闇の魔術に対する防衛術の初回授業を一部のスリザリンの生徒、少なくともライジェルは期待など微塵もしていなかった。あの自分の書いた本を教科書代わりにするような目立ちたがりの男がまともな授業なんてできるわけがない。

「ギルデロイ・ロックハート、勲三等マーリン勲章────」

 こりゃだめだ。スリザリン生の男子生徒とライジェルはロックハートの最初の言葉から微かな期待さえなくした。ライジェルの思っていた通り、ロックハートは初回授業から自分の著書の朗読会を始めたからだ。何でも、グリフィンドール生の授業の時にピクシー妖精を教室内に放ち、自身すらピクシーが手に負えなくなって最終的に教える対象である生徒達に後始末を丸投げしたらしい。ろくな男じゃないと思ってはいたがここまでの能無しとは思わなかった、とライジェルはロックハートの本すら開かずに、持ってきた本を読み進めることにした。自習したり読書した方が時間を有効に使えるというものだ。隣の席のパンジーはなぜかロックハートに目を向け頬を染めていて、悪趣味、とライジェルは思いはしたが何も言わなかった。

「……で、私はその時にこう言ったんです。美しいお嬢さん、私は闇の魔術を駆逐することに生涯を捧げると決めたのです。ですから────えーっと、ミス・ライジェル・ブラックでしたかな?そこで本を読んでいるチャーミングな顔の君は」

 一瞬のうちに、ライジェルの肌にぞわりと鳥肌が立った。チャーミング、チャーミング、チャーミング────。ライジェルの頭の中にロックハートの言葉が反響し、ライジェルは途端に気分が悪くなる。

「いけない子ですね、私の話を聞かないとは。後でもう一度聞かせてほしいと言われても、話してはあげませんよ」

 誰が聞くか。ライジェルはロックハートに聞こえないように小さく毒づく。

「それとも、そこまで聞かなくても私のことを知り尽くしているという解釈でいいですか? 確かにこの話は私の書いた、狼男との大いなる山歩きの裏表紙に書いてあります。隅から隅まで本当に本を調べ尽くした人にしかわからないこれを知っていたとは、ライジェルは相当のギルデロイマニアというわけですね」

 ライジェルは狼男との大いなる山歩きの本のカバーを取り去って裏表紙を見る。そこにはご丁寧にも細かな字で話が書いてある。嫌悪を通り越して、もはやライジェルはロックハートに呆れていた。

「すみません。この話の続きが本当に知りたかったので、つい話も聞かずに読み進めてしまったんです。ロックハート……先生が期待して下さったような訳ではないですから、マニアなどとは……」

 ライジェルはわざとらしい態度でロックハートに謝罪した。ついでに、勝手にロックハートマニアなどという果てしなく存在価値の見出だせないものにされてたまるか今すぐ取り下げろ、という思いもオブラートに包んで伝える。

「いや、いいんですよライジェル。そんなに恥ずかしいのですか?」

 貴様の存在自体が恥だとどうしてわからない。ライジェルはまたも脳内で罵倒する。

「ですから────」
「ライジェル、ライジェル。恥ずかしがらなくてもいいんですよ。むしろ君はそれを誇りに思うべきだ。グリフィンドールのミス・グレンジャーも君と同じくギルデロイマニアだが、彼女はそれを喜んでいるのですよ。だから君も胸を張りなさい」

 黙り込むライジェルに、教室内の全ての生徒が、ライジェルがげんなりしてもはや言い返す気力もないことと理解した。ロックハートには何を言っても通じない、彼の頭には都合の言いように見聞きした情報を変換する装置でも埋め込まれているのではないか。ロックハートを見る目をハートにさせていた女子生徒でさえ、ライジェルに同情の視線を送る。ロックハートはライジェルが同意したのだと勝手に思い込み、また話を続けた。
 夕方、全ての授業を終えて寮に戻ったライジェルは、ふらふらと談話室のソファーに座り込んだ。ロックハートに精気を取られた気がする。これから闇の魔術に対する防衛術の授業の度にあれと付き合わなければならないのだ。ライジェルは盛大にため息をついて、うなだれた。

「ライジェル、大丈夫……じゃなさそうね」

 パンジーが隣に座ってライジェルの肩に手を置く。

「これで大丈夫だったらむしろおかしいくらいだ……」

 ライジェルがパンジーに返事をした時、ライジェルの元にドラコが歩いてきた。

「ブラック、疲れているところ悪いが、クィディッチに興味はないか?」
「クィディッチか?」

 ライジェルは頭を上げてドラコの顔を見る。

「まあ、興味がないわけではないが……」
「なら明日の朝、クィディッチの練習を見に来るか?今年スリザリンのシーカーに僕が選ばれたんだ。練習を見て元気が戻るならいいんだが」

