×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

05


 あからさまに避けすぎているかなとは思った。けれど、それぐらい露骨に距離を取ろうとしなければ彼を遠ざけることはできないと開き直って、努めて冷ややかな対応を取ることにしたのだ。しかし彼は私の努力を無碍にして、簡単に踏み越えてはいけない、踏み越えてほしくない一線を超えてくる。
 一応付き合っているのだから、気まずい、とは思っていない。ただ、どんな顔をして会えば良いかわからないとは思っていた。セックスをしたからではなく、自分の心に変化があったことを自覚してからというもの、頭の中が上手く整理できないのだ。
 だから距離を置きたかった。ずっと、ではなく、あくまでも、これからどんな対応をしていくべきか、それを自分の中で決めるための、頭の中をスッキリ整理し終えるまでの時間がほしかっただけ。
 しかし彼は、その僅かな思考時間すらも与えてくれるつもりはないらしかった。だから私を逃さぬよう、なかば強引に放課後の予定を取り付けたりしたのだと思う。彼はその柔和な笑みの裏側に、抜け目のない鋭さを持った人だから。

 さて、どうしたものか。私は授業そっちのけで彼のことばかり考えていた。お陰で次のテスト範囲を聞き逃してしまったけれど、まあどうにかなるだろう。
 そんなことより今は放課後の過ごし方について考えなければ……と思っていたのに、こういういっぱいいっぱいな時に限って予期せぬ事態というのは発生するもので、私は昼休みにクラモトくんという男の子に呼び出されてしまった。その雰囲気からして、ほぼ間違いなく告白のお呼び出しだと思う。
 彼との取り決め(というか私の一方的な提案)で、浮気はお互いOKということになっている。だから、もしクラモトくんに告白されて少しでも惹かれるものがあれば、その告白を受けても問題はない。もちろん、クラモトくんが彼と同じように、私の一方的な提案を受け入れてくれたら、という条件付きにはなるけれど。
 以前までの私だったら、たぶん、キープできるならしとこうかな、程度のノリで、前向きに告白を受ける方向で検討していたと思う。けれども今の私は以前までの私と明らかに違うから、そんな思考には辿り着かなかった。そもそも、クラモトくんのことを考えられるほど脳の容量が空いていない。だから、とてもじゃないけれど二股なんてかけていられる状態ではなかった。
 とはいえ、まだ告白と決まったわけじゃないし、とりあえずさっさと話を終わらせて昼ご飯を食べよう。私はクラモトくんの呼び出しに応じて中庭へ向かった。

「もうなんとなく察してると思うけど」

 中庭に着くなり本題を切り出したクラモトくんは、私をじっと見つめて淡々と言葉を紡ぐ。照れたり戸惑ったりする様子はない。

「俺、みょうじさんのことが好きなんだ」
「ありがとう。でも、」
「犬飼と付き合ってるのは知ってる。でもどうせ遊びなんだろ?」

 私はその残酷な確認事項を、否定も肯定もできなかった。遊び、なのかもしれない。少なくとも始まりは遊びだったと思う。しかし今はどうだろう。彼は遊びだとしても、私は?
 私が答えに悩んでいる間に、クラモトくんはもともとそれほどあいていなかった私との距離をぐっと詰めた。そして私の腕を引っ張ったかと思うと、顔を近付けてきたではないか。
 キスぐらい別に減るもんじゃないし、それほどこだわりがあるわけでもガードが固いわけでもない。けど、ちょっと待って。
 私はどうにかギリギリのところでクラモトくんの顔と自分の顔の間に手を割り込ませ、キスを回避することに成功した。それなりに整った顔立ちをしているクラモトくんの表情は歪んでいる。というより、がっかりしているように見えた。

「みょうじさんは来るもの拒まずって聞いてたんだけど」
「そうだとしても、こっちの返事を聞かずにキスはないよ」
「じゃあ返事聞いたらしていいの?」
「……クラモトくん、私のことが好きなわけじゃないでしょ」
「好きだよ。普通に。キスしたいなって思うぐらいには」

 そうですか。それはどうもありがとう。でもそれは好きとは違うと思うよ、クラモトくん。私も好きとかそういうの、ちゃんとわかってるわけじゃないけど、恋心をもった「好き」とそうじゃない「好き」の違いぐらいわかるんだから。
 今までの自分の言動を顧みれば自業自得だ。これまでにも、とりあえずヤらせて、みたいな人はいたし、それを拒まず受け入れていたのは他でもない私である。クラモトくんの認識は何も間違っていない。
 けれども何度も言うように、今の私は以前までの私とは違うから、クラモトくんを受け入れることができないのだ。心が、身体が、彼以外を拒絶する。外国では挨拶代わりのキスでさえも。

