「何だ、これ」

 次の日の朝、起き出して談話室へと出てきたライジェルの視界に、談話室のテーブルやら椅子やらに散らばっているものが一番に飛び込んできた。

「ああ、ブラックか。聞いたよ、対抗試合のことで助けてくれ、って土下座して懇願してきたディゴリーにしょうがなく手を貸してやっているんだろう?」
「年下の、それも女子に助けを請うなんて、さすがハッフルパフの優等生様は違うよな!」

 ライジェルに気づいた同期と先輩の話に、ライジェルは苦笑をこぼす。何処でどう話がねじ曲がったのだろうか。土下座も懇願もなかったはずなのに。だが、セドリックとの間の関係で変な噂を立てられるよりは断然にいい。

「聞いただろう、ディゴリーには去年の借りがあるんだ。面倒だが、このままではどうにも気持ちが悪い」
「ああ、あんな奴の借りなんてさっさと返してしまうのが一番だ。ま、あれがポッターじゃないだけよかったな」

 ほら、とライジェルと同期の男子生徒がそばにあったバッチのようなものの一つをライジェルに放り渡した。

「ギルベルド、これは?」
「見ての通りだよ。どうせポッターの出場は正当なものじゃあないんだ。だから、ディゴリーの応援に乗ってポッターを批判してやろうって魂胆だろうよ」

 僕は製作には関わっていないし、誰が作ったのかもわからないけどね、と笑う同期は、それなりに面白がっているようだ。ライジェルは同期から手の中のバッチに視線を落とす。バッチには、 「セドリック・ディゴリーを応援しよう────ホグワーツの真のチャンピオンを!」 の文字が赤く光り輝いている。

「これだけじゃないんだよ」

 ライジェルの持つバッチを覗き込んだ彼がバッチを押すと、 「汚いぞ、ポッター」 という緑の文字がライジェルの目に映る。こんなことに時間を無駄にしたのか、という呆れ、そしてなかなかの技術力と発想力の高さへの面白さから、ライジェルはハリーへの罪悪感などなしにくすくすと笑みをこぼした。

「これを作った奴はなかなかセンスがあるらしいな。だが相当悪趣味な奴だ」
「まあ、そう言うなって。どうせグリフィンドールのポッター信者ども以外は普通にディゴリーを応援するだろうよ。なんせ、ホグワーツの真の代表選手様々なんだからな」

 ハッフルパフとレイブンクローの奴らにもたくさんばら撒いてやる、と笑うワリントンは、代表選手に選ばれなかった鬱憤を全てグリフィンドールにぶつける気満々だ。昨年度シリウスの件で幾分かはハリー達と話したライジェルだったが、今回の件でハリーの肩を持つ理由にはならない。むしろ、そんなことをすればライジェル自身がスリザリン生達からどう思われてしまうか。

「…………まあ、ただのバッチ程度なら見付かっても処罰もないだろうな」

 嬉々としてローブの胸の部分にセドリック応援バッチをつける他の生徒達を見て、ライジェルもバッチをつけはしないがそれをローブのポケットに突っ込んだ。





「で、つけたの? それ」

 約束の土曜日、ライジェルがずっとポケットに入れたままだったバッチを見たセドリックは苦笑しながらライジェルに尋ねた。

「つけるわけないだろう。こんなものつけたら馬鹿を丸出しにしたも同じだ」

 こんな恥ずかしいもの誰がつけるか、とライジェルはバッチを地面に放る。

「僕の周りはみんなこれつけてるよ。初めてじゃない? ハッフルパフとスリザリンがこんなに意気投合してるの」
「意気投合じゃないだろう。お前に肖ってグリフィンドール、というかポッターを批判したいだけだ」

