「それで、第二の課題でどうやって一時間水の中で呼吸し続けるか、って話なんだが、」

 クリスマスも終わり、年を越えてまた授業が再開し、今度こそ第二の課題に真っ正面から取り組んでいるライジェルとセドリックは日曜日の今日も今日とて例の温室にいた。ただ、もうセドリックが卵の仕掛けに気づいてそれを解読し終えていた今、第一の課題ほど切羽詰まってはいない。多少の余裕を持ちながら、ライジェルはセドリックが卵の歌をメモした紙を見ながら呟いた。だが、それはほぼセドリックへの問い掛けではなかった。セドリックも、それはわかっているようだ。

「泡頭呪文だね」
「泡頭呪文だな」

 ライジェルとセドリックの言葉が重なって、やはり向こうも同じ考えに至っていたか、と二人は互いにくすりと笑った。

「私はまだ授業で習ってはいないが、まあ少し調べればわかることだな。七年生用の呪文集の最初の方に載っている」
「うん。水の中で、って言ったらこの魔法が一番簡単で手っ取り早い」

 あとはもうその泡頭呪文を修得するだけである。ただ、やはり穴というものはある。

「でも、泡頭呪文は約二十五分で効果が切れるって呪文集に書いてあったんだよね。それに、水中で強い衝撃波なんかがあると魔法の効果が全て失われる場合もあるみたいだ。そういう時の場合に備えて、すぐに水面に浮上できるような魔法も調べておかなくちゃいけないと思う」
「ああ。それに、ホグワーツの湖の中にどんな生物がいるかも調べておいた方がいいな。水中人と巨大イカは有名だが、それらだけしか湖に住んでいないわけがない。変な生物にてこずらされるのは避けたいな」

 だが次に調べるべきものが何であるかもはっきりしている。わざわざ対抗試合に出されるのだ、そう段取りよく簡単にいくはずもない。難易度としては、第一の課題のドラゴンと同じかそれ以上だろう。

「……それにしても、第二の課題で取り返す大切なもの、って何なんだろう」

 それからしばらくまた過去の対抗試合で似たような課題がなかったかどうか昔の資料を調べている時に不意にセドリックがぽつりと漏らしたその呟きに、ライジェルは読み調べていた水中魔法生物図鑑から顔を上げて彼を見た。

「杖……は、試合中に選手に必須だから有り得ないね。それじゃあ何なんだ?」
「……私の懐中時計のような、小さい物は不可能だ。正確な大きさはわからないが、湖はかなり広いからな。その中で一時間で見つけられる物といったら、それなりの大きさのものとなるだろうな」

 大切なものの例としてシリウスから譲り受けた懐中時計を挙げたライジェルは、今日は持ち歩いている懐中時計をポケットから取り出した。それにはセドリックからクリスマスプレゼントにもらったチェーンがちゃんとつけられている。しゃらしゃらとチェーン同士がぶつかる音は耳に心地好いもので、セドリックが思っている以上にライジェルはこのプレゼントを気に入っていた。

「とはいっても、その大切なものというのが形を持った物質であるかどうかすらもまだわからない。だがその大切なものが何なのか教えられていないなら、一目見て探している物だとわかる何かだろうな」

 これ以上はわからない、と視線を図鑑に戻したライジェルにセドリックも、そうだね、と返事を返した。





 二月に入った平日の放課後のことだった。

「ミス・ブラック、少々お時間よろしいですか」

 呪文学の教室から寮に帰ろうとしたライジェルを引き留めたのはマクゴナガルだった。何か教師に言われるようなことをしでかしただろうか、とライジェルは内心で首を傾げ、隣にいるパンジーもマクゴナガルとライジェルをちらちらと交互に見ている。

「は、はい、大丈夫ですが……」
「ではついて来なさいな。ミス・パーキンソンはお先に戻っていてよろしいですよ」

 どうやらマクゴナガルは、パンジー達のいるところでは用件を話すつもりはないらしい。先に帰っていてくれとパンジーに伝え、ライジェルはマクゴナガルの後を追って歩き出した。
 先を歩くマクゴナガルが立ち止まったのは、意外にも彼女の担当する変身術の教室ではなく、すぐ近くの空き教室だった。

「さて、ミス・ブラック」

 手に持っていた羊皮紙の一枚とライジェルを見比べながら口を開いたマクゴナガルに、ライジェルは何を言われるのかと内心で身構えるが、彼女の口から出てきた言葉はライジェルの予想と異なるものだった。

「あなたはミスター・ディゴリーの友人関係についてどのくらいまでご存知ですか?」
「…………友人……関係?」

 ええ、と羽根ペンを用意しながら答えたマクゴナガルは、ライジェルに至極真面目に質問しているようだ。

「ええ。あなたは昨年度同じシーカーという立場にありましたし、ここ最近彼と仲がよろしいでしょう?」
「はあ……」

 まあ、確かにそうではあるのだが。そう思いはするものの、マクゴナガルの持っている羊皮紙に書いてあるセドリックやハリー、クラムなどの名前から見て、この質問は対抗試合の代表選手に必要なものだとライジェルにもわかった。これに答えないわけにはいかない。

