「レギュラス、ドラコとライジェル嬢を連れて先にフローリシュ・アンド・ブロッツ書店へ向かってくれ。私は他に用事がある。すぐに戻る」
「ああ、わかった。ライジェル、ドラコ君、先に行くぞ」

 ボージン氏との話を終えた後に、ルシウスはライジェルとドラコをレギュラスに託し、ノクターン横町のより奥に入って行ってしまった。残されたレギュラスはライジェルとドラコの肩を抱いて、ノクターン横町からダイアゴン横町へと出た。

「父上は何をしに行ったのか、何か聞いておりますか、レギュラス叔父上」
「ああ、知っている。だがお前達は知らなくていいことだ」

 レギュラスはそこで話を終わらせたいようで、ライジェルとドラコは口をつぐんだ。ダイアゴン横町は新学期の買い物をしているホグワーツの生徒らしき少年少女で賑わっていた。高級クィディッチ用具店のウインドウには新作の競技用の箒が飾られている。名は、ニンバス2001。

「ニンバス系の最新型か。確かに2000と比べて柄がより滑らかになっているな」

 ウインドウに飾られているニンバス2001を見ながらレギュラスが呟く。昔クィディッチをやっていただけあって、今でも箒を見る目は健在らしい。

「だが値段はそれ相応らしい。去年のニンバス2000より若干高額だろうな」

 それだけ性能はいいんだろうが、と続けたレギュラスは、いくぞ、と二人を先に促す。また歩き出したライジェル達だったが、ドラコはニンバス2001に対して何かを考え込んでいるようだった。フローリシュ・アンド・ブロッツ書店はいつもよりも客で賑わっていた。それも、客は女性ばかり。何かやっているのかとライジェル達は不思議に思う。

「そこのご婦人、何故このようになっているのかご存知で?」

 レギュラスは近くで列に並んでいるらしい身なりのいい中年の女に尋ねる。列に並んでいた女はレギュラスに目を向けると、レギュラスの美貌に一瞬、あら、と見とれた。ライジェルは自分の父親をそういう目で見られて面白くなく、女をじとりとした目で軽く睨む。

「今、たくさんの素晴らしい本を書かれたギルデロイ・ロックハート様がいらしてサイン会をやっているのよ」

 女は熱っぽい視線をギルデロイ・ロックハートがいるであろう方向に向ける。

「ギルデロイ・ロックハート? 聞いたことがないな」

 ライジェルが呟くと、女は信じられないと言うかのような顔をライジェルに向ける。

「それはあなた、世間を知らないというものよ! 彼はこんなにも素晴らしくてかっこいい方なのに!」

 女はライジェルにそう言うと、列が前に進んだために前へ言ってしまった。

「ライジェル、あんな女のことは気にしないでいい。私に言わせれば、あの女の方こそ無礼者で世間知らずだ」

 レギュラスは小声でそう言ってくれはしたが、ライジェルは釈然としないままだ。ギルデロイ・ロックハートのことはわからないが、とりあえず今年度の闇の魔術に対する防衛術などの教科書を買うために本を持ち、列に並んだ。いや、並ばざるを得なかったのだ。そうでもしなければ、奥に進めそうにない。ドラコは人混みは嫌だと言って、並んでいるのはライジェルとレギュラスだけだ。何の因縁か、闇の魔術に対する防衛術の教科書はほとんど、ギルデロイ・ロックハートの著書だった。中にはこんなものが教科書になるものかと思ってしまうほどの本さえある。

「奥様方、お静かに願います……押さないで下さい……」

 困ったような店員の声が聞こえた後、ようやくロックハートの姿が見えてきた。が、ライジェルは顔をしかめる。ライジェルとレギュラスの目の前で、ちょうどハリーとロックハートが写真を撮られていたから。

「何をやってるんだあいつは……」

 ハリーは何故か汚れた姿で、隣のロックハートらしき人物はそれにも気にせずカメラに向かって白い歯を見せていた。ライジェルの周りでは女性客が彼に熱い視線を送っている。ライジェルはロックハートに冷めた目を向けた。あんな男のどこに惹かれるのか理解できない。他の客は彼の顔に惹かれているのだが、ライジェルはブラック家の者だ。レギュラスやナルシッサというロックハート以上の美貌を見ながら育ってきたのだ、外見でロックハートには何一つ感じるものがない。それに、いくら顔が良くてもロックハートは中身が残念すぎる。簡単に言うと、ライジェルはロックハートを好きにはなれないのだ。

