その日の夜は、ファッジ、レギュラス、ルシウス一家、そしてその他の魔法省の同僚らしき者達と共に夕食を食べることになった。大人の中に混ざったライジェルは居心地がいいとは言えなかったが、それでもドラコとナルシッサがいたから幾分かましだったようだ。
 次の日、ライジェルはファッジの厚意で宛がわれた建物の一室のベッドの上で夜明けと共に目を覚ました。昨晩の夕食時の会話では、今日は試合までファッジらともルシウス達ともほぼ別行動をとるらしい。とは言えどやることなど特になく、大方競技場の周りを見て回るくらいになるだろう。ライジェルが抜け出したベッドの隣のそれにはもはやレギュラスの姿はなく、部屋を見渡しても影も形もない。レギュラスはどこにいるのだろうと思いながらもライジェルは服を着替えた。クィディッチワールドカップの間は、特に動きやすいカジュアルな服を数着持ってきている。身体の線の目立たない服で、動きやすいものだ。もうすぐ十五になるライジェルはもはや昔ナルシッサが好んで着せていたようなレースやリボンのついているような服は着ておらず、逆にシンプルでものを好んで着るようになっていた。ナルシッサも少し残念がってはいたものの、こっちの服も似合うわ、と臈長けた美貌を綻ばせていた。その際、本当にシリウスにそっくり、とほんの小さな声でのナルシッサの呟きをライジェルは聞き逃さなかった。

「ああ、起きたか」
「おはようございます、父様。何処にいらしたのですか」
「ああ、少し仕事の方で話すことがあって大臣の所にいた」

 着替え終わってから数十分後、部屋に戻ってきたレギュラスはこれからも数人の知り合いのところに回らなければならないらしく、昼前には戻ってくればそれまでの間は自由に行動していいと言われた。特に何も持ってきていなかったライジェルは、それなら競技場の周りを見てみようかと外へ出た。ライジェル達がいた建物の周りにはテントはほぼ無いに等しい。だが歩いていくにつれ、だんだんとその数が増えていく。色とりどりのテントにおびただしい数の人々。歩くのにも人の波を掻き分けなければならなくなってきた頃、不意にライジェルの肩をとんと叩くものがいた。

「よう」

 ライジェルが振り返るとそこには昨年度クィディッチで散々世話になったワリントン達クィディッチスリザリンチームのメンバーの数人がいた。

「ブラックも来てたんだな」
「クィディッチのワールドカップにすら興味のない奴がシーカー代理なんて受けると思ってるのか?」
「それもそうだ」

 去年のぎすぎすとした雰囲気は何処へ行ったのやら、普通の会話を交わす彼ら。去年のライジェルへの冷遇は、やはりシリウスの件が強く関わっていたらしい。今の彼らはライジェルが最後にクィディッチの決勝戦で話した時よりも砕けた口調で、調子の良い奴らだ、とライジェルは苦笑しながらも内心での喜色が薄いわけではなかった。

「それはそうと、ブラックはアイルランドチームとブルガリアチームのどっちを応援するんだ?」
「ブラックはアイルランド派だろ? アイルランドの方がチームワークが強いからな!」
「はあ? ブルガリアに決まってんだろ。ブルガリアチームにはビクトール・クラムがいるんだぜ、クラムがスニッチをさっさと取って圧勝だ」

 と、ワリントンとフリントがどちらのチームを応援するかで熱く話し出した。正直ライジェルは自分の支持するチームは無く、話を振られても困るだけだ。ホグワーツを卒業したフリントだが、今の彼は成人して立派になった大人、というよりは未だに友人らとふざけ合っている子供のように見える。

「なあ、ブラックはどっちなんだ?」
「あ、いや私は、特にどちらだけを応援するとかではないから……」

 不意に聞かれて慌てて答えたライジェルに、ワリントンもフリントも苦い顔をする。悪いとは思うが、本当のことだからしょうがない。

「興味ないのはしょうがねえだろ。どっちを支持するとか、ブラックに強要すんな」

 他の男子にぺしりと頭を叩かれて、それもそうだなと笑った今のワリントンを見て、去年ライジェルと仲が悪かったなんて誰が思うだろうか。
 話はクィディッチのワールドカップから校内のスリザリンチームの選抜へ、そしてまた他の話題へと移り変わっていて、気がつけば軽く数時間が経過していた。そのせいか足もじわじわと疲れを訴え始めてきている。

「そういえば、もうすぐ選手の公式練習時間じゃねえ? 見に行こうぜ」

 と、フリントが思い出したかのように言い、そういえばそうだな、とワリントン達も時計を見る。もうすぐ、レギュラスに言われた時間だ。ちょうどいいとライジェルはフリント達と別れ、またファッジに宛てがわれた部屋への道を戻っていった。
 レギュラスのところへ戻ったライジェルはルシウス達と一緒に簡単に昼食をとり、それからルシウスとレギュラスに連れられて色々な人のところへ挨拶しに回ることになった。ルシウスの知人やレギュラスの仕事上の相手、さらにはルシウス曰く、これから手を組んでおいた方が何かと有益だという者のところにも足を運び、最後の方にはライジェルもドラコもくたくたに疲れてしまっていた。だが、大失敗はしなかっただろう。相手に会う時はちゃんと表情から疲れを取り除き、しっかりと望まれるような受け答えもできたはずだ。
 そしていよいよクィディッチワールドカップ決勝戦が行われる直前────

「これは驚いた、アーサー。貴賓席の切符を手に入れるのに何をお売りになりましたかな? お宅を売ってもそれほどの金にはならんでしょうが」
「アーサー、ルシウスは先頃聖マンゴ魔法疾患障害病院にそれは多額の寄付をしてくれてね。今日は私の客として招待なんだ」
「それは────それは結構な」

 ああ、また面倒事が増えた。ライジェルとレギュラスは同時にため息をついた。誰だ、よりにもよって犬猿の仲のルシウスとアーサーを近くの席に決めた奴は。一昨年度世話になったアーサーに挨拶くらいした方がいいのだろうかと一瞬悩んだが、ルシウスも同席している今、それはライジェルの為にもアーサーの為にもやめた方がいいと考えを取り下げる。

「ルシウス! ……ゼンフォード氏の姿が見えたが。彼とは繋がりがないわけではないだろう、そちらには挨拶しなくていいのか。じきに試合も始まる。ゼンフォード氏と話すよりもこんな、」

 険悪なアーサーとルシウスの間に入ったのはレギュラスで、彼は一度言葉を切り、あたかもアーサーに興味がないかのようにちらりと一瞥する。

「こんな者につっかかっている方が時間を有効活用できているとは思えんが」

 レギュラスも今までに何度もアーサーに喧嘩を売るルシウスを宥めてきているのだろう、簡単にルシウスをアーサーから引き離している姿はどこか慣れのようなものを感じる。決してアーサーをかばうことのないレギュラスにルシウスも少し落ち着いたようで、それもそうだとすぐさま身を翻す。

「ライジェル、ついて来なさい」
「ドラコ、お前もだ。時間の無駄になるようなことはしたくないのでな」

 今しがたルシウスが時間を浪費しようとしていたのに、などとは言うほどライジェルも愚かではない。無駄な揉め事など避けるに限る。近くに本当にいたゼンフォード氏と顔合わせ程度に挨拶をしていると、唐突に何かの音が鳴り響いた。

prevnovel topnext

- ナノ -