「あああっ!」

 セドリックが迷わず金の卵を腕に抱こうとした時、ドラゴンの口から勢いよく青の炎が吹き出した。もう勝てると思い込んで気が緩んだのか減速したセドリックには避けられない。ドラゴンの吐いた炎が、セドリックを襲った。

「何と言うことでしょう!」

 放射された青い炎はセドリックの顔面に、直撃こそしなかったものの、外炎部に触れてしまった。セドリックが炎に触れた部分を片手で押さえたが、しかし杖を握る方の手は震えながらもしっかりとしている。ばうっ、と一際大きく吠えたラブラドールレトリーバーが、セドリックから注意をそらすようにドラゴンに体当たりをし、その腹に噛み付く。硬い鎧のような鱗に覆われているドラゴンだが何も感じないというわけではないらしく、一瞬だけまたドラゴンの目がセドリックから離れた。その瞬間、セドリックはもう一度卵の方に疾走した。火傷に爛れる顔の痛みも今は後回しにして、全てを金の卵へと向かわせる。そして────

「やりました! セドリック・ディゴリー、金の卵を手に入れました!」

 会場が爆発した。否、爆発したかと思うほどに、歓声が割れんばかりにあがったのだ。バグマンの声とともに、待機していたドラゴン使い達が一斉にセドリックと戦ったドラゴンに失神呪文をかける。どさり、と大きな振動をたてて倒れるドラゴンよりも皆の視線を集めているのは、救護班に肩を支えられながら退場するセドリックだった。

「……──っ、」

 ライジェルは試合が終わるなり、いてもたってもいられずに席から立ち上がった。

「ちょっと、ライジェル!」

 パンジーの声を振り切って駆け出したライジェルの向かう場所は救護テント。まだフラー、クラム、ハリーの試合が残っているのだが、ライジェルには残りの試合なんかよりもセドリックの方が心配だったのだ。わらわらと群がる生徒達の波を掻き分けてようやくたどり着いた救護テントの中には、マダム・ポンフリーに手当てを受けているセドリックの姿がある。

「セドリック!」

 ベンチに座っているセドリックは、先ほど火傷を負った箇所にたっぷりと軟膏を塗ってもらっていた。

「ライジェル、」
「ミスターディゴリー、動かないで!」

 ライジェルの自身を呼ぶ声に僅かに身じろぎしたセドリックに、マダム・ポンフリーの鋭い声が突き刺さる。

「此処で座っていること。他に怪我をしているところはありませんね?」
「はい」

 セドリックに火傷以外に大きな外傷はないようで、細かなかすり傷があるものの、それらは放っておいても大丈夫なようだ。一通りセドリックの処置を終えたマダム・ポンフリーはセドリックに絶対安静を言い渡して、予備の包帯や薬を取りに医務室へとせかせかと歩いていってしまった。

「……痛む、だろうな」

 何を言うべきか考えた結果、ライジェルの口から最初に出てきた言葉はそれだった。

「うん。でも安静にしていればすぐに治るって。火傷も、直撃じゃなくてまだましだ」

 ひどい怪我じゃなくてよかった、と笑うセドリックの姿に、ライジェルは内心で頭を振る。違う、私がセドリックに言いたいのはこんなことじゃない。

「…………」

 どうして、セドリックが怪我をしているのだろう。どうして、私ではないのだろう。私は彼に昨年度の恩を返すためにこうして今まで手伝ってきたのに。なのに、セドリックは傷ついている。今、ライジェルの目の前で。ライジェルは拳をぐっと握りしめた。私がもっといい案を出していたなら、セドリックはこんな怪我をしなかったかもしれないのに。ライジェルは、爛れたセドリックの顔に手を伸ばそうとしたが、安静にしていろとのマダム・ポンフリーの言葉を思い出して、ぴくりと指先を震わせただけだった。

「……ライジェル、何を考えてる?」

 暗くなっているライジェルの顔を覗き込んだセドリックは、静かにライジェルに問い掛けた。

「どうせ、自分のせいだとか変なこと考えてるんじゃないよね? 僕のこの怪我は、自分のせいだって」

 図星だ。と答えることもできずに、ライジェルはうつむいて唇を噛み締める。

「……はあ。ライジェル、これは僕が失敗したからできた火傷なんだよ。君のせいじゃない」

 セドリックは、呆れたような眼差しでライジェルを見た。ライジェルは、セドリックの顔を見れないまま。

「ライジェルは、背負い込みすぎだ。何でもかんでも自分のせいだって思ってるよ」
「っ、思ってなんか、」
「思ってるでしょ。全く、君って変なところで素直じゃないよね」

 この三週間で君の考えることはだいたいわかったよ、と話すセドリックは、ライジェル以上に落ち着いている。

「怪我をしたにしろ、第一の課題はクリアできたんだ。悔やむくらいなら喜んでよ。そうしてくれる方が、僕にとっては嬉しいから」

 ね、と笑ったセドリックに、ようやくライジェルは顔を上げた。ライジェルの表情は元のように晴れやかには戻ってはおらず、未だに眉は下がったままだった。まだセドリックへの後悔が残っていたライジェルだったが、口元をぎこちなくではあるが緩ませた。

「……第一の課題、おめでとう」
「ありがとう」

 競技場の方から、フラーが卵を取ったのか、歓声が沸き上がる。だが、ライジェルとセドリックは気にもしなかった。それからフラーが救護テントに連れてこられるまで、ライジェルはセドリックのそばに留まっていた。

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