クィディッチワールドカップが行われた次の日、ライジェルが起きた時には未だにレギュラスは帰宅していなかった。ルシウスも同じように昨晩出て行ったきり帰ってこないと聞かされたのは、ナルシッサとドラコがレギュラスの屋敷を訪問してきた時だ。

「ルシウスは、今晩は何が何でも屋敷から出てはいけないと言っていたわ。理由は私にも教えてはくれなかったけれど」
「父様もルシウス伯父様も、何処に行ってしまわれたのか……」

 ため息をついたナルシッサにライジェルも二人の行方に首を傾げたのだった。
 レギュラスが屋敷に戻ったのは、日も高く昇った昼過ぎのこと。ナルシッサとドラコはとっくにマルフォイ邸に帰ってしまっていた。

「すまない。魔法省の件で呼び出しを喰らっていた。ちょっとした事故だったが、やけに大事のように扱われてな。全く、荒い人使いはやめていただきたいものだ」

 開口一番にレギュラスからの謝罪が飛び出し、あの父様が珍しい、とライジェルは驚いた。

「いえ。父様に何もないようで何よりです」
「本当にすまなかった、寂しい思いをさせただろう。代わりにといっては何だが、今日から三日は一緒にいられる。そうだな、私も多少疲れているから外出はできるだけ避けたいが、勉強くらいならば手ほどきはしてやれる」

 昨晩のそっけない態度はまるで夢幻だったかのような甘い微笑みは、ライジェルを心から喜ばせた。常日頃から仕事に追われてあまり同じ時間を過ごすことができないレギュラスと三日間も一緒にいられるなんて、滅多にあるようなことではない。レギュラスは外出したくはないと言っているが、むしろライジェルもレギュラスと屋敷でゆっくりしていたいと思っている。この三日間は、一日中屋敷で過ごすことになるだろう。

「でしたら、呪文学と変身術を見ていただきたいのですが」
「ああ、いいだろう」

 どちらの科目もそれほど苦手なわけではないのだが、夏期休暇明けにレポートを提出しなければならない。魔法薬学もレポート提出があるのだが、それはもう終わっているし、それなりに自信もあるため見せなくとも大丈夫だと踏んだのだ。

「……ここ、もう一度調べてみろ。私の知っている呪文と違っている」

 乱雑、というわけではないが都合により出来よりスピードを優先して書いたレポートの下書きはやはり間違いはたくさんあり、レギュラスに指摘をされる度に、もっと丁寧にやればよかった、とライジェルは恥ずかしさに少し赤面する。レギュラスに呆れられていないか心配になってちらりと彼の顔を覗き見るが、どうやらそんなことはないらしい。

「……とりあえず、一度休むか。根を詰めるのもいいが、休まないと集中力もなくなるものだ」

 ちょうど時刻も正午を過ぎたあたりで、休憩も兼ねて昼食を摂ることにした。クリーチャーにはレギュラスが用事で使いに出しているため、今屋敷にはレギュラスとライジェルの二人だけしかいない。クリーチャーがまだレギュラスの母ヴァルブルガの世話をするためブラック本邸におりレギュラスが一人暮らしをしていた頃に、レギュラスは家事の一通りぐらいはできるようになっていて、簡単な食事を作るくらいなら手間取ることもない。生まれてこの方料理の経験などほぼ皆無にも等しいライジェルはレギュラスの手つきに感動する。今まで試したことなど無いが、料理くらいならできるようになっておいて損はないだろう。新学期にでもパンジーに習ってみようか。
 二人で昼食を食べている間、何かを思いついたかのように、ああ、とレギュラスが口を開いた。

「直接お前には関係はないが、今年ホグワーツで三大魔法学校対抗試合というものを行うそうだ」
「三大魔法学校対抗試合、ですか?」

 聞き慣れない言葉にライジェルが聞き返すと、そうだ、と頷かれる。

「私も少し聞いたぐらいだ、詳細はわからないがな。ただ、これはもう確定事項の話だ。それに関連して、今年度クィディッチは取りやめらしい」

 レギュラスから聞いた話をまとめると、三大魔法学校対抗試合は七百年前から始まった、ホグワーツとボーバトンとダームストラングの三校がそれぞれ代表選手を選び出し、様々な競技を行って知力、行動力、魔術の技術力と応用力、精神力などを競うものらしい。

「ですがそのようなもの、今までに聞いたことがございません」
「当然だ。その競技でかなりの死傷者が出たからな、かなり前から中止になっていた。…………という理由は、ほぼ建前のようなものだが」

 ふ、と息をついたレギュラスは脚を組み替える。

「私達ブラック家の中にも亡くなった者がいた、それも次期後継者だった本家の長男がだ。ブラック家だけではない、マルフォイ家やレストレンジ家、ロングボトム家などの中にも数名いたらしい。当時は男子生徒も女子生徒も関係なく、競技を行うに相応しいと選ばれた生徒は辞退不可だった。勿論ホグワーツのみに限らず、純血の宗家の長男長女は他の二校にも通っていた。やはり今以上に昔は純血の家は権力を有していたからな、その圧力や賄賂に学校側が負けたというのが本当の話だ。いくら数多の生徒が亡くなったとはいえ、たかだか一般人が国際的な競技をやめさせることなどできないからな」

 確かに、権力のある名家からの圧力が多数かかれば、国と国との間の親善競技も揉み消せるかもしれない。ライジェルはレギュラスの話に納得する。

「ですが、どうして今さら」
「長い間協議を重ねていたらしい。その結果、難易度は多少落として行うことになった。死者が出ることはまずないと責任者が話していたから、ほぼ安全は確保されたようなものだろう」

 その上、各校の代表者は立候補者の中から決めるため、あまり乗り気でない生徒は立候補しないでいれば無関係でいられるというのだ。これは本人達も親達にとってもありがたいだろう。

「……ライジェル、まさか出場してみようかなどという馬鹿なことは考えてはいまいな」

 暗に、ライジェルに立候補などするな、という意味を含ませたレギュラスに、ライジェルはぴくりと眉を動かす。

「当然です」

 幾ら難易度が落とされたとはいえ、競技が危ないことに変わりはないのだ。元よりライジェルに立候補する意思はないのだが、それを聞いたレギュラスは数度頷いた。まあ、ドラコやハリーなどの問題児どもはどうかはわからないが。
 対抗試合の関係で、今年度のクィディッチが見られなくなるのは残念だが、致し方ない。なんにせよ、自分には関係のない話なのだ、とライジェルはまたレギュラスとレポートに取り組んだのだった。

prevnovel topnext

- ナノ -