九月一日の午前十時五十分、ライジェルはキングズクロス駅の九と四分の三番線へ入る壁へ小走りで向かっていた。ブラック家の屋敷を出てからライジェルは宿題のレポートを忘れたことに気づいて戻り、時間を余分に使ってしまった。レギュラスは魔法省に出勤してしまっていて、姿現しのできないライジェルは自力で戻らなければならなかったのだ。急がなければ、もうすぐホグワーツ特急が出てしまう。────だがその壁の前についた時には、壁の前にハリーとロンが転がっていた。荷物やヘドウィグは投げ出されている。

「君達、一体全体何をやってるんだね?」
「カートが言うことを聞かなくて」

 駅員に言い訳をしたハリーは、ロンとこそこそと話し合った。

「なんで通れなかったんだろう?」
「さあ──」

 ライジェルはそっと二人に近づいた。

「ポッター、ウィーズリー、何をしている」

 ハリーとロンは同時にライジェルを見た。途端にロンの顔が歪む。大方、この間のフローリシュ・アンド・ブロッツ書店でレギュラスの言った、つぎはぎだらけの家という言葉を未だに根に持っているのだろう。

「ブラック、僕達、ホームに入れないんだ。他の人達は入れてたのに僕達だけ……」
「入れないなんて、そんなことが……」

 ライジェルは壁を触って確かめる。壁はライジェルを通さずに、硬いままだ。その時、無情にも駅の時計が午前十一時を告げた。

「行っちゃったよ」

 ロンが情けない声で漏らす。

「どうする?パパとママが戻ってくるまでどのぐらいかかるかわからないし」

 見渡すと、ライジェル達を見ている人がまだいる。ヘドウィグが大きな音をたてているからだろう。

「ここを出た方がよさそうだ。車のそばで待とう。ここは人目につきすぎるし──」
「ハリー! 車だよ!」

 ハリーが何気なく言った言葉に、ロンは何かをひらめいた。

「車がどうかした?」
「ホグワーツまで車で飛んでいけるよ」

 こいつは何を言っているんだ。ライジェルは呆れながらロンを見た。

「馬鹿かお前は。未成年の魔法使いは──」
「緊急事態以外には魔法を使っちゃいけない。でも本当に緊急事態だから魔法を使ってもいいんだよ」
「君、車を飛ばせるの?」

 ロンとハリーは興奮していたが、ライジェルだけは冷静だった。車を飛ばすだなんて、ウィーズリーは気は確かなのか。

「悪いことは言わない、やめておけ。少なくとも私は絶対に乗らないからな」
「ならそうすればいいだろ。行こうぜ、ハリー」

 ロンはハリーを引っ張っていこうとした。が、二人の後をライジェルもついてきた。

「何だよ!」
「私だっていつまでも混雑したあそこには居続けるわけにはいかないからな」

 三人はウィーズリー家の車のところまで戻ってきた。ロンとハリーが車に荷物を詰めるのを、ライジェルは黙って見ていた。今の二人に何を言っても聞きやしないだろう。

「……馬鹿者」

 ライジェルはそのまま、ハリーとロンが車を出して飛ばすまで何一つ口を開くことはなかった。数十分経って、ライジェルのいる場所にアーサーとモリーが歩いてきた。

「……我が家の車はどこだ」

 全く予測していなかった事態に頭が正常に働かないのか呆然とするアーサーに、ライジェルは近づいていった。やはりこんな時は、大人に頼るのが懸命だ。

「すみません。もしかしたらですが──ウィーズリーさんですね?」

 アーサーとモリーは、固まったままの顔をライジェルに向けた。

「私、九と四分の三番線に入れなかったんです。その──何故だかはわからないんですけど。それで私、ここに来る時にウィーズリーさんがここにあった車で来ていたのを偶然知ってたんです。だからお願いします、助けて下さい」

 ライジェルは、ドラコやパンジーが聞いたら仰天してしまうほどいつもとは違うしおらしい態度と敬語でアーサー達に話した。こんな時に無礼な態度をとっていたら助けてなんてもらえない。アーサーは、少し経ってから口を開いた。

