「レディースアンドジェントルメン! 第四百二十二回、クィディッチ・ワールドカップ決勝戦にようこそ!」

 急いで席に戻ると、既にバグマン氏の演説は始まっている。ルシウスも近くのアーサーにつっかかる間もないようだ。

「さて、前置きはこれくらいにして、早速ご紹介しましょう……ブルガリア・ナショナルチームのマスコット!」

バグマン氏の演説は早々と切り上げられ、観衆の目下のフィールドに百体にも及ぶであろう、おびただしい数の何かが現れ、踊りを披露し始めた。

「ヴィーラか」

 こんなのはどうでもいいから早く試合を始めろと言わんばかりのレギュラスは、ヴィーラにはさして興味もなさげな雰囲気だ。ヴィーラは、ライジェルが見てきた中で最も美しい女性だった。確かにナルシッサなどのライジェルの知人には郡を抜いて美しい女性はいる。だが、ヴィーラはそれを超えた美しさだ。人間離れしているというよりは、本当に人ならざるものなのだろう。

「さて次は、」

 ヴィーラの踊りが終わると、バグマン氏の声がまたもや響く。

「どうぞ、杖を高く掲げてください…………アイルランド・ナショナルチームのマスコットに向かって!」

 ものすごい爆音が、派手な光と風を引き連れてフィールド内を駆け巡った。それらは早すぎて完全に目視することは叶わないが、けたたましいほどの音やチカチカと瞬く星や花火に観客は大興奮して雄叫びをあげる。先ほどのヴィーラを、美しさで会場内を魅了したと言うならば、アイルランドチームは全てを飲み込むほどのスピード感でそれらを圧倒する。と、ライジェルの肩に何やら固いものが当たった。

「き、金貨……?」
「ああ。今回のような試合で何かをばらまく時は、掃除の手間をより少なくするために消滅の魔法をかけることになっているらしい。試合が終われば全て消えるから回収する手間も省ける」

 レギュラスの知識に、ライジェルはほうと頷く。確かに、こんな場で本物の金貨を撒き散らしなどしたら観客を買収しているも同然になってしまう。そんな馬鹿な話があるはずもない。それにしても、痛い。ライジェルは金貨の雨を降らしている小人を睨む。レギュラスもルシウスも金貨を盾の呪文の応用したような魔法で身体に当たる前に払いのけていて、ナルシッサに至っては持参した日傘でドラコ共々金貨の難を逃れている。ライジェルもちゃっかりとレギュラスに引っ付いて金貨の雨から逃れる。

「さて、レディーズアンドジェントルメン。どうぞ拍手を────ブルガリア・ナショナルチームです! ご紹介しましょう―――ディミトロフ!」

 バグマンの声と共にブルガリアチームのサポーターがわっと沸き上がる。その歓声に乗って、ブルガリアチームの選手達が真紅のローブを翻して入場してきた。

「イワノバ! ゾグラフ! レブスキー! ボルチャノフ! ボルコフ! そしてぇぇぇぇぇぇぇ────クラム!」

 バグマン氏がクラムという選手を呼んだ瞬間、ブルガリアのサポーターの歓声がひときわ大きくなる。ブルガリアチームのエースといったところだろうか。ブルガリア側のサポーターの中にフリントが混ざっているのだと思うと、笑いがこみあげてくる。

「では皆さん、どうぞ拍手を────アイルランド・ナショナルチーム! ご紹介しましょう────コノリー! ライアン! トロイ! マレット! モラン! クィグリー! そしてぇぇぇぇぇ────リンチ!」

 どうやらブルガリアチームのシーカーはクラム、アイルランドチームのシーカーはリンチと呼ばれた男のようだ。どちらかというとクラムの方ががっしりとした筋肉質の体型らしい。

「そして皆さん、はるばるエジプトからおいでの我らが審判、国際クィディッチ連盟の名チェアマン、ハッサン・モスタファー!」

 モスタファーは、本当にこの男にまかせて大丈夫なのかと思うようなひょろりとした老人だった。そして

「試あぁい、開始ぃ!」

 白熱した空気の中、バグマン氏の声で試合は始まった。選手がファイアボルトなどの速さを誇る箒を使っているため、クィディッチ専用の双眼鏡がなければほぼ誰が誰だか判別が不可能だ。かろうじてローブの色でどちらのチームなのかを区別するのはできる。その中でボールを手にしている選手の名を叫ぶバグマンはやはりクィディッチに関しては有能らしい。

