八月下旬のある日、ライジェルとレギュラスはマルフォイ邸にいた。ルシウスとレギュラスが何やらノクターン横丁に用があるらしく、ついでにライジェルとドラコの学用品を買いに行くのにちょうどいいとのことらしい。

「久しいな、レギュラス」
「例の品を書いた紙は持ってきたか」
「ああ、ここに」

 レギュラスとルシウスは何やらライジェルの知らないことについて二言三言話し合う。

「ライジェルも、久しぶりだ。前に会った時よりも一段とナルシッサに似てきたようだ」
「お久しぶりです、ルシウス伯父様。またお会いできて光栄です」
「ルシウス、お前はナルシッサしか見ていないだろうが」

 ルシウスがライジェルに恭しく挨拶するもライジェルは見事に世辞をスルーし、レギュラスはルシウスに呆れて突っ込む。ナルシッサはルシウスの後ろでにこりと微笑んでいる。正直、淑やかさに溢れる女の鏡たるナルシッサにライジェルが似ているところなどそれほど無いとライジェルは思った。事実、ナルシッサとレギュラスは従姉弟であり、顔が似るほど血縁も近いとは言えないのだ。

「そうね、ライジェルは素敵に成長しているわ」

 ナルシッサの言葉にライジェルは、そんな、と首を横に振った。

「言い過ぎです、ナルシッサ伯母様」
「あら、そんなことはないわよ。ブラック家の血筋は代々美しい者ばかりですもの。このままいけば男が放っておかないでしょうに」

 レギュラスもナルシッサも美貌を持ち得ているからこそ言えることだ、とライジェルは内心で思う。どれだけの人がナルシッサ達の美貌を羨むことか。これだけ美しいナルシッサを妻に持つルシウスはさぞかし幸せ者だろう。

「まあ、もっと女の子らしくできればいいのだけれど、レギュラス、あなたにはそんなことはできないものね」
「どういう意味だ」
「男手一つで育てて、姉妹のいないあなたではライジェルを女の子らしくできるだなんて思えないわ。そもそもあなたに女性らしさなんてわからないでしょう?」
「話はそこまでにして、行くぞ」

 ルシウスの声に、ドラコ、レギュラス、ライジェルは少ない荷物を持つ。ナルシッサは一緒には行かず、マルフォイ邸に残るようだ。
 ノクターン横丁は、昼間にも関わらず薄暗い場所だった。あまり他の者にドラコとライジェルを関わらせたくないのか、前方をルシウス、後方をレギュラスでドラコとライジェルが他の者に見られないようにしながら歩く。ボージン・アンド・バークスの店はノクターン横丁の中でもより暗い店だった。ルシウスは陳列された商品に何気なく目をやりながら店の奥まで入り、その後にドラコ、ライジェルとレギュラスが続く。ルシウスはカウンターのベルを押し、ドラコとライジェルに向かって言った。

「ドラコ、ライジェル、ここの物には一切触れてはいかん」

 ドラコは義眼に手を伸ばしていたが、ルシウスの言葉に手を引っ込める。ライジェルは、やめておけ、と呟く。ルシウスとドラコが競技用の箒を買うだのどうのこうの言っている間、ライジェルは奥にあるキャビネット棚に視線をやった。何か、違和感を感じる。キャビネットの奥に、何か光るものを一瞬見たような気がしたのだ。

「────どいつもこいつもハリーが素晴らしいって思ってる。額に傷、手に箒の素敵なポッター―――」
「ポッターのことなど気にしなければいいものを……」
「同じことをもう何十回と聞かされた」

 ドラコの愚痴めいた呟きに、ライジェルとルシウスが制するような目でドラコを見る。

「しかし言っておくが、ハリー・ポッターが好きでないような素振りを見せるのは、何と言うか――賢明――ではないぞ」
「ああ、その通りだ。特に今は大多数の者が、彼を闇の帝王を消し去った英雄として扱っている。変に敵対心を見せれば周りから浮いてしまう」

