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07


 彼は一体私にどうしてほしいというのだろう。何をどうしたら正解で、上手に立ち回ることができるのか。私はそればかりを考えている。しかしどれだけ考えても、一向に答えを見出せないでいた。だからこんな血迷った行動に出てしまったのだ。

「楽しくない?」
「え? なんで?」
「さっきからずーっと上の空って感じだから」
「そんなことないよ」
「へぇ。そう」

 隣を歩く彼は、この季節にぴったりの冷ややかな声を落とした。待ち合わせ場所で顔を合わせた時はもっと温度を感じる声音だったはずなのだけれど、そんなに不機嫌にさせてしまうほどぼーっとしていただろうか。確かに悶々と考え事をしていたのは認めるけれど、考え事の内容は彼についてなのだから、少しぐらい大目に見てほしい。
 街がキラキラ彩られるクリスマスの午後六時。彼からの誘いを断ることができなかった私は、お昼過ぎからずっと彼と行動を共にしていた。お昼ご飯を食べて、少しぶらぶらして、観終わった後で妙に気不味くならずにすむような大ヒットアクション映画を観て、今に至る。非常に模範的なデートだ。
 外はすっかり暗くなっていて、イルミネーションが一際輝いて見える。すれ違うのは寒さを忘れさせてくれるようなアツアツのカップルばかりだけれど、たぶん私たちは例外だ。アツアツにはほど遠い。
 隣を歩いていたって、手を繋ぐことはおろか、肩がぶつかるほど近い距離にいることすら叶わない。もう少し近付いたら触れられるかもしれないけれど、その距離を自分から埋める勇気はなかった。

 気付かれてはならない。私の中で生まれてしまったこの感情に。気付かれたら、きっと、終わる。軽いノリで、お試しで、いつでも切って捨てられる女。それが彼と付き合うための条件。だから重たい女になってはならないのだ。
 自分だって同じような条件を突きつけておいて、今更「あなただけなの」「初めて本気になっちゃったかもしれない」なんて言えやしない。それでも、抑えなければ、隠さなければ、と自分に言い聞かせるほど、彼への気持ちが膨らんでいってしまう。
 学校でも顔を合わせるのに、家に帰ってからもずっと考えてしまうのだ。今何してるかなあ、趣味とか聞いたことないけど何が好きなんだろう、今日の宿題したかなあ、数学難しかったけど犬飼くんは解けたかなあ、夜ご飯何食べたんだろう、今度好きな食べ物とか嫌いな食べ物とか聞いてみようかな。
 こんなにも誰かについて考えたことはなかった。そもそも、知りたいと思うこともなかった。他人の趣味とか誕生日とか血液型とか好きな食べ物とか嫌いな食べ物とか、知ったって意味がない。だから知る必要はない。そう思っていた。
 しかし彼のことは、少しでも知りたいと思う。こんな自分自身が気持ち悪くて、でも、ちょっとだけうきうきしていて。今日だって、柄にもなく「どんな服なら可愛いって思ってもらえるかな」なんて考えながら、鏡の前で一人ファッションショーをした。馬鹿みたいだ。馬鹿みたいで、楽しい。

「何時までなら大丈夫?」
「うち明日の夜まで親いないから気にしなくていいよ」
「仕事?」
「お父さんは単身赴任中。お母さんは出張」
「クリスマスなのに?」
「関係ないよ。中学の頃から家族でクリスマスパーティーとかしたことないし」
「じゃあ毎年どうしてたの? 友達と集まったりとか?」
「ううん。一人」

 中学生になるまでは、家族三人で誕生日パーティーとかクリスマスパーティーとか、とりあえず大きなイベントではお祝いっぽいことをしていた記憶がある。しかし私が中学生になってからは、両親ともに仕事が忙しくなって「私のことは大丈夫だから仕事頑張って」と言うのが当たり前になった。
 こんな性格だから、友達とわいわい集まって何かをしようとは思わなかったし、まあ一人で好きな物を食べて好きなテレビを見て好きな時間にお風呂に入って、好きなように自分の時間を消費できるのは幸せなことだと思って過ごしてきたのだけれど。

「寂しくなかった?」

 改めて尋ねられると、返答に迷う。寂しいとか、考えたこともなかった。けれども私は、寂しくなかったと言い切れるほど強くもなくて。
 今更気付く。たぶん私は、ずっと寂しかったんだ、って。寂しくて、でも、誰かに寂しいって言う勇気がなくて、だから寂しさを埋めるみたいに色んな人と付き合っていたのかもしれない、って。
 友達は一応いる。けれど、なんとなく踏み込めない境界線みたいなものが常にあって、自分から一定の距離を置いていた。男でも女でもどちらでも良いから、特定の誰かを見つけることができたら良かったのかもしれない。踏み込む勇気があれば、今とは違う自分がいたのだろう。
 しかし私には勇気がなかった。誰かを求めたとして、踏み込んだとして、その対象人物に拒絶されてしまったら、もっと寂しくなるから。私は自分に「一人でも大丈夫」って言い聞かせながら、一人にならないように必死だった。彼はもしかしたら、そんな私の心の内を見透かしていたのかもしれない。

