「ライジェル、ドラゴンの倒し方ってわかる?」
「…………はあ?」

 ライジェルは、セドリックからの前触れもない質問に抜けた声を発した。
 第一の課題を前日に控えた月曜日の朝、一時限目の薬草学の教室も兼ねている温室へと向かっていたライジェルに、ライジェルを探していたらしいセドリックがライジェルを見つけるなり近づいてきてそっと囁いたのだ。ドラゴンの倒し方を知っているか、と。ドラゴンなんて見たこともないライジェルに、倒し方などわかるわけもない。

「おい、ドラゴンって何の──」

何のことかとセドリックに尋ねようとしたライジェルだったが、それはセドリックの慌てた声に掻き消される。

「ああ、僕これから魔法生物飼育学の授業なんだ。昼休みに温室で話すよ。じゃあね」
「あっ、ちょっと…………」

 慌ただしく走って行ってしまったセドリックに置いていかれたライジェルは、ぽつりと呟いた。

「ドラゴン……?」

 時計を見ると、まだ授業開始までには少し時間がある。そういえば、ルシウスから送られてきた本の中に、ドラゴンについての記述があったような気がしなくもない。授業前に本だけでも、とライジェルは借りた本を置いている一番奥の温室へと行き先を変更した。温室の鍵を開けて、素早くぱらぱらとルシウスからの本をめくる。確か、ドラゴンのことが書いてあったページにはドラゴンの絵が描いてあったはず。それを便りに探していると、三冊目でようやく目当ての本を探し出すことができた。その本を抱えて授業のある温室に滑り込んですぐ、授業開始のベルがなった。間に合った。

「ライジェル、私達より早く此処に向かったわよね? 何してたの?」
「ちょっと、野暮用だ」

 スプラウト教授が出席確認をしている間に隣にいるパンジーがこそこそと聞いてきたが、あまり深入りはしないようで、何でもないことだとライジェルが言えば、ふうん、とすぐに会話が終わった。
 一時限目と二時限目の間の休み時間に、ライジェルは温室から持ってきた本を他の人に見られないような場所に移動してから開いた。ドラゴンの欄だけでなくとも、どうせレギュラスとルシウスの屋敷に所蔵してある本はろくなものが少ない。ドラコはともかく、パンジー達には目次ページすら見せられない。ドラゴンの記述のあるページに目を通したライジェルは、やっぱりこうだろうと思った、と大きくため息をついた。 「ハンガリー・ホーンテール種の皮膚を貫くにはニ千度程度まで熱したタングステンの槍で────」「アクロマンチュラの毒はドラゴン全般をじわじわといたぶり────」「一ニ六一年にキメラとチャイニーズ・ファイアーボール種を戦わせた結果はファイアーボール種がキメラに喉を食いちぎられ────」「ノルウェー・リッジバック種の心臓は鋼ほどに固い骨に守られ────」 こんなもの、どうやって役立てればいいんだ。セドリックがどういった意図でライジェルに尋ねたのかはわからないが、今回は彼の役には立てなさそうだ。ライジェルの耳に入ってきた二時限目の予鈴に、ライジェルは本を閉じてまた温室へと戻っていった。
 二時限目が終わり、大広間に来たライジェルは席には座らず、テーブルの上に出ていたサンドイッチを四つほど側にあった紙に包んだ。

「ブラック? 食べないのか?」
「ちょっと、野暮用だ」

 既に席に座って昼食を食べていたドラコに先ほどパンジーに言ったのと同じことを言って、ライジェルは包んだサンドイッチを持って温室へと足を運んだ。

「あ、ライジェル」
「朝のあれは何なんだ。いきなりドラゴンの倒し方なんて言われてもわかるわけないだろう」

 ごめんごめん、と苦笑しながら謝ったセドリックは、すぐに真面目な顔になった。

「ポッター曰く、第一の課題はドラゴンらしい。でも僕も朝聞いたばかりなんだ」
「ポッターが?」

 何でポッターが第一の課題の内容を知っているんだ。どうせまた変なことに頭を突っ込んだ拍子に知ったんだろう、とライジェルはこの場にいないハリーに呆れる。

「多分クラムもデラクールもそれは知ってるって。ポッターもクラムもデラクールも知ってる中で僕だけが知らないのはアンフェアだろうってポッターが教えてくれたんだ。その情報が本物かどうかはわからないけど」

 セドリックの話に、ライジェルはまた呆れる。確かにセドリックだけが内容を知らないのは不利だが、本来は内容を知らないまま課題に立ち向かうものじゃないのだろうか。

「……試合の直前に嘘を言ってもポッターに利益はない。ここは、それを信じてみてもいいかもしれないな。第一の課題の最終確認をするのに、明確な目標を持っておくのも悪くない」

 確か、今までの課題にも一度ドラゴンは出ている。いくつか対ドラゴンのやり方を出して、その中から最善の策を本番に使えばいいだろう。

「僕、午後は呪文学の授業なんだけど、今日フリットウィック教授は風邪で休みみたいなんだ。多分自習になるはずだから、三時限目と四時限目の時にドラゴンのことは図書館で調べてみるよ」
「わかった」

 少しだけドラゴンについての本を読んでいたライジェルだったが、さすがにそれは言えなかった。ドラゴンの鱗と皮は高温に熱した槍を突き刺せば貫通するぞ、なんてセドリックに言えるわけがない。どうしたらドラゴンを倒せるのか。第一の課題は大勢の生徒が見ている前で行われるのだから、ドラゴンを殺すとまでは指定されないはずだ。ならば課題の内容としては、ドラゴンを出し抜いて何かをする、というところが妥当だろう。だが、ドラゴンを出し抜くなんて何をすればいいか、全く思いつかない。ドラゴンの鱗と皮膚は硬いとライジェルは聞いたことがある。きっと、失神呪文やその辺りの呪文は効かない。ならばどうすればいい。ライジェルの頭に一番に思いついたのは、インカーセラスの呪文でドラゴンの四肢を縛り上げて動きを止めるというもの。だが、ドラゴンは力が強い。数十人の大人でもドラゴン一頭を押さえ付けることができるかどうかわからない。次に出てきた策は、ドラゴンに錯乱の呪文をかけること。だが、今から一日で難しい錯乱の呪文を習得するのはいくら頭のいいセドリックだとしても不可能だ。ならば、目でも潰してみるか。いや、先ほどの本に、ドラゴンの種類によっては、眼球に猛毒が含まれているものもあるらしいと書いてあった気がする。これも駄目だ、セドリックが危険すぎる。

「どうしたものか…………」

 午後の三時限目と四時限目の時間、ライジェルは授業など上の空で必死に頭の中でドラゴンと格闘していた。


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