「失礼します、ロックハー……」

 ライジェルがロックハートの部屋につき、入るとそこにはロックハートの他に、先ほどまで一緒にいたハリーとロンがロックハートに杖を向けていた。

「ああ、ミス・ブラック、助けて下さい。彼らが────」
「ブラック、こいつはジニーを見捨ててホグワーツから逃げようとしていたんだ!」

 助けを求めるロックハートと、ロックハートを激しい口調で責めるロン。どちらを信じるかは愚問だった。

「やはりな。大方ホグワーツから逃げ出すだろうと思っていた」

 ライジェルは失望にため息をつき、自らもロックハートに杖を向けた。

「私に何をしろと言うのかね?私は秘密の部屋がどこにあるかも知らない。私には何もできない」
「運のいい人だ、僕達はその場所を知っていると思う。中に何がいるかも。さあ、行こう」

 ロックハートを先頭に、ハリー、ロン、ライジェルは嘆きのマートルのいる女子トイレへと向かった。

「ハーイ、ハリー。そっちの二人は初対面ね」

 マートルはハリーに挨拶した後ちらりとライジェルとロックハートを見て、またハリーに向き直った。

「マートル、君が死んだ時の話を聞きたいんだ」

 ハリーがそう言うと、マートルはものすごく楽しそうな、嬉しそうにも見える顔をした。

「オォォォゥ、怖かったわ。まさにここだったの。この子部屋で死んだのよ。よく覚えてるわ。オリーブ・ホーンビーがわたしの眼鏡のことをからかったものだから、ここに隠れたの。鍵をかけて泣いていたら、誰かが入ってきたわ。何か変なことを言ってた。外国語だった、と思うわ。とにかく、いやだったのは、しゃべってるのが男子だったってこと。だから、出ていけ、男子トイレを使えって言うつもりで、鍵を開けて、そして────死んだの」

 マートルは何故か偉そうに胸を張った。

「どうやって?」
「わからない。覚えてるのは大きな黄色い目玉が二つ。身体全体がギュッと金縛りにあったみたいで、それからふーっと浮いて……そして、また戻ってきたの。だって、オリーブ・ホーンビーに取っ憑いてやるって固く決めてたから。ああ、オリーブったら、わたしの眼鏡を笑ったこと後悔してたわ」

 何故マートルが死んだことをこんなにも楽しそうに話すのか、ライジェルには理解ができなかった。だって、死んだのに。

「その目玉、正確にいうとどこで見たの?」
「あのあたり」

 ハリーの問いに、マートルは小部屋の前の、手洗い台のあたりを漠然と指差した。ハリー、ロン、ライジェルはすぐに手洗い台に近寄った。手洗い台は何ら不自然なところのない至って平凡なものだった────蛇口の脇に、小さな蛇のような形が彫ってあることを除けば。

「ハリー、何か言ってみろよ。何かを蛇語で」

 ロン達が見つめる中、ハリーは口を開いた。

「開け」

 だがハリーの口から出てきたのは、普通の言葉だった。ハリーはもう一度蛇の彫り物を見て、口を開く。

「────」

 今度は、シュー、シャーという人の言葉ではない不思議な音だった。すると、大きな音をたてて洗面台は動き出した。見る見るうちに手洗い台は沈み込み、人が一人入れるくらいのパイプが姿を現した。

「先に降りろ」

 ライジェルは杖でロックハートを脅す。

「君達、それが何の役に立つと言うんだね?」

 ロックハートが何とか尋ねるが、ハリーとライジェルは問答無用とばかりに杖でロックハートの背中を小突き、ロックハートは情けない叫び声をあげて滑り落ちていった。そして、ハリー、ロン、最後にライジェルが中へと滑っていく。
 中はじめじめとしていた。ライジェルはしばらくトンネルを滑り落ちていたが、やがて出口に出ようとしたところで座り込んでいたロンの背中にぶち当たった。

「学校の何キロもずーっと下の方に違いない」
「湖の下だよ。多分」

 ハリーとライジェルは、杖で明かりをつけ、四人は歩き出した。歩いているトンネルには小動物の骨がそこらじゅうに転がっている。

「ハリー、あそこに何かある……」

 ロンの示す方には何か大きな何かがトンネルを塞ぐようにあった。動く気配はない。

「なんてこった」

 それは、巨大な蛇の抜け殻だった。ゆうに六メートルを越すであろう大きさの抜け殻に、ハリー達は呆然とした。不意に、何かが動いた。ロックハートが腰を抜かしている。

「立て」

 ロンが杖を向けたままロックハートに近寄る。あまり近づきすぎるな、とライジェルが警告しようとするも、それは無駄だった。ライジェル達が反応する前に、ロックハートがロンに飛び掛かって杖を奪ったのだ。

「坊や、お嬢ちゃん、お遊びはこれでおしまいだ!私はこの皮を少し学校に持って帰り、女の子を救うには遅すぎたとみんなに言おう。君達三人はずたずたになった無残な死骸を見て、哀れにも気が狂ったと言おう。さあ、記憶に別れを告げるがいい!」

