結局セドリック達と馬車も同じものに乗ることになったライジェルは、せっかくセドリックに乾かしてもらった髪や制服を雨でまたぐしょぐしょに濡らしてしまった。それはセドリック達三人も同じで、馬なしの馬車で再度同じ魔法を自分達にかけるはめになっていた。だがそれも空しく、玄関ホールに入るまでには先ほど以上の水を被った。

「全く、何回もこうだと嫌になるな」

 セドリックの友人に同意しようとしたが、今までの反応からしてどうせまたびくつかれるのが落ちだ。同意は頭の中だけに留めておく。

「スリザリンの席は向こうか」

 大広間で寮の席を見ると、ハッフルパフとスリザリンの席はレイブンクローのテーブルを挟んでいる。此処で分かれるらしい。

「じゃあね」
「ああ」

 セドリックと分かれたライジェルは濡れた髪を無造作に払いながらスリザリンのテーブルを見渡し、すぐに見慣れたプラチナブロンドの髪を見つけた。

「ライジェル、久しぶりね!」
「ああ、そういえば夏期休暇前から会ってなかったな」

 ドラコの向かいに座っていたパンジーはライジェルのために席を空けておいてくれたようで、此処に座って、と自身の隣の椅子を叩く。

「今年ドレスローブ持ってきてって書いてあったけど、あれって何なのかしら?」
「さあ。どうせ着るつもりはないから適当なものを持ってきた」

 あんなひらひらした服誰が着るか、と思うライジェルはもはや自分が女であることを忘れているようだが、パンジー達はそんなこと知る由もない。
 雨の中を走ってきたためにいつもより疲れ、その上組分けの儀式まで行われれば生徒達の疲れもピークに達する。何処のテーブルでもうつらうつらしている生徒は多くはないが少なくもない。ライジェルも例に漏れず、時折かくりと船を漕ぎつつある。隣のパンジーは器用にも背筋をまっすぐ伸ばしたまま眠っている。組み分けが終わった頃に、ダンブルドアの声でライジェルは目を覚ました。

「皆に言う言葉は二つだけじゃ。思いっきり、掻っ込め」

 ダンブルドアの声と共に、テーブルの上の皿に夕食が魔法で現れ、生徒達は歓声を上げて食べ始める。ライジェルも、目の前のサラダやチキンなどを見て急に空腹感を感じてきた。雨に濡れて重くなった制服を着ているのだからそれも当然だろう。向かい側でドラコが他の生徒達に対抗試合の話をしているのを時折聞き、ライジェルはパンジーや、去年度の終わりからまた話し掛けてくるようになった他の生徒達と雑談を交えながら腹を満たした。

「さて、みんなよく食べ、よく飲んだことじゃろう。幾つか知らせることがある。もう一度耳を傾けてもらおうかの」

 食事も終わり、静まり返った大広間にダンブルドアの声が再度響き渡る。持ち込み禁止の品に追加があることなどは皆聞き流しているようだったが、次の言葉でざわめきが広まった。

「寮対抗クィディッチ試合は今年は取りやめじゃ。これを知らせるのはわしの辛い役目でのう」

 親から対抗試合のことを聞いていない生徒、特にクィディッチの選手は言葉も出ないようだ。ちらりとハッフルパフのテーブルを見たライジェルは、セドリックが目を大きく開いてダンブルドアを凝視し、口をぽかんと開けているのを見た。

「嘘だろ、せっかく今年は選手の選考をもっと入念にやろうと思ってたのに……」

 近くに座っていたモンタギューが呆然としながらぽつりと呟く。フリントが昨年度で卒業してしまったため、今年からスリザリンチームのキャプテンはモンタギューになるはずだったのだ。彼の隣のワリントンは言葉も出ないようだ。

「これは十月に始まり、今学年の終わりまで続くイベントのためじゃ。先生方もほとんどの時間とエネルギーをこの行事に費やすこととなる。しかしじゃ、わしは皆がこの行事を大いに楽しむであろうと確信しておる。ここに大いなる喜びを以て発表しよう。今年ホグワーツで────」