「そう言われましても……自分は彼とは寮が違いますし、学年も違うのでその類いの話はハッフルパフのジェフリー・アーロンやマックス・フラットに聞く方が詳しいと思います」

 確か学期の始めに同じコンパートメントに相席していた二人のセドリックの友人はそんな名前だったはず、と元々強く残していなかった記憶から彼らの名前を搾り出すと、ライジェルが確証が持てなかった二人の名前は正しかったらしく、マクゴナガルはそれもそうですね、と返した。

「では、ミスター・ディゴリーとミス・チャンについてはどのような関係かはわかりますか?」
「チョウ・チャン、ですか……」

 それならばと名指しをしたマクゴナガルに、ライジェルは首を捻る。

「クリスマスダンスパーティーでは彼女の方からセドリックに申し込んでいたことは知っています……ですが、それ以外は単に同じクィディッチのシーカーをしているということでの繋がりしかないと思います」
「ミスター・ディゴリーとミス・チャンが男女交際をしているというわけではないのですね?」
「絶対にとは言い切れませんが、私が知る限りではそういう事実はありませんし、本人からも聞いたことはありませんね」

 これは嘘でも何でもない。本当に、セドリックとチョウが付き合っているようには見えないし、セドリックの友人らやチョウの友人らすらそんな話はしていないのだ。

「そうですか……わかりました。時間をとってすみませんでしたね。放課後に補講は入ってはいませんね? 入っていたのならその先生に一言書かねばいけませんが」
「いえ、何もありません。では失礼してもよろしいですか?」
「ええ、構いませんよ」

 もう帰ってもよいとの了承をマクゴナガルからもらったライジェルは、彼女に一礼してその空き教室を後にした。マクゴナガルに言った通り補講はないものの、このあとは図書館で第二の課題の舞台であるホグワーツの湖についての調べ物をしなければならないのだ。





 そしてその日の夜、消灯前にライジェルはセドリックとまた温室で調べ物の成果の報告をし合っていた。もうあと一時間もすれば見回りの教師や監督生らにとやかく言われてしまう時刻になるのだが、今の時点はまだ許されている範囲である。

「とりあえず、ホグワーツの歴史やホグワーツ大全集を読んだ限りでは湖にはそれほど厄介な生物はいないらしいな」

 湖に住んでいる生物のメモをセドリックに見せながらライジェルは続ける。

「湖の生物最大の巨大イカは広く知られている通り夜行性で、昼間はほぼ活動しない。確か、第二の課題は朝から昼にかけて開催されるはずだ。よほど攻撃を与えて怒らせない限りは課題の妨げにはならないだろう。次にグリンデローだが、こいつは集団で来たり単独で来たりするやつだ。遭遇したら、厄介だとは言わないが、足を引っ張られる。物理的にも、試合運びでもな。まあこいつの弱点は温度だとわかっているから適当に攻撃呪文をぶつければ気絶させるくらいは簡単だ」

 簡単だ、とは言ったものの、例えセドリックでも油断していればグリンデローにでも足を掬われてしまうだろう。この場にムーディーがいたのなら、油断大敵、と大声で怒鳴るだろう。

「他にもプリンピーなどがいるが、プリンピーはほぼ無害と思っていい。もしも被害に遭うとしたらそれはお前じゃなくてお前の服がかじられる程度だ」

 ざっと見たところかなり厄介な生物はいないらしい、とのライジェルの言葉にセドリックは目に見えてほっとした。それを調べている間ライジェルも同じように安心したのだが、よく考えてみればそれもそのはずだ。たくさんの生徒を寮で預かっているホグワーツの湖に、肉食の鮫などの水中動物がいるわけがない。

「最後にマーピープルだが、例の歌にあっただろう。マーピープルの歌を頼りに大切なものを見つけろ、と。私の予想が正しければ、マーピープルは敵にはならないはずだ。むしろ課題攻略へ導く手がかりになるだろうな」

 その他にライジェルが調べた結果として、湖は一周十キロメートル、水深は一番深くて五十メートルもあることなどを話し、何か特別な細工を第二の課題の時にされない限りはセドリックの障害になるようなものはないだろう、という結果になった。

「時間制限が一番の壁ってことだね」
「そうだな。あの広い湖をくまなく探すのは骨が折れるが、早く泳いで────」

 そこまで言った時、ライジェルははたと気づいてセドリックの顔を見た。

「セドリック、お前水中は泳げるだろうな?」
「…………」

 ライジェルの問いに無言で目を逸らすセドリックに、ライジェルは言葉をなくす。確かにライジェル自身風呂以外で水に入ったことはないため、もしもセドリックが泳げないならば泳ぎ方を指導したりすることはできない。かといって第二の課題までは残りが一週間あるかないかだ。

「なんて嘘だよ、大丈夫泳げるから。…………あれ、ライジェル怒った? ごめん、本気にしないで! ちゃんと泳げるから!」

 言ったタイミングがタイミングで、この場では笑えないようなセドリックのジョークに、ライジェルは無視を決め込むことに決めた。悲鳴の入り混じったセドリックの弁解をバックグラウンドミュージックのように聞き流しながら、さっさと第二の課題についての考察を書いた紙の束をまとめて寮に戻る支度を始める。最近ライジェルのセドリックに対しての態度に遠慮がなくなってきたように感じるのは気のせいである。


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