夏休みも明けた九月一日の早朝、ライジェルはホグワーツ特急が発車する三時間も前に既にキングズクロス駅にいた。レギュラスがライジェルを途中まで送ってくれたのだが、レギュラスも仕事がある。ホグワーツ特急は朝早くから乗り込めるため、レギュラスの通勤に合わせてライジェルもさっさと行ってしまおうと思ったのだ。九と四分の三番線には既にホグワーツ特急が止まってはいたのだが、やはりホームにはほとんど駅員の姿くらいしか見えない。ちらほらとライジェルのように朝早くキングズクロス駅に来た生徒もいるが、それでも片手の指で足りる程度だ。今年はパンジーやドラコ達と落ち合おうという約束は特にしていない。適当なコンパートメントに入ったライジェルは、席に座る前に自分の服の惨状に、座るのを躊躇った。外は酷い雨で、着てきた私服が濡れてしまったのだ。このままでいるのも服が肌に張り付いて気持ちが悪い。まだホグワーツに着くどころか駅から発車してもいなかったのだが、早めに制服に着替えてしまった。髪も濡れているが、こればかりはどうしようもない。持っていたタオルで少しは水気もとれるかと拭くが、ライジェルの髪はストレートでなくて、しかも常人よりも量がかなり多く、なかなか乾かない。十分ほど髪を乾かすのを粘ったライジェルだったが、幾ら頑張っても髪の表面しか乾かないことにとうとう乾かそうとするのを諦めた。次に今朝はあまり朝食を食べれていなかったため、クリーチャーに持たされた朝食の残りを広げ、さっさと腹に収めた。それでも発車時刻の十一時までにはたっぷりと時間がある。暇潰しのための本も持ってきてはいなかったライジェルは、ただ待っているのも退屈だと考え、窓側の壁に寄り掛かって睡眠をとることにした。ライジェル以外の多数の生徒はまだ来る気配もない。起きた頃にはホグワーツも発車しているだろうか、と考えながらもまぶたを閉じる。雨のせいか少し肌寒いが、上着も濡れてしまったからしょうがない。眠れば少しはそれもましにはなるだろうか。先ほどまでは微塵足りとも眠くはなかったはずなのに、すぐに眠気は訪れたのだった。

「……──がさ、────で」
「でも、────じゃないのかい?」

 もう駅から発車したのかがたごとと揺れる車内で、数人の男子生徒の声にライジェルはそろそろと重いまぶたをこじ開けた。

「ああ、それは俺の父さんが、……あ、」

 視界に捉えたのは、三人の男子生徒。同じ学年ならば寮は違えどこの三年間にたくさん合同授業をしているため顔はわかるのだが、彼らは同い年ではない。それにライジェルと同じスリザリン寮でもないはずだ。ぱっと見て、ライジェルよりも年上だろうか。向かい側に座っていた男子がライジェルが起きたのに気づいて話していた口を中途半端に止め、他の二人も気づいたようだ。三人ともがライジェルの知らない生徒だったならばこのままただの相席者としてあまり関わらずにいたところだったのだが、ライジェルの隣に座っていた男子の顔はライジェルも見知ったものだった。

「あ、起きた? ブラックさん」

 爽やかで優しそうな顔立ちの彼は、昨年度他の生徒達にことごとく避けられていたライジェルにも声をかけてくれたハッフルパフの美丈夫。

「ディゴリー……?」

 まだ覚醒しきっていないライジェルの頭で認識されたセドリックは、ライジェルににこりと笑いかける。

「ごめん、起こしちゃった? 他に空いてる席がなくて座らせてもらってたんだけど」
「別に……」

 油断すると重力に従ってだんだんと落ちてくるまぶたを無理矢理逆らわせるように、目元をごしごしとこするライジェルを、セドリック以外の二人がじっと見つめる。

「な、なあセドリック、この子とどういう……」

 ライジェルのネクタイでスリザリン生とわかったらしい二人は、友人のセドリックとハッフルパフ生をよく馬鹿にするスリザリン生が何故知り合いのように話しているかを疑問に思ったらしい。

「ああ、ちょっとした知り合いってところ。今年四年生になるライジェル・ブラックだよ。こっちは僕の同じ寮の友達」

 紹介された二人は、年下とわかってもライジェルがあのマルフォイらと同じく純血の一族として有名なブラックと聞いて顔を引き攣らせる。別にそんなに怯えなくとも大丈夫なんだが、と思ったライジェルだが、それについて言うのも面倒だ、と放置することにした。どうせこの状態の彼らに何か言おうとも無意味だろう。漸く頭がはっきりしてきたライジェルは、窓の外の天気がさらに悪くなっていることに眉を寄せた。そんなライジェルに、機嫌が悪くなったのかとますます怯える。

「酷い天気だよ。僕達も、此処に着いた時にはびしょ濡れだったんだ」

 だろうな、そう返そうとしたライジェルは、ふとセドリック達三人が未だ私服であるにも関わらず服も髪も乾ききっていることに気づいた。と同時に、まだ発車してから時間は経っていないはずなのに自分自身の髪も乾いていることにも気づく。ライジェルの多い髪は自然乾燥では何時間かかるかわかったものではないはずなのに。

「……ああ、四年生はまだ習ってないんだっけ、水気を払う魔法」

 ライジェルの視線から疑問に気づいたらしいセドリックの、君がよければ今度教えるよ、という言葉に、もしかしたらセドリックが自身の髪も乾かしてくれたのではないかという答えに行き着く。

「すまないな」
「いや、こんなこと何でもないさ」

 それほど親しそうでもなく、かといって他人扱いもしていない。よくわからないセドリックとライジェルの関係性に、二人は首を傾げた。

「そういえば、今年はクィディッチにはでないのかい?」
「あ、ああ、マルフォイももう腕が治っ────」

 セドリックへの返事をしている時、ライジェルは、ふとセドリックの問いに違和感を感じた。休暇中にレギュラスが言った言葉──今年度クィディッチは取りやめらしい──が頭をよぎったからだ。レギュラスは、三大魔法学校対抗試合のためにクィディッチはなしになると確かに言った。

「ディゴリー、お前父親から何も聞いてないのか?」
「え? 父さんから?」

 セドリックは、見るからに何も聞いていないという反応を示していた。一瞬ライジェルはセドリックに話してみようかとも考えたのだが、別にそんなことをしてやることもない。

「いや、何でもない。気にするな。私はマルフォイの代わりだったから、今年はもう出ない。まあ、クィディッチ関連のことには携わるように言われているが」

 言葉を濁したライジェルにセドリックは首を傾げたが、敢えて深く突っ込まなかった。

「……そっか。残念だな」

 眉を下げて笑ったセドリックから目を離したライジェルは、ふと目の前の二人に視線をやった。ライジェルに見られていると気づいた二人は肩を揺らす。ライジェルが喋る度にびくりと反応するセドリックの友人らは見る分になかなか面白い。時折セドリックと話しながらライジェルは二人の観察を続けていたが、ホグワーツ特急から降りる頃には大分慣れていたようだが、結局二人の方からライジェルに話し掛けてくるようなことはなかった。

prevnovel topnext

- ナノ -