 ルシウスの言葉をレギュラスが続けて言った後、猫背の男が、脂っこい髪を撫で付けながらカウンターの向こうに現れた。

「マルフォイ様、ブラック様。またおいでいただきましてうれしゅうございます」

 ボージン氏は髪の毛を同じく脂っこい声を出し、ライジェルは無意識のうちに眉間にしわを寄せる。

「恭悦至極でございます。そして若様とお嬢様まで、光栄でございます。手前どもに何か御用は? 本日は入荷したばかりの品をお目にかけなければ。お値段の方は、お勉強させていただき……」
「ボージン君、今日は買いに来たのではなく、売りに来たのだよ」
「へ、売りに?」

 ルシウスの遮りに、ボージンの顔から笑いが薄らぐ。

「魔法省が抜き打ち立ち入り調査を仕掛けることが多くなった。マルフォイ家にも立ち入る可能性がある、とレギュラスが忠告してくれてな。友人の忠告には耳を傾けるのが懸命だ」

 ルシウスは話しながら内ポケットから羊皮紙の巻紙を取り出し、ボージンが読めるように広げた。行く前に言っていた紙はこれのことだったらしい。

「私も少しばかりの……物品を家に持っておるので、もし役所の訪問を受けた場合、都合の悪い思いをするかもしれない……」

 ボージンは鼻眼鏡をかけ、リストを読んだ。

「魔法省があなた様にご迷惑をおかけするとは、考えられませんが。ねえ、ブラック様にマルフォイの旦那様?」

 ルシウスは口元をニヤリとさせて笑む。

「まだ訪問はない。マルフォイ家の名前は、まだそれなりの尊敬を勝ち得ている。しかし役所は富に小うるさくなっている。マグル保護制定の噂もある――あの虱ったかりのマグル贔屓のアーサー・ウィーズリーの馬鹿者が糸を引いているに違いない――」

 ルシウスが忌ま忌ましいとばかりに顔を歪めるのをライジェルは目にした。他の者にはこんな顔は向けられることはないのに、アーサー・ウィーズリーとやらはどれだけ嫌われているのだろうか。それからルシウスとボージンは何やら物品について話し合い始めた。

「父様は加わらなくていいのですか」
「ああ。私はここには用はない、ただの付き添いだからな」

 ライジェルはレギュラスに尋ねたが、レギュラスは首を横に振って否定した。

「――となれば、見てわかるように、これらの毒物の中には、一見その手のもののように見えるものが――」
「万事心得ておりますとも、旦那様。ちょっと拝見を……」

 その間にドラコは棚においてある何かをニヤニヤと見ているようだった。どうやら、輝きの手をルシウスに買ってもらいたいらしい。輝きの手は蝋燭を差し込むと、それを持っている者だけにしか見えない灯りがともるというものだ。ボージンが嬉々として説明していると、ルシウスは冷たい声で一言告げた。

「ボージン、私の息子は泥棒、強盗よりはましなものになって欲しいが」

 全くだ。ライジェルも内心で思う。ボージンは慌てて言いつくろった。

「とんでもない。そんなつもりでは」
「ただし、この息子の成績が上がらないようなら」

 ルシウスの声が一段と冷たくなる。

「行き着く先は、せいぜいそんなところかもしれん」
「僕の責任じゃない」

 そんな不機嫌なルシウスにドラコは勇敢にも言い返した。ライジェルを初めとする他の者なら絶対にそんなことはしないだろう。

「先生がみんな贔屓をするんだ。あのハーマイオニー・グレンジャーが――」
「私はむしろ、魔法の家系でもなんでもない小娘に、全科目の試験で負けているお前が、恥じ入ってしかるべきだと思うが」

 ドラコは恥と怒りの混じった顔をしている。ルシウスはため息をつく。

「それに比べて、ライジェルはその小娘に劣らず総合では次席だ。女だからと馬鹿にするつもりはない。だが女二人に負けるとは、お前は我がマルフォイ家の長男の自覚が足りないらしい」
「この頃はどこでも同じでございます。魔法使いの血筋など、どこでも安く扱われるようになっていまして――」
「私は違うぞ」

 ボージンが脂っこい声で口を挟むと、ルシウスはきっと鋭い視線をそちらに向けた。

「もちろんでございますとも、旦那様。わたしもでございますよ」
「それならば、私のリストに話を戻そう」

 ルシウスはびしっと言った。

「私達は少し急いでいるのでね。今日は他にも大事な用件があるのだよ」

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