「……父様、あれより父様の方が断然に素敵です」
「ありがとう、ライジェル」

 レギュラスもロックハートには呆れているようだ。ライジェルの並んでいた列の先にはどうやら支払い場はないようで、ライジェル達はさっさと列を抜け出て近くにいた店員に勘定を頼んだ。店員はこれに疲れ果てていて、今すぐにでも倒れてしまいそうだ。

「……九月……ホグワーツ魔法魔術学………闇の魔術……する……担当教授………受け……」

 ライジェル達が背を向けているロックハートの方から、恐ろしい言葉が聞こえたような気がした。

「……彼は今何と?」

 レギュラスが店員に尋ねる。

「ああ、彼、闇の魔術に対する防衛術の教職についたんですよ。ホグワーツのね」
「……頭が痛い」

 ライジェルはこめかみを押さえた。一年間あれを見て、その上あれから学ばなければならないらしい。今年は去年以上に自主的に自主勉強をしなければならないようだ。

「これは、これは、これは──アーサー・ウィーズリー」

 ライジェルが勘定を終えて外に出ようとした時、別行動をしていたルシウスの声が聞こえた。声の方向に視線をやると、ルシウスともう一人、赤毛の男が睨み合いながら立っていた。

「……ライジェル、ここで待っていなさい。私はルシウスを止めてくる」
「止めるのですか……」
「ああ。ルシウスとアーサー・ウィーズリーは昔から仲が悪くてな。誰かが仲介に入らないといつも乱闘にな──遅かったようだが」

 レギュラスが言い終わらないうちに、ルシウスがアーサーを挑発したのか、アーサーは顔を赤くしてルシウスに飛び掛かり、背を本棚に押し付けた。レギュラスはため息をつき、二人の方に歩いていく。

「ここは貴様のつぎはぎだらけの家ではない。無礼な行動は慎んでもらおうか、ウィーズリー。それとも、そこまでしてウィーズリー家の評判を落としたいか」

 レギュラスは近づくなり、アーサーに冷えた声を放った。先ほどまでライジェルに向けていた優しいそれとは程遠い。アーサーの目がレギュラスに向いた途端、ルシウスは乱暴に自身を本棚に押し付けている手を振り払い、アーサーから離れた。

「ブラック……」
「大丈夫か、ルシウス」
「ああ。どこぞの魔法使いの面汚しがつけて下さったこれ以外はな」

 ルシウスの目には、毒きのこ百科でぶたれた痕があった。レギュラスはアーサーには目もくれず、ルシウスに近づいた。

「ほら、ちび──君の本だ──君の父親にしてみればこれが精一杯だろう──」

 ルシウスは手に持っていた擦り切れた本を赤毛の少女に突き出した。そしてドラコを引き連れて無言でフローリシュ・アンド・ブロッツ書店から去っていった。レギュラスはちらりとライジェルの方を向き、声を出さずに唇を動かし、歩いていく。き、な、さ、い。ライジェルは唇の動きをそう解釈して、ハリー達に気づかれないようにそっとルシウス達の追った。

「マルフォイ家のやつらは骨の髄まで腐っとる。家族全員がそうだ───」

 ハグリッドの言葉にライジェルは拳を握りしめる。直接血は繋がっていなくても、ルシウスはナルシッサの夫だ。酷く言われて平気でいられるわけがない。きっとブラック家のことも色々言われているだろう。それを考えると、ライジェルは腹の底にある何かが暴れだし、何かに当たり散らしてしまいたくなる衝動にかられた。

「来たか、ライジェル」

 書店の外で待っていてくれたレギュラスの声に、ライジェルは俯いていた顔を上げる。近くにルシウスの姿はなく、ドラコもレギュラスと共にいた。

「ルシウス伯父様は……」
「ルシウスの機嫌が悪い時は関わらない方がいい。あれに近づけるのは恐らくナルシッサくらいのものだ。直るまで放っておけ」

 レギュラスの言葉に、ドラコも頷いて同意する。

「さて、ライジェル、ドラコ君。私は一つ向かいたい場所があるが、それが終われば私達の屋敷に戻ろう。ドラコ君、ナルシッサに連絡を入れて夜には君の迎えに来てもらうが、それまでは私達のところにいた方がいいだろう」
「はい」

 ドラコの了承を確認して、レギュラスは歩き出す。三人はレギュラスの用事を手早く済ませ、ブラックの屋敷へ戻った。


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