彼からの手紙をライジェルがハーマイオニーから受け取ったのは、じきに第三の課題が選手達に知らされるであろう頃のとある水曜日の放課後のことだった。

「ライジェル、ちょっと来て」

 こそっとライジェルに自身の後についてくるように囁いたハーマイオニーはすぐにすたすたと先を進み、それにライジェルも遅れないように、だが少しだけ距離を空けて歩く。ハーマイオニーの様子から、そうするべきかと判断したのだ。人気の無い場所までくると、ハーマイオニーは腕に抱えていた薬草学の教科書を開き、そこに挟んでいたらしい簡素な手紙をライジェルに手渡した。

「これは、」
「パッドフットからよ」

 パッドフット、すなわちシリウスからの手紙。すぐにはっとしたライジェルに、ハーマイオニーは頷く。

「私はこの中身は見ていないからわからないけれど、彼も自分の素性がばれないようにはして書いているとは思うわ。けれど一応他の人には見られないようにして。誰がいつ彼のことに気づくかわからないから」
「わかった。わざわざありがとう」

 手紙の内容は知らないらしいがそれを詮索しようとすることなくすぐにそこを立ち去ったハーマイオニーに、ライジェルはやはり彼女は聡明だな、と感嘆する。知りたがり屋のパンジーならば無理矢理聞き出すことはしないがそれでも聞きたそうなそぶりの一つは見せるだろう。良くも悪くも、彼女は見て見ぬ振りができない。尤も、パンジーのその性格のおかげでライジェルは去年一年間を独りぼっちで過ごさずに済んだのだが。とりあえずその中身を確認しようと、ライジェルは周りに人がいないか辺りを見回し、自分以外誰もいないのを確かめてから手紙の封を切った。

 ライジェルへ。 今俺はホグズミード村にいる。次の休みの日に、できれば何か食べ物を持って叫びの屋敷の前に来てくれ。 お前の父親より。

「あいつ馬鹿か……」

 実の父を馬鹿呼ばわりしたライジェルの気持ちは、この場に彼らの事情を知っている者──例えばルーピンなど──がいたならば、彼も共感できただろう。未だに指名手配され続けている彼がホグズミード村にいるなんて、自分からわざわざ捕まりに行くようなものだ。ホグズミードにいるのに何か事情でもあるにしろ、多数の生徒のいるホグワーツにこんな手紙まで送ってよこすなんてかなり危険である。はあ、と一つため息をついたライジェルはしょうがないなと思いつつ、だが一年弱振りにシリウスに会えることを少なからず楽しみに 思っていた。





「久しぶりだなライジェル!」
「……父さん、頼むからもう少し危機感を持ってくれ」

 シリウスが身を潜める洞窟に到着してやっと警戒の必要がなくなったライジェルは、久しぶりに顔を合わせた実父に対して早々に頭を抱える羽目になっていた。

「何がだ? ちゃんと犬の姿で迎えに行ったじゃねえか」
「だから、父さんはまだ追われる身なんだから例えアニメーガスの姿であっても軽々しく外なんて出歩くなと──」
「わかった、わかったからやめてくれ。その追い詰めるような言い方、レギュラスそっくりだな」

 あっけらかんと自身の行動を反省する欠片も見せないシリウスに、つい説教のような口調になってしまうライジェル。それは彼を心配する者としては至極当然の反応であるのだが、シリウスはああ嫌だ嫌だと言うかのように頭を左右に振って耳を塞ぐような仕種を見せた。

「父様はこんな責めるような口調はしない」
「お前に対しては、な」

 そんなレギュラスの姿は見たことがないとライジェルはシリウスの言葉を否定するが、間髪入れずにシリウスがまたそれを覆す。

「レギュラスにだって、お前の父親としての顔と俺の弟としての顔くらい使い分けるさ。俺だって親への顔と友人達への──ホグワーツでの顔が別々だったんだ。器用なあいつならそうやって俺以上に人間関係を上手くやってるはずだ」

 それよりも早く食べ物をくれ、かなり飢えてるんだ。そう言ったシリウスにライジェルは此処に来る前にホグワーツのハウスエルフ達に頼んで特別に作ってもらっておいた食べ物を詰めた袋をそっくりそのまま渡した。

