「父様、どうするおつもりですか」

 ライジェルは前を歩くレギュラスに尋ねた。

「煙突飛行を使うのがいいだろう。ほら、鞄は私が持つ」

 ライジェルの大きめの鞄は、レギュラスの手に取られる。ライジェルが家でどうにかして荷物を小さく二つにまとめてきたおかげで、ライジェルはその小さな方を持つだけとなった。

「煙突飛行粉の使い方は教えたな」
「はい、大丈夫です」

 なら行くぞ、とレギュラスは地下八階のエントランスホールへとライジェルを連れて歩いた。エントランスホールには、魔法省への通勤のための暖炉が幾つも取り付けられている。が、こんな昼間に来るような人はいなくて、暖炉の近くは閑散としている。レギュラスはスーツの内ポケットから袋を取り出した。袋の中には煙突飛行粉が入っている。

「私と同じことを言いなさい。ホグワーツ魔法学校、魔法薬学研究室」

 煙突飛行粉一掴みを投げ入れて緑色に変化した暖炉の中の炎に、レギュラスは暖炉の中に入り、姿が消える。ライジェルもすぐに暖炉に、ホグワーツ魔法学校の魔法薬学研究室と言って中に進んだ。出てきた先は、薄暗い部屋だった。たくさんの薬草や小動物の干からびたものなどがある。どうやら成功したようだ。

「着いたか、ライジェル」

 先に着いていたレギュラスは、またホグワーツの城の中を歩き始め、ライジェルもそれに続いた。まだ生徒のいないホグワーツは不気味なほど静かで、唯一階段の動く音だけが響く。レギュラスはまっすぐに職員室へと歩いていた。レギュラスはホグワーツに来るのはほぼ十数年ぶりだというのに、迷うことなくまっすぐに職員室へ着いた。

「失礼する」

 レギュラスはためらいなく職員室に入り、ライジェルもその後ろから入った。

「まあ、あなたは……」
「ライジェル・ブラックの保護者、レギュラス・ブラックだ」

 応対したマクゴナガルが、思いもよらぬ客が来たことへの驚きに息を飲む。

「今朝ライジェルがキングズクロス駅の九と四分の三番線に入れなかったらしい。仕方がなく私が送り届けることにした。ライジェルはわざわざホグワーツ特急に乗らないほど愚かしい真似などしないので変に疑うことはしないでいただきたい」

 レギュラスは説明しながらライジェルをちらりと見る。ライジェルは深く一度頷いた。

「そうですか、わかりました。後で入れなかった理由は調査します。ブラック、あなたは先に寮へ向かいなさい。合言葉は、純血、ですよ」

 マクゴナガルは、今の話をダンブルドア校長にお話ししてきます、ときびきびと歩いて行った。

「では私は戻る」

 レギュラスは職員室を出た廊下で、ライジェルに背を向ける前に目をじっと見た。

「ライジェル、いつも言っているが、ブラック家の名に恥じない行いをしろ。必要があれば、ドラコ君の助けにもなれ」
「はい」

 ライジェルが力強く返事をすると、今度こそレギュラスは振り返ることなくまた地下牢の方へと歩いて行ってしまった。

「純血」

 扉の前で寮の合言葉を呟くと、壁に隠された石の扉が開いた。ライジェルはまっすぐに寮の自室へ直行する。二ヶ月ぶりの部屋は全く変わってはいなくて、ライジェルはふっと身体の力が少し抜けたような気がした。そのまましばらくぼうっとしていたライジェルだったが、時間は無駄にするべきではないと、さっさと身の回りのものの整理を始めた。制服を洋服箪笥にしまい、教科書を並べる────ロックハートの本は、床にタワーのように積み上げていたが。それから宿題の見直しや授業の予習をして、日も落ちた頃にライジェルは自分を呼ぶパンジーの声が聞こえたような気がした。談話室に行くと、荷物を抱えたパンジーが嬉しそうな顔でライジェルを見る。

「ライジェル、ああ、よかった! ホグワーツ特急のどのコンパートメントにもいないし、ドラコも知らないって言うの。もしかして何か事故でもあったんじゃないかって、どうしようって思ったわ」
「すまない。とりあえず、荷物を運ぶぞ。話はそれからだ」

 ライジェルはパンジーの荷物を一つ持ち、部屋へと運び入れた。パンジーの用意を手伝いながら、ライジェルは今日のうちに何度も言ったのと同じ内容の話をパンジーにも話す。途中からパンジー以外の同室者も入ってきて、ライジェルは何度も同じことを話すはめになった。

「そんな、九と四分の三番線に入れなかったなんて……」

 同室の他の女子生徒が口に手を当てる。

「それで、ライジェルはどうやって来たの?」
「父と煙突飛行で来た。それが一番早いらしい」

 ライジェルが問いに答えると、パンジー達は少し笑顔になった。

「ライジェルのお父様って、レギュラスさんでしょう? 魔法省でもすごく地位が高いってパパが言ってたよ」
「それにハンサムとも聞いたことがあるわ。かっこいいお父様なんて、羨ましい」

 かっこいい父親は女の子にとっての夢で、ライジェル自身レギュラスを父に持っていることはライジェルの中でも一番の自慢だ。

「学生時代はクィディッチのスリザリンチームのシーカーだったらしい。私も写真を見せていただいたが、とても格好よかったな」

 ライジェルの言葉に、パンジー達はほう、と羨望のため息をつく。それからライジェルはもうすぐ歓迎会が始まるからと私服から制服に着替え、パンジーと共に大広間に向かった。歓迎会は去年とほとんど変わらず行われた。一年生の組分けで、ライジェルはロンの妹のジニーを見つけた。ジニーは燃えるような赤毛で、ロンの顔とは違ってなかなかの美少女だ。ジニーがグリフィンドールにわけられたのを見て、ライジェルはふと車に乗って行ったハリーとロンのことを思い出した。グリフィンドールの席に目をやるが、二人の姿は確認できない。変なところに不時着でもしたのか、だからやめておけと言ったんだ、とライジェルはこの場にいない二人に呆れの言葉を吐いた。食事の時間になって、ライジェルはようやく教員席にスネイプの姿が見えないことに気がついた。

「パンジー、スネイプ教授の姿が見えないが、どうしたんだろう」
「知らないわ。おおかた校内の見回りでもしてるんじゃないのかしら」

 ライジェルの左隣りのパンジーはあまり興味がないようで、前においてあるチキンを皿によそっている。知らない間にライジェルの右隣りに席を陣取っていたドラコにもそれはわからないらしかった。

「ブラック、これを見てくれ。とんだ笑い話だぞ」

 ドラコはライジェルに一枚の新聞記事を手渡した。そこには、非魔法族数人が空を飛ぶ車を見たとのことが書いてある。馬鹿者、ライジェルはハリー達に内心で呟いた。

「こんな馬鹿な真似をした魔法使い、とっとと捕まってしまえばいいんだ。こんなことをした馬鹿の親の顔を見てみたいものだ」

 ドラコはこの記事の張本人がハリーとロンだとはまだ知らないようだ。ライジェルの頭の中に、アーサー・ウィーズリーの顔が思い浮かぶ。息子がこんな馬鹿な真似をしたなんて、相当なショックを受けているだろう。
 次の日、ロンがもらったモリーからの吠えメールでドラコが爆笑して、その内容が、ライジェルのように大人の助けを借りるか、ふくろうで手紙を書くくらいのまともな判断をしろ、というものでライジェルはロンに怨みがましい目で見られた。だが自業自得だ、とライジェルは気にすることは一度もなかった。

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