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04


 最初は予想通りだなあと思ったし、最後の締め括りも彼女らしいなあと納得した。しかし途中の過程は、おれが思い描いていたような展開ではなかった。

 セックス中、女の子は良くも悪くも変貌する。普段どれだけ猫をかぶって生活していようとも、本能が剥き出しになったら関係ない。可愛いあの子も、綺麗なあの子も、慎ましやかで大人しそうなあの子も、艶かしく腰を振って求めてくる。
 それに幻滅する、とまでは言わない。ねだられるのもよがられるのも嫌いじゃないし、恥じらいを装ってもじもじする姿を見ても、頑張っておれに好かれようとしているんだなあと感心するぐらいだ。ただ、そういうのは全部、おれの好みドストライクとは言い難かった。
 今までに付き合ってきた子の中に、彼女と同じようなタイプもいたと思う。ちょっと冷めてるみたいな、淡白な態度を取る女の子。セックス中に声を押し殺して、おれに縋り付いてこない、おねだりの仕方も知らない、そんな女の子。
 そういう女の子が好みのタイプだという自覚はない。というか、どちらかというと好みのタイプじゃないと思う。女の子は可愛げがある方がいいと常々思っているし、それはセックス中だって例外ではないから。
 しかしどうしたことだろう。おれは彼女とのセックス中に随分ときめいて余裕を奪われてしまったし、興奮してしまった。しかも、セックスの後に名残惜しくなって引き止めるようなことまでしてしまったのだ。これはおれの人生において歴史的快挙である。
 女の子の方からベタベタされるのはよくあることだった。「もう少し一緒にいようよ」「もう一回キスして?」と、わざとらしすぎる猫撫で声で甘えてこられるのは、嫌いじゃないけど好きでもない。ただ、相手をするのが面倒だなあと思うことは多かった。

 セックス中はおれを欲しがっていやらしい手付きで誘惑してきたくせに、終わった途端に温度が下がる。メリハリがあるのは良いことだと思うし、それこそがおれが理想としていた関係だった。それなのに、おれはたぶん、驚くべきことに、彼女の淡白すぎる言動に傷付いている。
 おれの方から引き止めるなんて滅多にないことなのに、というか、初めてのことだったのに、あっさり振り払われた。それによって、プライドもメンタルもなかなかの痛手を負っている。恋愛なんて遊びの延長だって思っていたのに、遊びなら傷付くことなんてないはずなのに、なぜおれはこんなにも彼女に振り回されているのだろう。
 ちょっと考えればわかることだった。おれは馬鹿じゃない。同年代の間では、どちらかというと賢い方じゃないかと思っている。だから、今までと今回の違いは何なのか、その答えに辿り着くまでにそう時間はかからなかった。まあこれは、どれだけ勉強ができても賢くても、わからないヤツにはわからないことだと思うが。

「なまえちゃん、やっほー」

 彼女と初めて身体の関係をもった日の翌週月曜日。俺はいつも通り彼女に声をかける。彼女はそれに少しぎょっとしていたが、すぐに「おはよう」と返事をしてくれた。

「今日のお昼一緒にどう?」
「他の人と食べる約束してるから、ごめん」
「そっか。残念。じゃあ放課後は?」
「委員会」
「明日は防衛任務だからなあ……明後日の放課後ならデートできそう?」
「わかんない」

 もともと愛想がある子だとは思っていなかったが、それにしたって今日はどうもよそよそしかった。おれからの今日の誘いをことごとく断ったのは、突然のことだったから仕方がないとしても、水曜日の放課後のお誘いに「わかんない」という返答はいかがなものか。会話の冷たさもそうだが、先ほどからずっと黒板の方を見つめていておれと視線を合わせようとしないのも気になる。
 先週まではこれほどよそよそしい態度じゃなかったと思う。となれば、こうなったキッカケは十中八九、先週金曜日の出来事だろう。
 もしかしてあの日のセックスで身体の相性が悪くて、もうおれとの関係を終わらせたいと思ってるから冷たくあたってるとか? それなら一思いに別れ話を切り出してくれた方がスッキリしそうだが、彼女は浮気ありでのお付き合いを推奨しているわけだから、とりあえずキープで、というスタンスなのかもしれない。
 ……もしそうだとしたらすごい嫌なんだけど。腹の奥でむくむくと膨れ上がっていくドス黒い感情。自分の中にこんな色の感情があったんだ、と驚いてしまうぐらい汚い色のそれは、俗に言う、独占欲とか嫉妬とか、そういう類の、今までのおれには無縁だった「何か」だ。

「委員会終わるの待っとく」
「え。いや、いいよ、どれぐらいかかるかわかんないし」
「今日は特に予定ないから大丈夫」
「でも待ってる時間が勿体ないし」
「そんなにおれと帰るの嫌?」

 遠回しにおれと距離を置こうとしている彼女に、直接的な質問をぶつける。相変わらずこちらを見ようとしない彼女は、顔を少し俯かせて、黒板に向けていた視線を机の隅っこに移し、答えを模索している様子だ。
 彼女はこの手の質問に悩むタイプじゃなさそうだと思っていたが、意外にもこちらの反応を気にしているらしい。案外優柔不断なのだろうか。そういえば初めての放課後デートでも注文する飲み物を決めきれていなかったなあと、ぼんやり思い出す。

