それからチョウはそれはそれはセドリックの周りの人や自身の友人らに言って回った。

「セドリックは私の方からダンスの申し込みをしてきたって言っているみたいだけど、本当は彼からだったんだ。きっと他の人にからかわれるのが恥ずかしいからそう言ったんだと思うから、このことを話したっていうことはセドリックには秘密ね」

 本当にセドリックとダンスパーティーに出席したチョウが言うのだ、周りの人達がそれを信じるのは至極当然のこと。セドリックはライジェルと一緒にいるがそれは単なる貸し借りだけの話で、彼が本当に大事にしているのはダンスパーティーでペアを組んだチョウ。その偽りを何度も何度も他人にすりこめば、偽りはいつしか真実として皆の中に残るはず。そして、チョウの努力はそれなりの成果をあらわす。

「では、ディゴリーの候補者はチョウ・チャンとライジェル・ブラックで決定です。明日、彼らに声をかけに行きますが、ディゴリーの候補者については二人のうち先に見つかった片方ということでいいですね」

 チョウやセドリックの共通の友人が、チョウとセドリックがとても仲がいいことをアピールしてくれたおかげか、またしても偶然職員室の前をチョウが通り掛かった時に聞こえた話は彼女にとってのチャンスとなっていた。何の候補者なのかチョウには全く見当もつかなかったが、これがチョウにとっては追い風になり得る数少ない機会であることだけは理解できた。だからこそ、今回だけはどうしてもライジェルを教授に見つけさせるわけにはいかない。

「マイズナー先輩、もし、もしもの話ですよ。もしもどうしても邪魔なやつ──例えばスリザリン生とか──を一晩くらい黙らせておくとしたら、先輩なら何をします?」

 レイブンクロー生にしてはかなり思考はスリザリン生に近く、だが同族嫌悪的な考えでもあるのかスリザリン生達のことをとても嫌っている年上の先輩に、さも興味本位だけで軽い気持ちで尋ねてみたという風を装って聞いてみると予想通り彼は頭の中で嫌いなスリザリン生に色々なことをしているのを想像したのかにんまりとした笑みを浮かべながら楽しそうにチョウの望む答えを返してきた。

「そうだなあ、俺ならあれを使うな、アルセファロシンって魔法薬。あれをぶっかけてやったら皮膚がぴりぴりして、力が出なくなって動けなくなっちゃうんだ。医療用のアルセファロシンなら効果も薄いだろうし、後遺症は残らないしすぐに治るから罪なんかには問われないさ」

 このマイズナーという男は魔法薬学においてはその学年でトップにいる五人のうちの一人で、そのこともあってチョウは彼の言葉を鵜呑みにした。そう、馬鹿正直に信じてしまったのだ。彼がスリザリン寄りの考えをしていたとしても最低限のまともな常識は持ち合わせていて、マイズナーがチョウに問われた通りの“もしも”の、現実には決してやらない内容を話したことも、彼の言った「罪には問われない」という言葉の罪が重い犯罪という意味であったことも、ライジェルとセドリックのことしか頭に無くて判断力が欠けていたチョウには通じず、その“もしも”を完全に無視してしまったのだ。
 四寮の中で勤勉さを誇るレイブンクローの生徒であっても、恋の前にはこの上なく愚かになるものである。

 その次の日、すなわち昨日の夜、チョウはスネイプが毎日の薬品整理を終えたのを確認した後彼の不在のうちにこっそりと準備室に忍び込み、マイズナーの話していたアルセファロシンという薬を泥棒よろしく探していた。きっちりと薬品を整理するスネイプの性格のおかげで目的のアルセファロシンはすぐに見つかった。だがいくつか種類があるようで、まあ別にどれでもいいか、とチョウは一番取りやすい位置にあったフラスコを掴み取る。それは偶然にも最も主成分の濃度の低いものでそれゆえに後々ライジェルの被害が少なくて済むことになるのだが、チョウはフラスコに記載してある濃度など気にもせずにフラスコを上着の内ポケットにしまった。少しポケットの膨れが不自然ではあるが、まあ大丈夫だろう。準備は整った。後は、ライジェルを見つけて彼女にそれを決行するのみだ。
 そうしてそれを実行に移したチョウだったが、決して罪悪感がないわけではなかった。マイズナーの言っていた皮膚がぴりぴりするなどという表現とは程遠く、目を押さえて悶え苦しみながら地面に倒れ込むライジェルの姿に、思っていたよりも重い薬の作用に驚きながらもそれ以上に胸がずきりと痛む。実際はこんなに痛むだなんて想定外だったのだ。もやもやとした思いを抱えながら、だがやってしまったことはしょうがなく、当初の予定通りにチョウはそこを後にした。そう、風が叩きつける寒いそこにライジェルを放置して風も遮られて暖かな城に戻ったのだ。 「今ならまだ戻れる、あの子を助けなきゃ」「そんな必要ない。私が悪者ってみんなにばれちゃうじゃない」「でもやっぱりあんなことできない、あんなひどいこと」 頭の中でチョウの中の良心と邪心が葛藤をする。