 ダンブルドアが言う言葉を一字一句聞き漏らすまいと皆が耳を傾けていた時、前触れもなく大広間の扉が開かれた。扉の向こう側にはライジェルの見知らぬ男が立っている。傷痕の多数刻まれている肌に鈍い音を立てる義足、そして何より、黒い瞳の片目とは違う、青の瞳。瞬きを一切しないそちらの目はぎょろりぎょろりと辺りを見渡し、男の不気味さを一層引き立てる。

「闇の魔術に対する防衛術の新しい教師をご紹介しよう。ムーディ教授じゃ」

 誰も手を叩いて歓迎しようとはしなかった。唯一ダンブルドアとハグリッドは拍手していたが、スネイプやフリットウィック、マクゴナガルでさえもぴくりとも動きはしない。
 ライジェルは、この不気味な男のことを知っていた。アラスター・ムーディ、元闇祓いの男で、闇祓いとして第一線を退いたにも関わらず今なお魔法省に出入りし、現職の闇祓い達と繋がっているらしい。局は違えど同じ魔法省に属しているレギュラスから何度かムーディの話は聞いていた。だがライジェルも実際にムーディを目の当たりにしたのは初めてだ。

「先ほど言いかけていたのじゃが────」

 ムーディの紹介もほどほどに、ダンブルドアは今度こそ三大魔法学校対抗試合の話を始めた。内容はレギュラスから聞いたものとほぼ違わない。ただ、十七歳以上の者しか出場することはできないという出場資格のことは初耳だった。

「とりあえず、お前の出場は叶うまいな」

 同じように年齢制限の話を聞いていなかったのか、先ほどのセドリックのように口をあんぐり開けているドラコに声をかければ、全てダンブルドアが悪いかのようにじろりとダンブルドアを睨んだ後、ドラコはふんとそっぽを向いた。

「俺は出るぜ。クィディッチの選手を舐めてもらっちゃあ困るな」
「俺もだ」

 選手を選抜する時に十七歳以上になっているのかはたまたもう既に十七歳を超えているのかはわからないが、ワリントンが笑うと、モンタギューもにやりと同じものを顔に浮かべる。まあ、頑張ってくれ。ライジェルはちらりと彼等を見ただけで、すぐに目を離した。

「解散になったらさっさと帰るか」
「そうね…………あ、」

 どうせ自分達には関係のない話だ、と考えていた時、不意にパンジーが思い出したかのように声をあげる。

「ライジェル、そういえばすごい雨だったのに、いつ髪とか服とか乾かしたのよ。私は最初の方に来たからタオルで拭いたりする時間があったけど、あなた最後の方だったでしょう?」
「…………え?」

 パンジーの言葉に、ライジェルは初めて自身の身体が乾いていることに気づいた。他の生徒は未だに濡れていたりするのに、どうして自分だけ。

「…………まさか、」

 思い当たりのあるライジェルはぱっと他の三寮のテーブルの方に振り向く。すると、どうやらライジェルの方を見ていたらしい目当ての人物と目が合った。一瞬、彼が笑った気がしたが、解散になったのか、席を立つ生徒達の波に見えなくなってしまった。

「ライジェル……今何見てたの?」

 ホグワーツ特急の時は、確かにあの四人掛けの席に濡れていたライジェルだけが座っていたから、乾かしてくれたのは善意からだ。でも今は違う。他にもたくさん同じようになっている生徒はたくさんいるし、何より今は彼らと話してさえいない。先ほどのよしみで、というのも考えたのだが、どうもしっくりとこない。

「……何でもない。帰るか」

 考えてもわからないことを早々に放り出したライジェルは、パンジーの問いにも答えずに言葉を濁し、自分達もさっさと寮に行こうと席を立った。
 寝るまで、否眠っても彼のことが夢に出てきてしまうほど、ライジェルの頭からセドリックのことは消えはしなかった。


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