「嫌ではないけど」
「けど?」
「……嫌ではない、よ」
「じゃあ決まり。また放課後」
「ちょっと、犬飼くん!」

 ほぼ無理矢理約束を取り付け、まだ何か言いたそうな彼女にひらひら手を振って、おれはその場を離れた。断られる前に立ち去るのが逃げだと言われたら、確かにその通りだ。しかしおれは、逃げてでも彼女との時間を確保したかったのだから仕方がない。
 一緒に帰るのは、嫌ではない。けど、嬉しくもないし望んでいない。そういうニュアンスを感じ取って、また地味に傷を深めた。おれ、恋愛で傷付くほどヤワじゃないと思ってたんだけどなあ。
 予鈴が鳴る。あと何回このチャイムの音を聞いたら放課後になるんだろうか。席に戻って考えるのは、放課後のことばかりだった。

◇ ◇ ◇


 そうして漸く迎えた放課後。彼女が委員会から帰ってくるまで適当に時間を潰そうとスマホを取り出す。三十分もすれば終わるはずだから、ボーダーからの連絡事項がないかチェックしてアプリゲームでもしていればすぐだろう。
 ボーダーからの連絡事項は特になし。じゃあ久し振りにアプリでも起動させようか、と思ったところで、ガラリと教室のドアが開く音が聞こえた。
 委員会が終わるには早すぎるし、一体誰だろう。スマホの画面から音が聞こえた入口の方へ顔を向けると、そこには一人の女の子が立っていた。同じクラスのミヤノさんだ。

「犬飼くん、みょうじさんを待ってるんでしょう?」
「うん。ミヤノさんは? 忘れ物?」
「……犬飼くんはどうしてみょうじさんと付き合ってるの?」
 
 まさか突然クラスメイトからそんな質問をされるとは思っていなかったから、おれは何秒か口籠った。
 ミヤノさんとはそんなに話したことがないし、彼女とも仲が良さそうな感じではない。それならば、どうしてこんな藪から棒に俺と彼女の関係について言及してくるのか。わかるようなわからないようなこの後の展開に、少しばかり頭痛がしてきた。

「好きだからだけど」
「本当に好きなの? みょうじさんのこと」
「うん。それがどうかした?」
「みょうじさん、浮気してるよ」

 どくん。心臓が必要以上に大きく跳ねたような気がした。お互い浮気をしても良い。そういう条件で付き合い始めたのだから何も驚くことはないのに、鼓動がどんどん速くなる。

「浮気現場でも見たの?」
「昼休みに隣のクラスのクラモトくんと二人で中庭にいるところを見たの」
「それだけ?」
「キス、してた」
「……へぇ」

 おれはいつも通りを貫き通せているだろうか。声は? 表情は? ミヤノさんから何もつっこまれないから大丈夫だろうとは思うが、おれは溢れ出してくる例の嫌な感情を、これ以上押し込められそうになかった。

「報告ありがとう。後でなまえちゃんに訊いてみようかな」
「私なら、浮気なんて絶対にしないのに」

 その一言でこれからの流れを察した。なんだ、そういうことか。わざわざおれに告げ口して、彼女の評価を落とそうとした理由。それはミヤノさんが俺のことを、

「私は犬飼くんのことが好き。だからみょうじさんのことが許せないの」
「……なるほど」

 私は一途。浮気はしない。だからみょうじさんじゃなくて私を選んで。そういう主旨のことをつらつら言われたような気がするが、あまり記憶に残っていない。
 ただ一つ、さっきの中庭でのエピソードは本当なのかと確認したら本当だと肯定されたことだけは覚えている。できればミヤノさんが自分を選んでもらうために作り上げた嘘のエピソードだったら嬉しかったのだが、現実はそう甘くなかった。やっぱりおれはキープ要員になってしまったらしい。
 じゃあ別れてミヤノさんに乗り換える? それも選択肢としてはありだ。彼女はおれが別れを切り出しても傷付かないどころか「わかった」とあっさり引き下がるだろうし。……ああ、だめだ。その展開を少し考えただけでまた嫌な感情が渦を巻き始めてしまった。

「どっちか一人を選ぶのは無理かな。二股ならオッケーだけど」
「それは、私のことも好きってこと?」
「まあ……女の子は基本的に好きだから」
「いつか私だけを選んでくれる可能性ある?」
「それはわかんないな」
「……犬飼くんの“好き”が私にはわからないよ」
「じゃあ付き合うべきじゃないんじゃない?」

 本当のことを言ったら、ミヤノさんは今にも泣き出しそうな顔で教室を飛び出して行った。きっと今頃、トイレとか空き教室とか、人目につかないところで泣いているのだろう。悪いことをしたとは思う。しかし、幻滅されても軽蔑されても、これがおれなのだ。受け入れられないなら諦めてもらうしかない。
 さて、それでは気持ちを切り替えて次の問題に取り掛かろう。彼女が浮気をしていた。その事実を知った上で、おれはこれから彼女にどう接したら良いか。悩める時間は、もう残り僅かだ。