「あんた、また来たの? あんたも物好きね」
「こんなことを話せるのは君にくらいなものだよ」

 監督生用の豪華な浴場に人間一人とゴーストが一体、それも物憂げな表情の青年と彼を呆れたように見るホグワーツ生の格好の女のゴーストがいた。だが青年──セドリックの方は浴場にいるのにも関わらず、着衣を脱ぐことはしない。それが、ゴースト──マートルと話をするためだけにわざわざ来たのだということを表していて、ますます彼女は彼に呆れた表情を向けていた。

「そりゃあ私色恋沙汰とか痴情のもつれとか恋愛での修羅場とか大好きだけど、浴場にきた生徒の恋愛話とか気づかれないようにこっそり聞くようなゴーストだけど、私なんかにわざわざ相談を持ち掛けてくるのはあんたが初めてよ」

 そう、この眉目秀麗、文武両道のセドリックがマートルに話している相談、それは恋愛の悩み──それも彼の一方的な片想いについてである。彼の一番の友人二人はとっくに知っていることではあるが、それ以外のハッフルパフの友人達には全く話しておらず、セドリックのこの話をマートルが他の生徒に流してしまえば、リータ・スキーターも真っ青の一大スクープになるだろう。だがマートルは他人の話を聞くのが好きなのであって誰かに言い触らそうとはしないたちである。そのため、セドリックに好意を抱く女子らの暴動は起こってはいないのだ。

「で、ライジェル・ブラックだっけ? あんたの好きな子。私、たまたまその子のこと知ってるって言えば知ってるけど、あんたあの子のどこが好きなわけ?」
「そんなこと言われたって困るよ。顔だけとか家柄だけとかじゃなくて、全部が好きとしか言えないんだから」
「あんたねえ……」

 綺麗事にしか聞こえないセドリックにマートルももはやため息すらつけなかった。こんな恥ずかしいことを言うのはマートルの生きていた約五十年前でもそうそういなかった。若干一名スリザリンにセドリックと似たような優男がいたような気もするが、むしろあの言動が演技らしくて胡散臭かった彼よりも目の前のセドリックの方が素で言っているところ、より恥ずかしい。このようなところが、ハッフルパフ生が愚かだと言われる所以の一つでもあるのだろう。
 それにしても、このセドリックの好いているのがスリザリン生のライジェル・ブラックとは、彼の見る目は良いものだろうかと少し疑ってしまう。なにせ、彼女の顔は確かに整ってはいるものの、だが元々の顔立ちがそうであるのかはたまた凛々しい顔つきのせいもあるのか、女性的というよりはかなり男性寄りである。一昨年マートルが見たライジェルはその時点で一緒にいたハーマイオニーよりも男の子らしいなと思っていたが、今見ればまだ少女らしさが残っていたように思えるくらいだ。昨年彼女に何があったのかはマートルの知るところではないが、どことなく雰囲気も堅固になったように感じられて、そのきっかけとなる出来事が昨年にでもあったのだろう。とにかく、そんなライジェルに恋情としての好意を抱くとは蓼食う虫もなんとやらというものである。

「というか、どこを好きになったとか自分でもよくわからないんだ。だってどこを好きになったのかって、部分的に好きなところとそうじゃないところがあるってことだろう?」
「そうね、あんたに聞いた私が馬鹿だったわ」