 ライジェルは少しの間ぽかんと呆けていたが、ドラコが精神的に疲れた自身を元気づけようとしてくれたことにくすりと笑んだ。

「ああ、そうさせてもらおう。チームのキャプテンには言わなくていいのか?」
「それは僕から伝えておこう。僕らの箒はあのニンバス2001だ、ポッターのニンバス2000みたいな棒きれなんかよりも性能はずっと上だ」

 ふふん、とドラコはハリーのニンバス2000を嘲笑った。
 次の日の朝、ライジェルは日が昇るずっと前に目を覚ました。ドラコは朝練習すると言ってはいたが、何時から練習するかは言われていない。ライジェルは制服に着替え、談話室に言った。まだドラコ達はいなくて、いるのはライジェル一人だ。とりあえず勉強でもしながら待つか、とライジェルは基本呪文集を開いて読み耽った。闇の魔術に対する防衛術の授業ではまともに杖一つ使わない。呪文学の教科書からでも何か闇の魔術に対する防衛術の勉強はできるはずだ。──ドラコ達は、日の出とほぼ同じ時刻に談話室に現れた。時計を見ると、ライジェルが起き出してきてから二時間が経っている。

「おはよう、ブラック。昨日のあれはもう大丈夫か?」
「ああ、眠ったら少し気分はよくなった。今日はあれの授業がなくてよかった」

 ドラコはロックハートからの精神的ダメージを心配したが、ライジェルは手をひらひらと振って問題ないということを示した。キャプテンのフリントは練習を見るライジェルに特に何も言わず、既にドラコが話してくれたのだとライジェルは悟る。ドラコ達についてグラウンドに行った。だがそこには既に先客がいた。グリフィンドールチームだ。

「フリント! 我々の練習時間だ。そのために特別に早起きしたんだ!今すぐ立ち去ってもらおう!」
「ウッド、俺達全部が使えるぐらい広いだろ」

 箒からウッドが降りてフリントに噛み付くように怒鳴るが、フリントはずるい笑みを浮かべて答える。

「こっちにはスネイプ先生が、特別にサインしてくれたメモがあるぞ」

 フリントはへん、と得意げに笑った。

「どちらに練習権があるかは、まあ一目瞭然だな」

 ライジェルが呟くと、ウッド達はライジェルを睨む。そこにロンとハーマイオニーが来ると、ドラコはロンにニンバス2001を見せびらかした。

「いいだろう? 父様が買って下さったんだ」

 ロンは口をあんぐりと開けた。

「少なくとも、グリフィンドールの選手は誰一人としてお金で選ばれたりしてないわ。こっちは純粋に才能で選手になったのよ」

 ハーマイオニーがドラコにきっぱりと言う。するとドラコの顔が歪んだ。

「誰もお前の意見なんか求めてない。生まれ損ないの穢れた血め」

 ドラコがそう言った途端、フレッドとジョージがドラコに飛び掛かり、アリシアは非難の声をあげた。ロンはテープでぐるぐる巻きにした杖を取り出してドラコに向ける。だがロンが放った閃光は本来とは逆の、ロンの持っている側から放たれ、ロンは口からなめくじを吐き出してハリー達に連れられて去っていった。もはやグリフィンドールの練習が続くことはかなわない。ドラコ達は笑い転げていた。

「ああ、おかしい!ウィーズリーのあのざまを見たか、ブラッ……」

 ドラコは腹を抱えて笑いながらライジェルの方を向く。だが、ライジェルを見てドラコの笑いは引っ込んだ。

「…………」

 ライジェルは、無表情だった。感情を出すことなく、じっとドラコ一人を見ていた。彼が四つん這いになっていたのもあり、ドラコにはライジェルが見下しているように見える。

「おい、ブラック……?」

 恐る恐るドラコが尋ねると、ライジェルはドラコを一瞥してくるりと身体の方向を変え、早足でグラウンドを出ていく。

「ちょっ、ブラック!」

 ドラコが呼び止めるが、ライジェルは反応しない。やがて、グラウンドにはいまだに笑い転げるクィディッチのメンバーと、ライジェルが何故出て行ったのかわからないドラコが残された。

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