ライジェルがセドリックの課題に向けての手伝いをするようになってから二週間が経ち、第一の課題の準備も着々と、地道にではあるができてきていた。この一週間の間に、セドリックは新しく十五の呪文を自在に使いこなせるようになり、その練習相手になるためにもライジェルも代表選手ではないが同じ魔法を使えるようになっていた。たった一週間ではあれど、ライジェルが二年生の時の闇の魔術に対する防衛術を教えていたロックハートの授業一年分の何倍も有意義だろう。

「ねえライジェル、この本って何が書いてあるの?」
「開くな!」

 途中、セドリックがレギュラスとルシウスから届いた本をうっかり開きそうになり、慌ててライジェルが止めるのもよくある光景となっていた。二人からの本の内容はえげつないものばかりで、セドリックに読ませても大丈夫そうなものはごく少数しかない。ライジェルは早く二人に本を送り返してしまいたかったのだが、いつその本が必要になるかわからない。対抗試合の課題はまだ一つも始まっていないのだから。
 そして、この一週間でライジェルはホグワーツの生徒──主にハッフルパフ生──からじっと見られたり、こそこそと話をされたりすることが多いな、と感じた。理由など、セドリックの試合の手伝いのこと以外に考えられない。むしろ、噂されるようにけしかけたのは他でもないライジェル自身だ。これくらいのこと、予想の範疇である。ただ、ライジェルの予想と外れたのは、ライジェルに対する嫌な話があまり聞こえてこなかったことだ。セドリックは何しろ顔がいい。性格もよく、その上頭も回ることはこの二週間でライジェルもよくわかっている。もちろんセドリックは同性からも異性からも人気が凄まじい。だからこそ、他の三寮に敬遠されがちのスリザリンの生徒のライジェルが手伝っていると知れることで悪口の十や二十は普通にあるだろうと考えていたのだ。当然ライジェルだって、悪口を言われても普通に過ごしていられるわけではない。だが周りがライジェルを避けないでいるだけ、昨年度よりましというものだ。

「多分、ディゴリーに惚れてる女の子達はライジェルをあまりライバルとして考えてないんじゃないかと思うのよ」

 そのことを何故なのか昼食の時にパンジーに聞いてみると、思い当たることがあるのか、すぐに答えが帰ってきた。

「ライバル? 何のだ?」
「ほら、その態度よ。考えてみなさい、自分の好きな男に女の子がくっついていたら嫌な気分になるでしょ? でもライジェルはディゴリーに媚びたり、必要以上に一緒にいたりしないじゃない。それに、その……ライジェルってあんまり女の子っぽい感じがしないでしょ? いつもさばさばしてるし、ディゴリーへの下心が感じられないのよ」

 下心も何も、ライジェルはセドリックには特別な好意は持っていないのだから当然だ。ライジェルは、そうだな、とパンジーに返事をする。

「私が女らしくないことくらい自覚はしているし、女らしくある必要もあまり感じないな。それにディゴリーには、ただ借りを返しているだけだ。見ず知らずの奴に勝手に恋敵と思われるのは嫌だな」

 ちらりとライジェルが周りを見やると、またしてもライジェルに向いている視線はあれど、あからさまに睨みつけてくるような生徒は見当たらない。ただ、ハッフルパフのテーブルに座っていたセドリックの友人の一人と偶然目が合った際に、何故かくすりとその友人に笑われたような気がした。それが嘲笑ではなく苦笑に近いものだったことが、疑問なのだが。

「そうだ、ポッターとウィーズリーが仲違いしたって知ってる?」

 急に変わった話題の内容に、ライジェルは昼食を口に運ぶ手を止めて、それを言ったパンジーをまじまじと凝視した。

「あいつらが? ポッターとウィーズリーが一緒にいないなんて、マルフォイとウィーズリーが仲良くするくらい有り得ないだろう」
「それが、本当らしいわよ。あ、ほら、見てみなさいよ」

 パンジーが指差した方向にあるグリフィンドールのテーブルには、確かにハリーがハーマイオニーと昼食を食べている姿が見える。そこには、ロンの姿は見当たらない。

「何故だ?」
「なんでも、代表選手に選ばれたポッターにウィーズリーが嫉妬したんですって。まあ、ウィーズリーなんて今までもポッターの子分みたいなものだったのにね。今さら嫉妬とか、ないわよ」

 ウィーズリーが個人で目立ったことなんてなかったもの、とくすくす笑うパンジーにライジェルは、そうだな、と返したものの、ロンを笑う気にはならなかった。もしかしたら、今までの三年間もロンは色々と我慢していたのかもしれない。それが、四年目になって爆発してしまったのかもしれない。
 昼食を終えた後、パンジーと分かれて温室に歩いていたライジェルは、自身のライジェルを呼ぶ声に足を止めた。

「ライジェル!」

 ライジェルが振り返ると、そこにはこちらに駆けてくるハーマイオニーの姿があった。この前にハリーとドラコが衝突した際にドラコの放った歯の呪いがハーマイオニーに直撃してしまったのだが、それももう治してもらったのだろうか。気のせいうか、今までも標準よりも少し大きかった前歯が普通のサイズになっているようにも思える。

「休暇前ぶりね」
「ああ。……そっちも、なかなか大変らしいな」

 ハリーが四人目の代表選手に選ばれたこととハリーとロンが喧嘩していることを言葉に含めれば、もう本当に大変よ、とため息混じりの返答が返ってきた。

「全く、ハリーもロンも変な意地なんて張らないで二人とも謝ればいいのに」
「男なんてそんなものだ。放っておけばどうにかなるさ。それより、何か用でもあるのか? まさか世間話をするために呼び止めたわけではないんだろう」

 ライジェルの問い掛けに、ハーマイオニーは当初の目的を思い出したのか、そうよ、と肩にかけていたバッグの中を漁りだす。

「これ、シリウスからよ。あなたに直接渡すのは、他のシリウスのことを知らない人に見られちゃうかも知れなかったから。誰もいないところで読んでね」

 こそこそとハーマイオニーから渡された封筒は軽かったが、とりあえずシリウスが無事であることが確認できてライジェルはほっとした。

「私からはこれだけ。……セドリック・ディゴリーの手伝いをしてるのよね? 私も同じような感じよ。お互い頑張りましょうね」
「ああそっちは、問題児二人の面倒を見ている分余計に大変だろうな。頑張れよ」

 ハーマイオニーと分かれて温室についたライジェルは、その場にセドリックやスプラウト教授がいないのを確認して、封筒を開いた。シリウスからは、今外国にいることとこれから外国から帰るということ、何かあれば目立たないふくろうで手紙を寄越すようにとのことが簡潔に書いてあった。こちらからも何か返事をする方がいいだろうかと思ったライジェルだったが、すぐにその考えを打ち消す。ふくろう便を辿られてシリウスが捕まえられるリスクはなるべく避けるべきだ。ライジェルがそれを読んで少ししてから、温室にやってきたセドリックに隠すように、ライジェルはレギュラスからの本にその手紙を挟んだ。


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