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06


 たぶん何かを間違えてしまったのだと思う。彼女に投げかける言葉とか、いつも通りを装って取った行動とか、そこらへんの何かを。だから彼女は、わかりやすく不機嫌になったのだろう。
 おれは良くも悪くも世渡り上手な方だと自負していた。が、今回ばかりはちっとも上手ではないどころか、下手すぎて驚いている。いつからおれはこんなに空気を読むのが下手くそになってしまったのだろうか。それもこれも、全ては彼女のせいだ。……なんて、自分の失態を人になすりつけている時点で、おれはどうかしている。
 人付き合いは、浅く広く。当たり障りのない会話をして、適当に愛想を振り撒く。恋愛においても、上辺だけで楽しければ良いと、その方が楽だと思っていたから、そうやって生きてきた。しかし彼女には、今までのおれの生き方が通用しないのだ。

 キスはしていないと聞いて、内心かなり安堵した。告白を断ったことも、驚きより嬉しさが勝っていた。しかしその感情を表に出すのはカッコ悪いというか、おれたちの関係上、相応しくないと判断した。だからって、何もあそこまで刺々しくあしらうような言い方をしなくても良かったと、今更になって後悔はしている。
 しかし、仕方がなかったのだ。おれはそういう人間だと思われているはずだから。細かいことは気にしない、軽い性格。浮気OKという条件を承諾した立場のおれが「おれ以外の男は選ぶな」とは、口が裂けても言えない。そんなわけで、おれ自身の言動の結果、彼女は一度断った告白の返事をもう一度考えると言ってきた。
 ふつふつと込み上げてくるのは、怒りとも苛立ちとも焦燥とも言えぬ何か。その時初めて、おれは明確に独占欲というものを体感した。少し前まではぼんやりしていた「何か」が、今は手にとるようにわかる。それはつまり、おれが彼女に固執しているということに他ならなかった。

 いつも通りが通用しないことがどういう意味を持つのか、認めてしまえば楽になれることはわかっていた。認めた上で彼女に伝えてしまえば、もっとシンプルになるということも。
 それでもおれが楽な道を選べないのは、それまで積み上げてきた生き方と、ちっぽけでくだらないプライドのせいか。いや、それだけじゃない。おれは恐れているのだ。彼女に拒絶されるかもしれないことを。「本気になられたら困るよ」と突き放されることを。
 初めてだった。誰か一人をこんなにも求めてしまうのも、想ってしまうのも、失いたくないと思うのも、何もかも。彼女の何がおれをここまで惹きつけるのか、それはよくわからないが、キッカケはきっとたった一度のセックスだ。
 身体の相性がいい。高揚感が違った。最中、そして事後の様子がおれ好みだった。全て正解だが、全て間違っているような気もする。
 セックスしていなかったとしても、おれは遅かれ早かれ彼女に惹かれていただろう。こうなることは必然だった、と思う。じゃあおれが彼女にここまで惹かれているのはなぜなのだろうか。何度考えてもわからない。

「なまえちゃん」
「……何か用?」
「彼女に話しかけるのに用件が必要?」
「わざわざ世間話をしにくるタイプじゃないでしょ」

 そうだよ、そうだったんだよ、今までは。理由もなく自分から女の子に話しかけに行くことはほとんどなかったんだよ。だって放っておいても女の子の方から話しかけてくるから。でもなまえちゃんはおれに話しかけに来てくれないでしょ。……って、拗ねた子どもみたいに言えたら良いのになあ。
 そんな本音を隠し、おれは「まあ確かにちゃんと用件があったから話しかけたんだけど」と前置きをして本題に入る。たぶん表情は変わっていないと思う。作り笑顔はお手の物だ。

「クリスマスどうする?」
「え?」
「予定ある?」

 十二月に入って更にぐっと冷え込むようになったというのに、彼女は膝上丈のスカートからその美しい脚を惜しげもなく晒している。タイツを履いているのが逆に唆られるというのがおれの感想だ。
 そんなわけで十二月。恋人たちが浮き足立つクリスマスを十日後に控えているというのに、彼女はまるで全く誘われることを予想していなかったかのような反応をして見せた。一応付き合っているのだから、少しぐらい考えてくれていても良いと思うのだが。

「ボーダーの方で予定とかあるんじゃないの?」
「おれはフリーだよ。何もなければね」
「私でいいの?」
「何が?」
「誘う相手。他にもいるでしょ」
「……なまえちゃんの他に誘いたい子なんていないけど」