 ロックハートはハリー達に杖を向け、にやりと笑んだ。そして、

「オブリビエイト!」

 呪文を唱えた瞬間、爆発した。

「エクスペリアームス!」

 隙は逃すまいと、ライジェルはロックハートがいるであろう場所に武装解除魔法をかける。だがロックハートの起こした爆発で、トンネルの天井が崩れ落ちてきた。次の瞬間、ライジェルはロックハートとロンの姿は確認できたが、ハリーの姿は見えなかった。

「ローン!ブラック!大丈夫か?」

 岩の向こうからハリーの声が聞こえる。どうやら無事なようだ。

「ここだよ!」

 ロンはハリーに返事をする。

「私も無事だ。ロックハートは……吹っ飛ばされてる」

 どうやら爆発の原因はロンの杖らしい。セロテープでとめてあるロンの杖を見て、今年一年間この状態で授業を受けてきたのかとライジェルは呆れる。

「そこで待ってて。僕が先に進む。一時間経って戻らなかったら……」

 沈黙が流れた。

「私達はできるだけこの岩を何とかしてみる。ロックハートの見張りも任せろ」
「うん。そうすれば君が──帰りにここを通れる。だからハリー──」
「それじゃ、また後でね」

 ライジェルに続けたロンの声を遮って、ハリーの震える声が聞こえた。そして、足跡が遠ざかっていく。

「とりあえず、魔法で岩を粉々にするのは危険だ。手作業の方がいい」

 ライジェルはそうロンに言い、ちらりとロックハートをみやる。ロックハートはぼーっとしていたが、はっとしてライジェルの顔を見た。

「やあ」
「…………」

 どこか調子外れなその声に、ライジェルもロンも唖然とした。

「面白いところだね、ここは。何かのアトラクションかい?」

 あたりを見回すロックハートに、ライジェルはぴんときた。

「……ウィーズリー、この前マルフォイにかけようとした魔法、逆噴射してお前にかかったのか?」
「ああ、うん。……もしかして、」

 ライジェルとロンは同時にロックハートを見る。

「逆噴射、したな」
「……今回ばかりは、杖が壊れててよかったよ」

 とりあえず、ロックハートがまた襲ってくる可能性はなくなった。ロックハートをどこか適当な邪魔にならない場所に追いやり、ライジェルとロンは二人で岩やら石やらを脇に取り除き始めた。途中から疲れの見えてきた二人は、片方が岩を天井にも床にもつかずに浮かせ、もう片方がそれを粉砕するように魔法を使い始めた。もしかしたらまた崩れるのではないか、と危惧していた二人だったが意外にもそのやり方はよかったらしく、段々と道が開けてきた。

「なあ、ハリー遅くないか……?」
「……多分向こうにはバジリスクがいる。だがポッターならきっと大丈夫だ。私達は信じて待つしかできない」

 二人がしゃべりながらも作業を続けたおかげで、一時間が経とうとした頃には向こう側に通じる大きな穴ができた。これはライジェルにもロンにも希望を与えた。

「後は、ハリーが来るのを待つだけだ」

 ────ロンがそう言ってから間もなく、ハリーはジニーを連れて出てきた。

「ジニー!」

 ロンは今にも泣きそうな声で妹の名前を呼んだ。ハリーの来た方から、美しい鳥が羽ばたいてやってきた。

「おいで」

 ライジェルが腕を伸ばすと、鳥はその腕に掴まり、ハリーに長い金色の尾羽を振る。

「つかまれって言ってるように見えるけど、でも鳥が上まで引っ張り上げるには、君は重すぎるな」

 ロンがそう言ったが、ハリーははっとした。

「フォークスは普通の鳥じゃない。みんなで手をつながなきゃ」

 だがジニーは力無く座り込んでいて、ロンは先ほどロックハートに飛び掛かられてジニーを抱えるだけの力の余裕はないようだ。ハリーもぼろぼろで、きっと自分がつかまるだけで精一杯だろう。

「ウィーズリー、……妹の方だ。ほら、つかまれ」

 ライジェルはジニーを抱き起こし、自分の首に手を回すように言った。そして、ハリー、ロン、ロックハート、ジニーを抱えたライジェルの順でつかまった。ライジェルはロックハートにつかまりたくはなかったが、ライジェルとジニーはスカートだからしょうがない。ライジェルは、左腕をジニーの腰に回して落ちないように固定し、右手でロックハートの足首をしっかりとつかんだ。フォークスが五人につかまれているというのに軽々と飛ぶ姿を見てライジェルは感嘆するが、ロックハートの歓声には小さく、うるさい、と呟いた。しばらくして、五人はマートルのいる女子トイレに出た。

「大丈夫か」

 ライジェルから離れようとしたジニーは立ちくらみのようなものをおこしたのかふらつく。それを見たライジェルはジニーを自身の背に乗るように言った。

「さあ、どこへ行く?」

 ハリー達は、フォークスが導く通り、マクゴナガルの部屋に向かった。


prevnovel topnext

- ナノ -