「私が悪者なのもひどいことをしたのも、もう元に戻せるわけないじゃない」

 自身に対する自嘲の笑みを浮かべようとして、だがチョウの口元は上手く笑むことはできなくてただ中途半端に歪むだけだった。

「ああ、ミス・チャン! あなたを探していたのですよ。少しよろしいですか?」
「マクゴナガル教授? ええ、大丈夫ですが……」


 目論み通りマクゴナガルに呼び止められたチョウは、拳をぎゅっと握り締めて今度は完全に人好きするような笑顔を浮かべてマクゴナガルに振り返った。





「チョウ、君には本当に失望したよ」

 第二の課題が終了した数時間後、彼らの他には誰もいないその空間にセドリックのはっきりとした声が響いた。ライジェルやチョウの知らないその冷たい声は、セドリック自身すらも今までの十数年間の短い人生のうちで出した数を片手で数えられる──尤も、それすらもはっきりとは数えられないくらいに稀有なことであるのだが──ほどに少ない。その声を向けられたチョウは、ただただ身体を固まらせることしかできない。だってまさか、あのいつでも誰にでも優しくて温厚なセドリックが、こんな冷ややかな表情をしているだなんて誰が想像できるだろうか。

「君はもっと聡明だとばかり思ってたよ。ああ、もちろん勉学とは全然違う方でね。君がスネイプ教授の準備室から盗んだあの薬がどんなに恐ろしいものなのか、知らなかったんだ」

 チョウに口を挟ませる間もなく、セドリックはさらに続ける。

「ライジェルは今医務室に入院しているんだ。幸運なことに、彼女は一時的に視力がとても低下しているだけで一週間もすれば元に戻ることがわかっている。でもチョウ、もしライジェルの視力が戻らなかったらどうするつもりだった? 視力だけじゃない、もしもあの薬がもっと強いもので、ライジェルが死んでしまっていたら? 脅しなんかじゃないよ。あの薬は簡単に人を殺せる劇薬だ。君のしたことは、殺人未遂だったんだ」

 ライジェルの視力が戻らなかったら君も視力をなくすかい、ライジェルが死んだら君の命を代償にするかい。問うような言葉なのに、その話し方は問うてなどいなくて、それにまたチョウは背筋を凍りつかせる。

「本当なら、僕は君にライジェルにしたのと全く同じことをしてやりたいよ。ライジェルの痛みを寸分違わずに君に理解させてやりたい。でも、そんなことをしてもライジェルは喜ばないしライジェルの容態が良くなるわけでもないから」

 確かな悪意をチョウに向けてそう平然と言い残し、くるりと彼女に背を向けてまたライジェルのいる医務室への道を戻るセドリックに、チョウは頭のほとんどがセドリックへの恐怖で占められる中、頭のすみではまるで全くの他人事のようにライジェルに嫉妬していた。
 セドリック、そんなにあの子のことが大事なの。

「…………っ、」

 もう、セドリックと元の友人の関係にすら戻れないだろうということは容易に理解できた。それほどのことをチョウはライジェルにしてしまったのだから。

 セドリックが去ってからしばらく経ち、彼の冷酷な態度に驚愕して恐怖していたがだいぶ落ち着いてきたチョウは、どこか他人事のように考えていた。どうしてあんなことしてしまったんだろう。あのような、愚かしい真似を。

「馬鹿だなあ、私」

 少し考えれば、否考えるまでもなくこうなることなんてわかりきっていたのに。あの、チョウを殺人犯であるかのように見下げた──身長も確かにセドリックの方が高いがそういう物理的に見下したわけではなく──セドリックに彼女は恐怖したが、そんなのは当然だ。彼の本当に大切な人をひどい目に合わせた、彼女を殺してしまいそうになったのだから。





「────であるためと、対抗試合の期間中にこの事件を公表して厄介になるのを避けるため、お前のしたことをブラックの家とお前の家に伝えること、またお前の処罰については対抗試合終了後の今年度末に決めることとする。わかったな。……ミス・チャン、聞いているのか?」

 ライジェルの寮監のスネイプに処罰について言われている時も、チョウは心此処に在らずの状態だった。ライジェルへの罪悪感よりもセドリックに嫌われた悲しみよりも何よりも、自身への自己嫌悪にも似た感情を燻らせている。
 セドリックに嫌われるくらいなら、あんなことしなければよかったのにね。嫌われなければ友達のままでいられてこれからも話しかけてもらえたかもしれなかったのに。こんなこと、今さらどれだけ言ってもしょうがないことだけれど。

 ぼろぼろと涙を流す少女は、ヒロインに成り損ねた少女だった。

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