「じゃあ、一番奥の温室がこれからの課題に向けて取り組める場所ってことだね」
「ああ。もう少しすれば父から本が届くはずだから、来たらそこに運ぶつもりだ。そちらは、何か役立ちそうなものは見つけたか?」

 図書館の隅、本棚の陰になって他からは見えにくい場所で、ライジェルとセドリックはお互いに掴んだ情報を交換し合っていた。

「うん。まだこの分野の本棚は一つも終わってないんだけどね。でも、いくつか読んで損はなさそうな本は何冊か見つかったよ」

 セドリックが抱えていた本の一冊を受け取ってぱらぱらとめくると、セドリックが挟んだのか、付箋のあるページが開かれる。

「これは、ホグワーツが関連してるわけじゃないんだけど、外国で行われた魔法学校対抗試合みたいなものだよ。これは、ジャパンとチャイナとオーストラリアとニュージーランドの四国の魔法学校で行われたものだね。今はもう昔のホグワーツであった対抗試合と同じ理由で廃止になってるけど、最後はジャパンのマホウトコロで行われたみたいだ」

 一応外国のものも調べてみた方がいいと思って、と言ったセドリックにライジェルは頷く。

「ああ、これにはイギリスの魔法省もほんの少し関わっていたみたいだな。傾向を掴むためにも、読んでおくか」

 未だに周りにはライジェルがセドリックを手伝うとはパンジー達以外には伝えていない。それも話したのは昨日のことだから、また表立ってセドリックと一緒にいるわけにはいかない。ライジェルはあたかもセドリックとは別の用件で図書館にいるのだと思わせるように、別々で本を調べ始めた。セドリックはそのまま昔の対抗試合を調べるために歴史関連の本棚を見て、ライジェルは試合に使えるだろうと踏んでいる呪文が載っている本を探して本棚を漁る。運のいいことに二つのジャンルの本棚は少し離れていて、誰もライジェルとセドリックが組んでいるなんて思っていないらしい。ライジェルもセドリックもそれぞれの知り合いに話し掛けられながらも、調べ物があるからと言って上手くかわし、夕方になる頃にはセドリックがやっと本棚片面を調べ終えた。だがまだまだ先は長いようだ。

「どれくらい使えそうな本が見つかった?」
「私は五冊だな。やはり呪文集はだいたい同じような呪文が載っているから大量に調べなくてもよさそうだ」

 後は父様から届く本から使うのによさそうな呪文を探せばだいたいのことには対応できるだろう、とライジェルは踏む。

「じゃあ、それらの本とこれらの本を交換だ。僕が役立ちそうでなおかつ習ってない呪文のページに付箋をつけておくよ。悪いけど、君は今までの対抗試合についてわかるところをまとめてくれるかな?」
「それくらいなら大丈夫だ。何日かあれば何とかできる」

 幸い、ここ数日のうちに提出する課題は比較的少ない。少し先の提出の課題をこなす合間にそのまとめもできるだろう。

「ディゴリー、そういえば、周りには私が手伝っていることは言ったのか?」
「……いや、まだ誰にも言ってないよ。スリザリン生の君と一緒に取り組んでるって周りに知られたら、あんなやつらとやるなんてやめとけって言われるのが落ちだからね」

 セドリックもライジェルのことをあちこちに言い触らすようなことはしていないらしい。ライジェルは眉間に眉を寄せた。

「……どうせ私が手伝っているなんてこと、隠し通せるわけがない、いずればれる。広まる前に何とかごまかしたいんだが────」

 ライジェルの考えた言い訳は、昨年度にライジェルがセドリックに大きな借りを作り、ライジェルとしてはハッフルパフの奴に借りを作ったままにしておくのはどうしても嫌だから手伝っていることにする、というものだ。プライドの高い者がたくさんいるスリザリンにライジェルが属しているからこそ利用できる言い訳だが、なかなか通用しそうだ、と我ながらいいものだとライジェルは考えている。

「そうだね。こっちとしてもそれは使えそうだよ。ハッフルパフでは、他人の頼みを拒否する人は心が狭いって思われるから。僕と君、どちらの面子を立てるのにもいい理由だと思うよ」

 この理由もあながち嘘じゃないから友達とかに言っても大丈夫だしね、というセドリックは、他人に嘘をつくのは得意ではないようだ。必要があれば嘘も普通につけるライジェルは、彼にはそんなものなのか、と考える。じゃあ来週の土曜日に例の温室で図書館から借りた本を持って会おう、とライジェルとセドリックはそれぞれ本を抱えて別れた。
 寮に帰ったライジェルは、ライジェルが既に終わらせていた課題に未だに取り組んでいるパンジー達に邪魔しないくらいに声をかけた。

「あー……パンジー。もしかしたら、の話なんだがな、」

 いくら羊皮紙に羽根ペンを滑らしても終わりが見えないらしく頭を抱えていたパンジー達は、ライジェルの声に顔を上げる。

「去年、ディゴリーに借りを作ってな。あいつがしたのは本当にちょっとしたことなんだが、私は本当に助かった。で、これから、あいつのサポートをしなければならなくなったんだ」

 先ほど偶然出会ったディゴリーからそう頼まれた、と言えば、くいとパンジーの整えられた眉が上がった。

「そんなのライジェルがやらなきゃいけないことじゃないわ」
「ライジェルが嫌なら断っちゃえばいいよ」
「それが……」

 どうしてもあいつに貸しを作っておいたままにしておくのは嫌だ、と話せば気持ちを理解してくれたのか、パンジーも同室者も無理なことはやめるように、と言ってくれた。これで、話好きの彼女達がこのことを広めてくれればいい。言い訳なんてライジェル自身が言っても誰も耳を貸さないだろうから。
 次の日、午後の二講義に入っていた魔法薬学の授業中、対抗試合のことで頭をいっぱいにさせていたライジェルは珍しく授業に身が入っていなかった。スネイプの説明を聞くのもそこそこ、大事な実験の時でさえライジェルの脳内では今読んでいる三大魔法学校対抗試合の歴史についての本の内容が渦を巻いている。一三九四年、ボーバトン主催の対抗試合第一の課題でニ十体のサラマンダーを倒す…………一五七八年、ダームストラング主催の試合第ニの課題において、雪に埋まった広大な敷地の何処かに隠されている宝箱の中の金貨を六枚集める…………情報量が多すぎて、ライジェルの頭はパンクしてしまいそうだ。なんせ、今まで四年おきに行われていた試合の内容と詳細、結果やその時の出場者を数百年分もまとめていて、さらに加えてホグワーツの関連していない魔法学校での試合すら調べているのだから。当然、そんな状態で授業など満足にできるわけがない。上の空だったライジェルは、突然の指先の痛みにようやく意識を頭の中から目の前に呼び戻した。

「ちょっとライジェル! 血が!」

 薬草を刻んでいたライジェルは、どうやら左手の指をナイフで誤って切ってしまったらしい。出血の具合から傷は結構深いようだ。だらだらと血が流れ出る指を押さえるが、右手にも血が滲むくらいで止めることはできない。

「ミス・ブラック、さっさと医務室に向かえ。未だ授業も終わる時間ではないが、その手では何もできんだろう。戻ったら実験には参加せず見学していたまえ」

 スネイプに返事をしたライジェルは、ミス・パーキンソンは残って実験を続けろ、と窘められたパンジーに、大丈夫だ、と言い残してタオルで左手を包みながら医務室へと足を運んだ。


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