生」

 私の返答に、彼は安堵の色を浮かべたような気がした。気がした程度で、表情自体はそんなに変わっていないような気がするけれど。でも、確実に軽い空気にはなった。

「…じゃあ他の奴らのは?」
「耳郎さんと、口田くんのはちょっとだけ」

 彼の周りの空気は目まぐるしく変わる。私が一言発するだけで、よくもまあそんなに変えることができるものだと感心してしまうほどだ。元々感情の変化が分かりやすいタイプではあったけれど、こんなにもころころと変化していただろうか。常に敵意剥き出しの狂犬みたいな時よりはマシだと思うけれど、これはこれでちょっと対応が難しい。

「ほとんどパワーローダー先生と共同作業って感じだったけどね」
「へぇ」
「興味ないなら訊いてこないでよ」
「そういうわけじゃねえ」

 最近、不思議に思っていることがある。それは、あれだけ常日頃から感情を爆発させていた彼が、言葉を濁すようになったのはなぜなのだろう、ということだ。勿論、基本的にストレートな言葉をぶつけてくることに変わりはないのだけれど、肝心な部分を濁されているというか。何か私に言えないことを隠しているのではないかと、妙な疎外感を覚える。
 幼馴染だからと言って全部曝け出さなければならないというわけではないし、そこまでのことは望んでいない。それにそんなことを言われたら、私だって彼に言えない重要な本音を隠してはいけないということになってしまう。それは困る。

「仮免取ったら」
「うん」
「……話がある」
「何、改まって」
「トレーニング戻る」
「え、言い逃げ?」

 突然クソ真面目な雰囲気で「話がある」なんて言われたらドキッとしてしまう。いい意味ではない。何か悪い話ではないかと不安になるのだ。
 話なら今すればいい。今が無理ならトレーニングが終わってからでもいい。しかし彼はあえて「仮免を取ったら」という条件を指定した。それは「明日必ず仮免を取ってくるから見てろよ」という宣言めいた意味を含んでいたのかもしれない。こちらの言葉には振り返らず、どかどかと体育館の方へ歩いて行く彼の背中は、いつの間にか随分と大きくなっているように見えた。
 頑張れかっちゃん。ヒーローに近付くための第一歩、明日ちゃんと踏み出して来てね。話、ちゃんと聞くからね。高校生のくせに随分と堂々としている背中に向けて投げかけた言葉達は、たぶん彼に届いていない。