「うめえ…………腹に染み入る……」
「大袈裟な……」

 がつがつとサンドイッチやら何やらを口に運ぶシリウスに、ライジェルは食べ方が汚いと指摘しようとしたが、ぼろぼろの身体や味わうこともせずに無心でものを咀嚼して飲み込む様子から見るに、シリウスは本当に飢えた状態だったのだろう。今シリウスが身につけているのは元々レギュラスが持っていた服で、シリウスからすれば少し小さく、また今は春だからまだ良いものの、数ヶ月前の冬を乗り切るにはかなり辛い薄さのものだ。それがもう既にぼろぼろになっているということは────そこまで考えて、ライジェルはもうそれ以上考えるのをやめた。魔法界全てから追われるピークの時期は過ぎたものの、シリウスはあまりに哀れすぎた。

「ふう、食った食った。────で、ライジェル。今からお前を呼んだ一番の目的の話をしたいんだが、いいか」
「っ……は、い」

 ライジェルが持ってきた食べ物を全て腹に納め、ようやく腹を満たせたらしいシリウスは途端に表情をがらりと一変させ、その真剣な目付きに息を飲む。

「ハリー達から今の大体のホグワーツの状況は聞いた。ハリーを陥れたい誰かがダンブルトアの目を掻い潜って参加させたらしいな」
「ああ、そうみたいだ」

 とはいっても、ライジェルはハリーではなくセドリック側についているため、彼の方のことはあまり知らないのだが。

「ライジェルは、セドリック・ディゴリーってやつの手伝いをしてるんだろう?」
「ああ。今はもう第三の課題にもそれなりに自信があるくらいには準備も進んできている」

 つい数日前にセドリックから第三の課題について話を聞いたライジェルは、今の準備具合ならば課題当日までにはそれなりの出来になっているはずだと考えている。課題の内容もはっきりしているし、全く習ったことのない呪文も、もう数十は習得させただろうか。

「俺が言いたいのは、課題でそのセドリックってやつがハリー達他の選手達と競うのもいいが、他のことにも気を付けさせろってことだ」
「例の、ポッターの名前をゴブレットに入れたやつのことか?」
「ああ」

 勘のいいライジェルに、シリウスは頷く。もはや二人の表情は、親と子が向けあうようなそれではない。

「そいつの目的がハリーに課題の中で危害を加えるものだったなら、その機会はあと一度、絶対に第三の課題で何か仕掛けてくるはずだ」
「それはわかる。だがそれなら気をつけなければいけないのはポッターだろう?」
「他の可能性も無くはない。例えば、皆がハリーのことしか注意していないうちに別の、真の目的を果たす、とかな」

 それは考えすぎなんじゃないか、そうライジェルは思ったものの、シリウスのまっすぐな視線の前には何も言うことはない。

「ただの杞憂ならそれに越したことはない。だけどな、」

 取り返しのつかない事態にだけはしたくねえんだ。そう呟いたシリウスは、ライジェルに言うではなく自分自身に言い聞かせているようだった。その脳裏に今は亡き人物が浮かんでいるであろうことはライジェルにもわかった。生前シリウスと懇意にしていた彼をライジェルがこの目で見たことは記憶を辿る限りでは無いが、シリウスが彼を亡くしたことを死ぬほど後悔していることは容易に想像がつく。

「まあハリーに比べれば可能性は低いが、純血を憎んでいる反純血派やレギュラス個人をよく思わないやつらもいる。目的がハリーだけだと油断はするなよ」
「父様個人、を?」
「あいつは魔法省の重役だ。今の地位につくまで、何十人もの人間を蹴落としてきてるはずだ。まあ私怨か、もしくは嫉妬ってやつだな」

 ライジェルには、シリウスの言ったそれが理解できない。あのレギュラスがそんな理不尽な感情を向けられなければならない理由はないではないか。レギュラスに出世を追い越されたのはただの力量不足だ。悔しければそれ相応の結果を残せばよい、そしてレギュラスよりも有能であることを証明して初めてレギュラスの現在の地位についてああだこうだ言えばよい。それが道理というものだとライジェルは思っている。尤も、レギュラスの能力が純血や名家の七光りでないことを知っているライジェルだからこそ、言えることではあるのだが。

「……わかった。一応注意はしておく」
「そうしてくれ。まあ、何もないといいんだがな……」

 シリウスの言葉に頷いたライジェルは頭の片隅にそれを置いておいた。だが、いざという時にそれを発揮できないのはライジェルの悪い癖である。そして、やはりと言うかなんと言うべきか、このいろいろなことが重なった状況でなにも起こらないはずはないのだ。

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