「やはり速いな」
「そうですね」

 だが、熱狂した中でもレギュラスとライジェルは冷静だった。否、どちらも興奮してはいるのだが、どちらもクィディッチ経験者の性か、応援よりも先に分析の方をしてしまうのだ。

「ライジェル、アイルランドチームとブルガリアチームの両方のシーカーをどう思う」
「あの小柄な茶髪と長身の黒髪ですよね。……やはり、身体が小さいということでアイルランドチームのシーカーの動きは素早いです、その点においてはブルガリアチームのシーカーよりも優れていますね。ですがスピードと安定感はブルガリアチームの方が格段に上です。……あ、あのアイルランドチームのチェイサー、ええとあの、今ゴールさせた金髪の人です。彼、右目が見えないのでしょうか? 右からきたブラッジャーが見えていないようでしたが」
「前の試合で右目に怪我をしたのかもしれないな。前の試合からそう日が経っていないから癒者に診られる暇もなかったかもしれない。ライジェル、どちらのシーカーがスニッチをとると思う」
「動きのしなやかなアイルランドと力強いブルガリアですから、比較するのは難しいかと思われます。その状況と疲れ具合などによりけり、というところでしょうか」
「ああ。ブルガリアはビーターが本当に強い。噂には聞いていたし、見ていてもわかる。先ほどからアイルランドのシーカーばかりがビーターに狙われているが、やはりあの機動力でカバーできているな。あれは学生時代の私には足りなかったものだ。やはり国内のトップの選手は見ていて飽きないな」
「そうですね」

 アイルランドはブルガリアよりもチェイサーのチームワークがより固い、だが一人一人の選手としてはブルガリアが優勢。落ち着いて会話をするレギュラスとライジェルは周りから浮いているように見える。
 そして熱気を帯びた観衆が見守る中、スニッチを手にしたのは────

「アイルランドの勝ち!」

 バグマン氏の叫びは、驚愕と興奮に満ちあふれていた。ざわりと観客がどよめく。

「クラムがスニッチを捕りました────しかし勝者はアイルランドです────なんたること。誰がこれを予想したでしょう!」

 スニッチを掴んだチームが勝利を収める、誰もが持っていたその常識にも似た考えが、今目の前で覆された。チェイサーがゴールすれば十点、だがスニッチを捕まえれば百五十点の加算になる。スニッチの加点に比べればゴールなど微々たる点にしかならない。だが、アイルランドチームはその少ない点数をこつこつと積み上げて、結果的にスニッチを捕まえたブルガリアチームの総合点を上回ったのだ。

「アイルランドは、シーカーを頼みの綱にはしていなかったということか。もしシーカーが試合中に棄権になった時のことも考えた練習だろうな」

 普通のチームのチェイサーは、どこかでスニッチ加点に頼っているところがある。勿論点差を引き離すためにゴールはさせるだろう。だが、誰の目から見てもブルガリアチームのクラムは圧倒的な強さだ。スニッチはクラムが捕まえることを見越していたのかも知れない。

「す、すごい……」

 ライジェルがこれほどまでに白熱した試合を見たのは初めてで、目を輝かせて優勝杯を手にする選手を見つめる。

「────」
「─────、───」
「──、────」

 そんなライジェルをちらりと見てライジェルが自身に聞き耳を立てていないことを確かめて、レギュラスはルシウスと何やらこそこそと話を始めた。二、三会話を交わし、レギュラスとルシウスは同時に離れる。

「ライジェル、帰るぞ。荷物は持ってきているな。このまま屋敷に戻る」
「え……?」

 突然の帰宅の声に、ライジェルは疑問を隠せない。未だに会場内は余韻に包まれているというのにもう帰ってしまうのか。

「ナルシッサ、ドラコ、おまえ達もだ。もう疲れただろう、帰って充分に休むといい」

 ルシウスもそう言うなり、アーサーをちらりと見遣ってから荷物を手にさっさと会場を出ようと歩いていき、慌ててドラコとナルシッサも後に続く。

「行くぞ。混雑しないうちに帰るのがいいだろう」
「は、はあ……」

 試合も終わった今、ここに留まる理由もない。ライジェルもレギュラスの後に続いてファッジに挨拶した後さっさと競技場を後にした。
 屋敷に戻ったライジェルは部屋着に着替えた後、自室に行く途中に玄関へと向かうレギュラスの姿を目にした。

「父様、どこかへお出かけに……?」
「ああ。なんてことはない野暮用だ。お前は先に寝ていろ」

 試合が終わってから、何だかレギュラスがよそよそしい気がする。レギュラスが出て行った玄関をしばらく見つめ、ライジェルはベッドへ向かったのだった。

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