 もちろんセドリックの胸に例のバッチはついていない。周りがつけていては当人は相当恥ずかしいものだろう。

「まあ、それはおいといてさ。そっちはどれくらいわかった?」

 対抗試合についてのこと、と続けたセドリックに、ライジェルは持ってきたバッグから羊皮紙を何枚か取り出した。

「ああ」

 この一週間、ライジェルは寝る間も惜しんで調べ上げたのだ。そこらのレポートよりも出来はいい。

「ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの三校での対抗試合は約七百年前に始まって、それから試合が続行不可になった百五十年前までの試合を全て調べた。やはり百四十回弱繰り返したからか、何回かは試合内容を使いまわした時もあったみたいだな」

 一度だけしか行われていない内容の試合もあれば、何度も実施されたものもあった。難易度も、とても難しい時から簡単な時も様々だ。

「パターンも色々ある。だが、主催の委員会でも取り決めというか、傾向を固めているらしい」

 ライジェルは羊皮紙のメモをめくった。

「どの年の試合も、大きな課題は三つ。これは対抗試合の最初に説明があったように今年も同じようだな。例外は初回の試合だけで、その時の課題は四つだったな。それでここからが重要なんだが、」

 強いセドリックからの視線を感じながら、ライジェルは続けて口を開く。

「今までの試合で、必ず一度は魔法生物もしくは魔法植物を扱うものがあった。大半の試合は第一の課題に生物系が出ていたから、今回もそれを重視すべきだ」

 ライジェルは、火蜥蜴に水魔、悪魔の罠に肉食植物、中には狂暴なコカトリスやアクロマンチュラと戦えなどという課題も一度文献の中で見かけた。もちろんコカトリスもアクロマンチュラも倒せた者はいなくて、その年は不幸にもボーバトンとホグワーツの代表選手のみならず学校長が亡くなったらしい。

「他の課題についてだが、主催校の地の利を活かしたものが多数ある。ホグワーツは主に湖と禁じられた森の一部、ボーバトンは学校の敷地内に流れる川の一部と針葉樹の林、ダームストラングは学校の近くの極寒の海がほとんどだな。教室などの校内を課題の場所にしている時もあったがそれは本当に稀で、全て数えても十回にも満たない。ほぼ出ないと思っていいだろう」

 次に安全面についてだが、と話したライジェルは、ふっと口を閉ざした。ライジェルはここ一週間で見慣れたからか耐性がついたが、セドリックはどうだろうか。穏健な性格だと有名なハッフルパフ生のセドリックには、少し酷な話かもしれない。

「続けて。僕は、大丈夫だから」

 安心させるようなセドリックの声に、ライジェルはおずおずと唇を動かした。

「…………あまり、よくない。代表選手がひどい怪我を負うのはもちろん、ダンブルドア校長も話した通り、死亡者の数も酷いものだ。四回に一度は死亡者の出る試合があったくらいにはな。その手の職の大人さえもろくに手に終えない魔法動物を未成年者に扱わせるのが間違いだったんだ」

 死亡者の統計も一応出したんだが、見るか、とのライジェルの問いには、セドリックは同様に瞳を揺らがせながらもゆっくりと首を横に振った。

「だが、だからこそ、今年は協議を重ねに重ねたとみた。しばらくぶりの試合なんだ、最初から命に関わるような試合をするとは思えない」

 とは言ったものの、これはライジェルの願望だ。危ない試合内容でなければいいのだが。

「そうだね。ここまで調べてくれてありがとう。その情報だけでもやることはかなり絞り込めるよ。まずは魔法生物と魔法植物について、か」
「今までに課題に出されたもののリストも作っておいた。今まで出されたものの中では、巨大炎サソリと三頭獅子がメジャーだな。今までに五回ほど出ているからそれを調べて損はない。逆に、コカトリス、マンティコア、アクロマンチュラなどは扱う内容としてほぼないと思っていいだろうな。試合外で制御できる者がいない。学校に放たれたなどという事態になれば、被害は数百人で留まるかどうかわかったものじゃない。そこは大丈夫だ、そんな危険なものを魔法省が許可するはずがないからな。かなり可能性の低い魔法動物にはリストに印をつけてある」

 とりあえず考察として考えられるのはこのくらいだ、とライジェルは羊皮紙をばさりと床に放った。


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