「ごめん」
「そんなに犬飼上手いの?」
「は?」
「ソッチ系のこと。だから他の奴とすんの嫌とか?」

 下品なことを言われたからではなく、私が彼を特別視しているのがそんな理由だと思われていることに腹が立った。しかしそれもまた、自分が蒔いた種。私はきっと、クラモトくん以外の男子にも、クラモトくんと同じような認識をされているに違いない。
 貞操観念が低い、軽い女。だからキスなんて簡単にさせてもらえる。セックスだって拒まれない。二股しても良いから楽だし、飽きたら別れればいい。そういう、都合の良い女だと思われているのだろう。
 間違いじゃない。むしろ大正解だ。でも、もし彼もクラモトくんたちと同じ認識をしているのだとしたら。私はいつか、飽きたら別れを切り出されてしまう。その「いつか」がいつ訪れるかはわからないけれど、もしかしたらそれが今日の放課後かもしれないと思ったら、急に胸が苦しくなった。

「そういうわけじゃないよ」
「じゃあ犬飼に本気になっちゃったとか?」
「……話終わったなら戻っていいかな」
「犬飼に飽きたら俺に声かけてよ。わりと本気だから、みょうじさんのこと」

 喜ぶべきか悲しむべきか。クラモトくんは教室へ戻る私の背中に向かって、優しいんだか最低なんだかよくわからないセリフを投げつけてきた。私がクラモトくんに声をかける日は永遠にこないと思うけれど、クラモトくんだって私のことを健気に待ち続けるわけではないだろうから、今のセリフは忘れることにしよう。
 教室に戻る。昼ご飯を食べる気力はない。机に突っ伏して昼休みを終え、午後の授業が始まった。もはや彼のことを考えるのも放棄している私は、放課後の委員会中も上の空。だから委員会が終わったことにすら気付かなくて、教室を出るのが一番最後になってしまった。

 のろのろと教室に戻ると、彼は約束通り私を待っていて「お疲れ様」と声をかけてきた。「本当にお疲れだよ。主にあなたのせいで」と言ってやりたいのは山々だったけれど、そんなことを言ったら発言の真意を問われて口籠るのが目に見えているので、全ての言葉を飲み込む。
 荷物をまとめ、さあ帰りましょう、という時になって彼が私の方にやって来た。教室の出入り口には彼の席の方が近いのに、わざわざこの短距離で迎えに来てくれたのだろうか。お優しいことである。

「今日の昼の告白、どうだった?」
「え?」
「OKしたんだよね?」
「してない」
「うそでしょ」
「うそじゃないし。私が二股しないのがそんなにおかしい?」

 告白されたのをどうして知っているのかと疑問に思ったけれど、それよりも、仮にも自分の彼女が他の男から告白されたというのに涼しい顔をしている彼に胸が痛んだ。しかも、二股するのは当然だと思っていた、みたいなことまで言ってきて、非常に不愉快だ。
 やっぱり彼もクラモトくんと同じなのか、と。勝手に傷付いて勝手に落胆し、勝手に八つ当たりする。私はダメな女だ。それまで通り、軽くて都合のいい女を演じ切ることもできない。

「キスしてたらしいからてっきりOKしたのかと思って」
「え、ちが、してない!」
「おれは別に気にしないよ、キスぐらい」

 しゅうん、と。心臓が萎む音が聞こえたような気がした。このまま萎み続けてぺしゃんこに潰れてしまうんじゃないかと思うぐらい、胸が苦しい。痛い。
 そうか、そうだよね。キスぐらい、気にしないよね。私が世間一般と同じ考え方にシフトしていっていることが、きっと、おかしいんだ。戻らないと。私の「普通」に。そうしないと、彼とは一緒にいられなくなってしまうから。

「キスは本当にしてない。けど、わりと本気って言われたから、もう一回考えてみようかなと思ってる」
「……へぇ」

 思ってもないことを言って自分を誤魔化す。彼はさほど興味がないのか、抑揚のない声で相槌を打っただけで「帰ろっか」と歩き始めた。
 彼の背中を追いかけながら考える。この恋人ごっこに何の意味があるのだろうか。最初は、ただちょっと遊び相手になってくれたらいいな、ぐらいだったのに、いつからこんなに窮屈な関係になってしまったのだろう。
 じゃあ別れればいい。彼から離れたら元に戻れる。解決策はわかっているのに、行動には移せない。なぜなら私は、彼と何もなかった頃に戻りたくないと思っているから。どんなに歪んだ関係でも、何もないよりはマシだから。
 嫌だなあ。こんなに醜い女になるなんて。こんなに人を好きになるなんて。しかもよりによってその相手が、私と似て非なる彼だなんて。
 門を出たあたりで、彼が「繋ぐ?」と手を差し伸べてきた。一瞬迷って「繋がない」と返事をした私は、今まで通りの淡白な女を装えているだろうか。可愛くない女だと思われてもいい。彼が興味をもってくれる女でい続けられるなら、何でもいい。