 だがそのマートルには綺麗事めいたように聞こえた言葉は、彼自身にとってはかなり本気のものであった。同性愛の気がないセドリックは自身の想い人の父親であるシリウス・ブラックとほぼ違わない顔立ちにはそこまで惹かれるものはないし、かといって顔が全く関係ないのかと問われれば完全な否定はできない。それは彼女の家であるブラック家についても同じである。家柄が関係ないわけではないが、最重要事項ではないのだ。
 要するに、顔も、家柄も、その他の要素も、セドリックにとっては多々ある理由の端くれ、もしくはきっかけのきっかけにしかならないのだ。例えば、純血の一族としてのブラック家の家柄。玉の輿目的では断じて無く、むしろセドリックはマグル生まれがどうの穢れた血がどうのという純血至上主義は好きではない。だが、その純血で七世紀もの長い歴史があることでも有名なブラック家に生まれ育ちながらもライジェルのマルフォイのようなマグル生まれの生徒を馬鹿にする行為を一度も見たことがない。また、混血で良い家柄に全く縁のないセドリックにも仲良くしてくれている。いくら彼が成績優秀でスポーツもできて学年どころかホグワーツでも秀でているとはいえ、所詮はハッフルパフ生だ。スリザリン生、レイブンクロー生、ともすればグリフィンドール生にまで見下されるハッフルパフ生だ。だがそんなセドリックに下心無しで仲良くしてくれているライジェルは、彼にとって代わることのできない友人となっていた。そう、最初は学年を超えた友人であるだけだったのだ。
 それがいつからか恋情へと形を変えていったのは一体いつだったのか、それはセドリック自身にもわからない。ただ、それはライジェルが四年生になってからの話ではないことは確かだ。その兆候は一つ前の年度から彼自身も感じていた。シリウス・ブラック──彼女の実の父親がアズカバンから脱獄したせいで遠巻きにされていたライジェルは、セドリックも最初はどう接していいのかわからなかったのだ。本当は、シリウス・ブラックのことでとやかく言う人なんか気にしないでいればいい。例えシリウス・ブラックが彼女の本当の父親だったとしても、彼とつながりがなく、何もやましいことながないのなら堂々としていればいい。そうセドリックは彼女に伝えたかったのだ。彼女と話したのは彼女が一年生の年度末でその時以来一年間は話などしていない上、マルフォイとパンジー以外の人間への期待を完全に捨てているライジェルはシリウス・ブラックとライジェルの噂について他人がひそひそ話す姿を直に感じたくないのか、マルフォイ達以外の人間を必要最低限の時以外は他人を見ないようにしていた。そのため、セドリックが彼女と廊下ですれ違っても彼女は彼を気にかけることはなかった。自分と話したことを彼女は忘れてしまったのだろうか。そんな自分が今彼女に話しかけても逆に怪しまれてしまうかもしれない。悩みに悩んだ結果、ついに彼は図書館で意を決して、だが努めて空気が重くならないように、気軽な感じに見えるように彼女に話しかけたのだ。ライジェルは彼のことを忘れないでいてくれて、その上セドリックの出ていたクィディッチの試合を観戦していてくれたと聞いて言いようのない感情が沸き起こった────強いて言うならば安堵と歓喜と、それに感動が入り混じったような。それが最初だったのかもしれない、単なる一度同じコンパートメントに乗り合わせただけの後輩から、少しだけ距離が縮まったのは。
 シリウス・ブラックを一度捕まえ損ねたらしいライジェルは、それまでに無かったものを持っていた。それは弱さか、否、強さか。セドリックにはそれははっきりとはわからない。だがあの頃から、セドリックは彼女のたくさんの顔を目にすることになる。若干恥ずかしげに照れながら礼を言う顔に、未だに多少あどけなさの残る無防備な寝顔、くすりと小さく笑う微笑みと声をあげて心の底から楽しそうに笑う笑顔、元々自身を追い込みやすい性格なのかストレスでいらいらする表情、そして呆然としながら涙を流す泣き顔。数ヶ月前のクリスマスダンスパーティーでは化粧のおかげもあってか、どこか大人っぽく女性の雰囲気を醸し出すライジェルも見ることができた。今まで知らなかったライジェルの表情が見れるようになったくらいセドリックは彼女に近しくなり、────気がついたらライジェルのことを好きになっていた。守りたくなる加護欲も女性特有のたおやかさも何一つ感じられないライジェルだが、むしろそんなライジェルだからこそセドリックは他にライジェルの代わりを作れないくらいに親しくなった、否、彼自身から彼女と親しくなりたいと思うようになったのだろう。幾人もの少女達から好意を向けられてきたセドリックにとって、初めての男女としての仲を感じさせない異性の友人。下心が感じられなくて、話していて気を遣わずに済む相手。あのチョウからでさえセドリックは自身への下心を感じ取っていて、できるだけ期待をさせないように言葉を選ぶその作業はもう手慣れてしまったものだ。だが、ライジェルと話している間はそんなことどうでもよくなる。一緒にいて心地がいい。

「下心があるのは逆にあんたの方よ。というか、相談にすらなってないじゃないの」

 もはやマートルにしているのは相談ではなく単なる惚気になっているセドリックはそのことを指摘されて笑い声をあげた。

「はは、そうだね。でも僕は負け戦をしようとは思っていないから、相談はいらないんだ」

 僕はこのままでいいんだ。その言葉は、一見すると単に諦めているようにもとれるが、彼の言いたいことはそうではない。どうせ今のライジェルはセドリックをそういう目では見ていない。だからこそ、今は無駄に急くわけにはいかない。

「見た目に似合わず、執念深いのね」
「すぐには諦めないって言ってくれないかな」
「どっちも同じよ。まあ、私にはあんたの恋路を応援しなきゃいけない理由もないから諦めようが長期戦に持ち込もうがどうだっていいけど」

 せいぜい頑張れば、とのマートルの助言になっていないような助言に、セドリックはにっこりと笑みを返した。だがマートルにとっては、この輝くような笑顔を目の前の彼でなくハリーが向けてくれればいいのに、とセドリックに好意を持っている少女達が知れば卒倒するようなことを思っていた。

「それにしても、この前の、第二の課題だっけ? あんたが助けたの、例の彼女じゃなかったみたいだけど?」
「ちょっと想定外の事故があっただけだよ」
「想定外の事故って何よ?」
「あー、何て言ったらいいのか……」

 人間の彼とゴーストの彼女の話は、まだまだ尽きない。


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