「寂しいって思ったことはなかったけど、今思えば寂しかったのかな」
「他人事みたいな言い方するね」
「他人事にしてたの。ずっと」
「寂しかったから?」
「たぶん?」
「じゃあそれ、今年で最後にしてあげる」

 言葉の意味を理解しきれなくて、なんとなく彼の顔色を窺う。すると、待ってましたとばかりに私を見つめていた彼と視線が交わった。自然と足が止まる。

「おれがいたら寂しくないでしょ」
「それってどういう、」
「なまえちゃん」
「うん?」
「ちゃんと付き合ってよ。おれと」
「ちゃんと?」
「浮気なしで。本気で、ってこと」

 まさか彼の口から「本気で」なんて単語が飛び出してくるとは夢にも思わなくて、理解しきるまでに時間がかかる。そして漸く理解が追い付いたところで、私は内心で激しく動揺し始めた。
 これは試されているのだろうか。もしここで素直に頷いたら、彼は「冗談に決まってるじゃん」と私を嘲笑い、重たい女は願い下げだと言って切り捨てるつもりなのかもしれない。だとしたら私は絶対に頷いてはいけないのだけれど、いつもと同じ笑顔を張り付けている彼の瞳が、どこか真剣な光を宿しているように見えてしまったから。

「犬飼くんが、私でいいなら」

 自分の欲望が抑えきれなくなって、つい、そう答えてしまった。ハッとして前言撤回しようと口を動かす前に、彼の驚きに満ちた表情が目に入り口籠る。

「ほんとに?」
「え」
「ほんとに本気でおれと付き合ってくれるの?」
「犬飼くんの方こそ、本気なの?」

 お互い今の状況を飲み込めていなくて戸惑い合っているのが滑稽だった。それで思わず口元が緩んで、彼もつられたように笑って。張り詰めていた空気が緩む。

「本気に見えないかもしれないけど、本気」
「それは、えーと……」
「すきってこと」

 もう少しで「う」と呻き声を漏らしてしまうところだったけれど、ギリギリのところで飲み込む。私が言えなかったこと、言ってはいけないと思っていたことを、彼はいとも簡単に、するりと音にした。「すき」という二文字に、私がどれだけ焦がれていたかも知らないで。上っ面の二文字じゃなくて本当の意味のその二文字を、どれだけ求めていたかも知らないで。
 それまで遠いと思っていた距離を難なく埋めて私の手をするりと握ってきた彼は「そんなわけで手繋いでもいい?」って、もう既に繋いでいるくせに尋ねてくる。これは私が振り払わないと確信しての言動に違いない。
 何が「そんなわけ」だ。彼の思い通りになんかなってやるもんか。……と意地を張ってクールな女を装い続けることができなかったのは、私も彼と同じ気持ちだからだ。すき。そう。私は彼のことが、好き。

「そういえばクラモトくん、だっけ? あれからどうなった? 告白断ったけど考え直すって言ってたじゃん」
「どうもなってないよ」
「ふーん?」
「会ってもない」
「もう一回訊くけど、キスはしてないんだよね?」
「してないってば。ていうか、キスぐらい気にしないんでしょ。犬飼くんは」
「そういうのいちいち気にする男はウザいかなと思ってああいう言い方しただけなんだけど」

 少し拗ねたように、照れたように「気にしてたよ」と吐き捨てた後で「かっこ悪」と呟いた彼が、今まで見たことがない等身大の高校生の犬飼くんなんだと思ったら、とんでもなく可愛く見えた。と同時に愛しさが込み上げてきて、もしこれが演技だったら一生人間不信になるぞ、と思いながら、自分も一歩を踏み出す決意を固める。
 これから先ずっと、なんて贅沢は言わない。ただ、彼が私のことをすきだと思ってくれている間だけは、私の隣にいてほしい。一緒にいてほしい。私も犬飼くんのことがすきだから。

「私、誰かを本気で好きになったの初めて」
「おれも」

 握られていただけの手の指が彼のそれと絡む。ちょっと見つめ合ったら、なんとなくそういう流れなんだろうなと察知した。けれど、今までは躊躇うことなくできていたことが、今はできない。初めてでもないくせに、急に気恥ずかしくなってしまったのだ。
 俯く。「ねぇ」と呼ぶ彼の甘い声。顔は上げられない。もう一度「ねぇ」と耳元で囁かれて、ちょっとくらくらして、うっかり顔を上げてしまったが最後。掠め取るように一瞬で唇を奪われた。

「ちゅーしていい?」
「もうしたよね?」
「嫌だった?」
「……足りないぐらいですけど?」

 少しぐらい彼に面食らってほしくて澄ました顔で言ってやったら、めちゃくちゃ良い笑顔を返されてぞくりとした。私たちの純情は、今、キラキラのイルミネーションに照らし出されてシンクロしている。