「君──うちの車を知っているかい?」

 彼はライジェルをあからさまに疑っている様子はなかったが、それでも聞かずにはいられなかったらしい。

「──わかりません」

 ライジェルは、嘘をついた。本当は知っているのだが、正直ここで面倒なことにはなりたくない。どうせ非魔法族には見られていたのだから、二人の耳に入るのもすぐだろう。

「そうか……。えーっと、助けるんだったね」

 アーサーはまだ頭の中を整理できていないようだ。だがモリーは優先順位をライジェルを一番と判断したようで、ライジェルに向き直った。

「わかったわ。あなた、名前は?」

 ライジェルは一瞬、言うのをためらった。先日レギュラスはルシウスの味方をして、ウィーズリー家を小馬鹿にした言葉も口にした。だが、ライジェルはその場で二人には見られてはいなかった。あの現場にいなかったように上手く言いくるめれば、いけるかも知れない。

「ライジェル……ライジェル・ブラックです」

 ライジェルの思った通り、名字を聞くとアーサーとモリーは目を見開いた。

「あの、ブラックかね? すると、君の父親はレギュラス・ブラックかね?」

 怒りを半分あらわにしたアーサーにライジェルは内心焦りながらもわけがわからないというかのように首を傾げる。

「はい、レギュラスは私の父ですが……父が何かしましたか?」
「アーサー、相手は子供よ。それにあの時私達はこの子を見てないわ。抑えて」

 ライジェルの態度から、モリーはアーサーにライジェルの弁護をする。どうやらモリーは母性からか、ライジェルを守ろうとしてくれているらしい。だがアーサーはまだライジェルに不審な目を向ける。

「では聞くが……君は教科書をいつ誰と買いに来たかね?」
「あの……それが私、買いに行こうとした日に熱を出してしまって、父がフローリシュ・アンド・ブロッツ書店に買いに行ってくれたんです。……ああ、まさかその時に、父がウィーズリーさんに何かしましたか……?」

 またもやライジェルは猫を被って嘘をついた。だが今度はアーサーも納得したようだった。

「……そうだな、父親はあれだが子供に罪はないな。わかった、私が君を魔法省まで連れていこう。君の父を呼べば、とりあえずは何とかできるだろう」
「すみません」

 ライジェルがまたもやしおらしく頭を下げれば、アーサーもモリーも頷いた。よかった、これで学校に行ける。
 モリーと別れ、アーサーとライジェルが魔法省に着くと、二人は目立っていた。魔法省でも異端のマグル製品不正使用取締局に勤める赤毛の男が連れているのは、彼とは髪の色も目の色も顔の造形も何もかも似つかない十歳前後の少女。人目を引かないわけがなかった。

「魔法法執行部のレギュラス・ブラックを呼んでくれるかね。娘が来ていると」
「承知致しました」

 レギュラスが二人の元に現れたのは、それから間もなくのことだった。

「ライジェル、どうしてここにいる」

 レギュラスはアーサーが目に入らないかのようにライジェルの元へ早足で駆け寄る。ライジェルは、何故か九と四分の三番線ホームに入れなかったこと、どうしようもないからとりあえずアーサーとモリーに頼ったことを話した。

「ホームに入れなかった……その話は本当なのか」
「ホグワーツ特急に乗らないなんて面倒なこと、わざわざしません」

 レギュラスはライジェルの話に首を傾げたが、すぐさま受付係に何かを話す。受付係が頷いたのを見て、レギュラスはライジェルに向き直った。

「わかった、私がホグワーツまで連れていこう。スリザリンの寮監は、スネイプだったな。もし問われたとしても、私が話をつける」
「ならば私の役目は終わりのようだ」

 ここでレギュラスはようやくアーサーに目を向けた。

「偶然お前が娘を見つけることがなかったら、娘は今頃立ち往生していただろうな。礼は言っておく」

 それだけ言うと、行くぞ、とレギュラスは歩き出した。ライジェルはアーサーにもう一度目礼して、レギュラスの後についていった。

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