 自分の声帯から思っていた以上に低い音色が奏でられて、少し驚いた。おれってこんなに低い声が出るんだ、って。おれ自身が驚いているのだから彼女はもっと驚いていて、なんならちょっと怯えているようにも見える。おれが気分を害したと思ったのかもしれない。
 確かに、イラッとはした。誘われて喜んでもらえないのは、まあ、残念ながら予想通り。しかし、自分は二番手かそれ以下なのが当然、みたいな口振りをされると、たとえ彼女が彼女自身のことを蔑んでいるだけだとしても腹が立つ。

「今までもそうやって女の子を誘ってきたの?」
「初めてだよ」
「それも常套句?」
「なまえちゃん。おれ、ほんとに怒っちゃうよ?」

 声のトーンは幾分か高くしたつもりだ。笑顔だってちゃんと張り付けた。しかし彼女はさっきよりも更に戸惑っているような素振りを見せる。
 彼女はどうやっても、おれがみょうじなまえに本気にはならないという事実を作り上げたいようだった。遊び。二番手以下。暗に、そのポジションが良い、と言っているように聞こえる。こっちの気も知らないで。

「クリスマス一緒に過ごそうよっていう単純なお誘い。なまえちゃんの返答はイエスかノーの二択。はい、どうぞ」
「え、そんな急に、」
「嫌なら断ってくれたらいいだけでしょ。何に迷うの」
「…………こっちの気も知らないで」

 耳を疑う。それはおれのセリフなんだけど。
 お互いにお互いの考えていることがわからない。だからこうもギクシャクしているのだろうか。あの告白事件以来、まともにデートできない(というか誘ってもなんやかんやと理由をつけて断られている)のも、一緒に帰ることがあっても会話が続かないのも、全部手探りだから? おれと同じように、彼女も恐れている? 何を?
 考える。そして、期待したくなった。もしかして彼女もおれと全く同じ苦悩を抱えているのかもしれない、と。しかしこれはあくまでも希望的観測に過ぎない。ここからどう駆け引きしていけば良いものか。おれは考え続ける。

「もしクリスマスの一日をおれにくれたらいいことあると思うよ」
「何その悪徳商法みたいな言い方」

 久し振りに彼女の表情が和らいだ。と同時に、おれの張り詰めた気分も和らぐ。そのお陰だろうか。今なら素直に自分の思っていることを口に出せそうな気がした。
 駆け引きは今まで、色んな女の子を相手に散々してきた。しかし、彼女相手にそれは必要ないということに、唐突に気付かされる。恐らく一般的な恋愛とはこういう状況をさすのだろう。

「なまえちゃんと過ごしたくて必死なんだよ」
「全然そんな感じしないけどね」
「もし他の男がいてもおれを選んでほしいって思うぐらいには必死だけど」
「な、」

 予想外に重たい男だと思われるだろうか。最初の契約と違うだろ、と不快な気持ちにさせてしまうだろうか。……と不安を抱く間もなく、彼女がわかりやすくぶわっと顔を赤く染めた。
 昼休み中。教室の一番後ろから二番目の窓側の席。騒つく教室内でこちらを注視している生徒はいない。おれがちょうど彼女を隠す格好になっていたのも幸いした。この顔を誰にも見られなくてすむ。

「保健室行く?」
「いい、大丈夫だから……」
「おれがここにいない方がいいならあっち行こうか?」
「まっ! ……まって、」

 本気で離れるつもりはなかったが、まさか彼女がおれの制服の裾を引っ張ってまで引きとめてくれるとは思わなかった。おれがいなくなったら赤く染まった顔を見られて困るからだろうとは思うが、それでも口元が緩んでしまう。

「もうちょっとだけでいいから……」
「いいよ。ここにいてあげる」
「ごめん」
「ん? なんでごめん?」
「こんな、急に変な反応して、困らせて」
「変じゃないし困ってないよ。可愛い可愛い」

 調子に乗って頭をポンポンと撫でてみたが、彼女は振り払うことも「やめて」と声を発することもなく、ぷしゅう、と音がしそうな勢いで机に突っ伏しただけだった。クラスメイトたちには、たぶん、普通の恋人同士のイチャイチャタイムに見えているだろう。本当はそれよりももっと特別な時間なわけだが、それはおれたちだけが知っていればいい。
 嫌がられないのをいいことに、勝手に彼女の髪を撫でたり指に巻き付けて遊んだりしてみる。彼女が通常モードに戻ったら、振り払われるか、何かしら制止の声をかけられるだろう。それまでは好きにさせてもらってもいいよね? おれ、彼氏だもん。