「ミス・ブラック、授業後帰らずに教室に残りたまえ」

 医務室でひとしきりマダム・ポンフリーに不注意のことについて絞られたライジェルが手当てを受けて戻ってくるなり、スネイプの無機質的な声がライジェルを出迎えた。

「うわあ、怪我人にも容赦ないんだね……」

 ライジェルの同級生が苦笑してそう言うも、スネイプはお構いなしだ。

「何、罰則を与えるわけではない。私も怪我人に労働をさせるほど冷酷ではないからな」

 罰則ではないにしろ、結局説教じゃないか、と思う周りだったが、当のライジェル自身はむしろスネイプに感動すら感じていた。昨年まで通りの扱いをされていたならば、ライジェルは説教では済まされなかった。軽く見積もっても、減点からの罰則といったところだろう。あれほどまでスネイプに嫌われるなんて、一体シリウスはどんなことをスネイプにしでかしたのだろうか。

「パンジー、私は大丈夫だから。先に私の荷物を持って帰っていてくれ」
「ちょっとライジェル、怪我してるんだから無理に動かさないの!」

 こんな手だからな、と左手をひらひらと軽く振れば、悲鳴めいた声を上げてパンジーはライジェルの手首を掴んで振られる手を止めた。

「もう、本当にライジェルはじっとしていなさいよ。そんなんじゃ、スネイプ教授に言われなくてもあなたに実験なんて怖くてさせられないわ」

 パンジーを安心させるさせるつもりが、逆に彼女に呆れられてしまった。パンジーだけでなく他の友人らにも安静にしているように念を押されたライジェルは、結局片付けすら手伝わせてもらえないまま授業終了まで皆を傍観していた。

「さて、」

 ライジェル以外の生徒が出ていった魔法薬学の教室で、スネイプと対面したライジェルは何を言われるのかと、びくびくと怯えはしないが心の準備をしていたライジェルに、スネイプはいつもの淡々とした調子で話し出した。

「お前の父親から、本が届いている」

 父親から、本? 一瞬何のことかと考えたライジェルは、すぐにレギュラスに頼んだ対抗試合のための資料だと気づく。

「重い本を何冊もふくろうに飛ばさせるなどということはさすがに無理だ。一度私のところに届け、今ミス・ブラックに渡す手筈だったのだが……」

 その手では無理もさせられんな、とスネイプはちらりとライジェルの左手を見た。

「何処に運んでおけばいいのかね」
「ああ、あの、スプラウト教授の第四温室にお願いします。そこを借りることができましたので」

 よかろう、と頷いたスネイプは、何かを思い出したかのようにまた口を開いた。

「ちらと小耳に挟んだ話だが、ハッフルパフのセドリック・ディゴリーに肩入れしているらしいな。ミス・パーキンソンが言い回っていたようだが」

 早速パンジー達が多方に情報を振り撒いてくれたらしい。教師にまで広まっているのだから、この分だと他寮にも伝わるのはすぐだろう。鼠算式で広がる女子の噂話の回りは本当に早い。だが、相手はあのハッフルパフの生徒だ。ハッフルパフには関わるな、とでも言われるのだろうか。

「ああ、はい。昨年彼に大きな貸しを作りまして。三大魔法学校対抗試合の規則では、教師が助力するのは違反だが他の生徒ならばそれは違反に値しない、と聞いたので」
「…………ポッターに手助けするよりはいいだろう。止めはしないが、くれぐれもスリザリンの評価を落とすような真似はしないことだ」

 私が言いたいのはそれだけだ、速やかに寮に帰りたまえ、と教室の出入口に一歩踏み出したスネイプに、ライジェルは慌てて声をかけた。

「スネイプ教授!」

 思いの外大きな声が出てライジェル自身驚いたが、続けてライジェルを見下ろすスネイプに向けて口を開く。

「教授、あなたはポッターがどうやって立候補したとお思いでしょうか」
「…………考えようと思ったことすらないな」

 一時ホグワーツ中で話題になったそのライジェルからの問いに、スネイプは一瞬置いた後に低い声で答えた。
 ライジェルは魔法薬学の教室からそのまま直接温室へと出向いた。マダム・ポンフリーの治療のおかげで随分前から痛みは引いているし、もう左手もだいぶ完治に近づいている。あのスネイプのことだ、歩いて温室に着いた頃にはレギュラスからの本もあることだろう。

「うわあ……」

 温室に入ったライジェルを出迎えたのは、そびえ立つほどの本の山、山。軽く数十冊あるその本は、レギュラスとルシウスが探したものなのだろう。自分のために二人がしてくれたこととはいえ、これではまとめるのも一苦労だ。まずはレギュラスとルシウスに礼の手紙を書いて、それから一つ一つ二人からの本を読んでいこう。ライジェルは一番上に詰んであった三冊の本を脇に抱え、寮への道を戻っていった。
 寮に帰ったライジェルは、レギュラスとルシウスから届いた本を開くなり頭を抱えた。それもそのはず。本を開くなり「骨を炭に変えて」「軸索を断ち切る」「活動電位をごちゃごちゃに」と目に入ってくればやる気も萎えてしまって当然だ。四肢の神経を完全に遮断して自由に使えなくさせる、なんてえぐい、えぐすぎる。こんなもの、セドリックどころか他の教師や生徒達には絶対に見せられない。どうにか今週のうちにセドリックにも見せていいものと見せられないものとを分別しておかなければ。
 確かにこれはライジェルのセドリックに対する単なるボランティアであって、必ずしもライジェルがやらなければならないことではない。だが、一度引き受けてしまったからには最後まで付き合わないとライジェルのプライドが許さないし、かといって手を抜いてセドリックが負けてしまえばライジェルまで負けてしまうような感覚に陥るだろうし、何より他の出場者にはあのハリー・ポッターがいるのだ。スリザリンでライバル視されているグリフィンドールの英雄のハリーに負けるなんて、ドラコやパンジー達から何を言われてしまうか。もうパンジー達はセドリックとライジェルのことを広めてしまっただろうから、今さら無しになったとも言えるわけがない。だが、

「ディゴリーが、勝てばいい」

 セドリックが優勝すれば、何も不都合はないのだ。セドリックはハッフルパフでのハリー以上の英雄となり、ライジェルの周りからの評価も下がることはなくなる。それが最良の未来、否、その未来でなくてはならないのだ。そのためには、ライジェルも目の前のやるべきことに集中し、セドリックにも努力してもらわなければならない。ライジェルの、レギュラス達からの本を持つ手の力が強くなった。


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