授業をサボタージュしたセドリックとライジェルがたてた計画は、セドリックが競技場の何かを変身術で動物に変えて、それにドラゴンをおびき寄せるというものだ。幸いセドリックは変身術にはそれなりに自信があり、無機物を動物に変えるくらいの呪文は既に授業で習っているらしい。

「やっぱり変身させるなら、大きくて目立つ動物の方がいいよね」
「そうだな。それに身軽で動きの速いやつがいいだろう。何がある?」

 犬、狼、コヨーテ、馬、ピューマ、チーター、狐、ジャッカル、ガゼル、鹿────と、候補をあげれば動物の種類もきりがないのだが、それでもそれぞれの動物の長所と短所があった。

「狼やコヨーテなんかは無理だろう。ドラゴンの気を引く前にお前が喰われる」
「ガゼルや鹿なんて、ドラゴンを見た瞬間に客席に逃げ出すだろうね」
「馬が走り回れるほど、競技場は広いのか? そもそも馬は温厚だったな」

 囮として不向きな動物を候補から外していって、残った候補は犬と狐くらいだ。身体の大きさで考えて、結局動物は犬に決まった。

「身体が大きいとなると……ボルゾイやセントバーナードあたりだろうな。もしくはグレートデン、アイリッシュウルフハウンドの方がいいのか……?」

 やはり身体の大きさならばアイリッシュウルフハウンドだろうな、と思案していたライジェルは隣で唖然としているセドリックに気がついた。

「どうした?」
「いや、あの、その…………」

 口を濁しかけたセドリックはその後、恥ずかしそうに口を開く。

「…………それ、何?」

 それ、と言われたものが、今ライジェルが言った犬の名前だということを理解するまでに、少しの時間を要した。ライジェルは、それらの犬の現物をその目で直接見たことはないが写真や絵で知識として知っている──その中でもボルゾイは前にドラコが家で飼いたいと言っていたから一際覚えている──のだが、残念ながらセドリックは耳にしたことすらなかったらしい。首をひねるセドリックに、ライジェルは小さくため息をつく。

「そうか、知らないのならしょうがないな。お前が知っている犬の中で一番大きいものは何だ?」

 変身術では、変化させたいものの姿を容易に思い出せるようにならないと変身させることができないのだ。セドリックはしばし目を伏せていた後、ラブラドールレトリーバーかな、と呟いた。

「ラブラドールレトリーバーだな。今ここで、やってみせれるか」
「ああ」

 余裕ありげに頷いたセドリックが地面に転がっていた鉢植えに無言で杖を振れば、その鉢植えはみるみるうちに白の毛並みを持ったラブラドールレトリーバーに変化する。

「これくらいの変身術なら、無言呪文でできるよ。大丈夫だ」

 自信たっぷりにそう言ったセドリックに、ライジェルも同意するように頷いた。
 そして午前の授業の時間が終わり、ライジェルとセドリックの最終の確認も終わった。競技場が平地だったなら決して隅には行かずに常に逃げ場を作っておく、岩場だったならすぐに隠れられるように大きな岩の近くにいる、など、色々な場合の時の行動も打ち合わせておいた。

「じゃあ、行ってくるよ」
「ああ。私も観客席から見ているから。私の努力、無駄にはするなよ」

 先にセドリックを競技場に送り出したライジェルは、そっとスリザリンの寮に戻った。さすがに昨日からずっと着ている制服のままというわけにはいかない。着替えもしたいし、何か朝食の代わりになるようなものも少しは食べたい。昨日の晩から何一つ食べていないのだ。

「ライジェル! もう、午前の授業はどうしてたのよ! 昨日も夜にも寮に戻らなかったし!」

 寮から対抗試合の競技場に行く途中で、ライジェルはパンジーとばったり出くわした。パンジーは一日ぶりに見たライジェルに驚いていたが、すぐにその眉がつり上がる。

「いや、その、ごめん」
「ごめんじゃないわ! 全くもう、心配したんだから!」

 怒ったパンジーはライジェルがどれだけ謝ろうとしても聞く耳を持たず、やっとそれが落ち着いたのはライジェルとパンジーが競技場の席に座り、第一の課題が始まる直前だった。ドラコとその友人が席を取っておいてくれたらしく、後ろで立っている生徒がいる中でも座ることができたのだ。セドリックら代表選手がドラゴンと戦うのはある程度広さのある囲い地で、いくつか大きい岩もあった。これなら、予定通りいけば岩をラブラドールレトリーバーに変えるくらいわけないだろう。

「最初の選手はディゴリーで、ポッターは最後らしいぞ。ポッターがドラゴンにやられる写真はグリフィンドールのクリービーが激写してくれるだろうから、あとで焼き増ししてもらわなきゃいけないな」

 ドラコの言葉に、周りのスリザリン生がくすくすと笑い出す。

「ああ、始まるみたいだよ」

 パンジーの逆側でライジェルの隣に座っているライジェルの同期が声をあげたと同時に、身体どころか会場が震えるほどの唸り声が轟いた。それとともに、競技場内に十人余りのドラゴン使いに、鎖で繋がれたドラゴンが連れてこられた。まだ火を吹かないようにか、口も金属の口輪で閉じられている。シルバーブルーの鱗に覆われたそのドラゴンは、目を爛々と光らせている。

「あれはショートスナウト種かな。確かスウェーデンに主に棲息してるはずだよ」
「ギルベルド、お前よくそんなの覚えてるな」

 ライジェルの隣の同期が口から漏らす蘊蓄もライジェルの耳を素通りしていく。セドリックが一番手ということは、あれと戦わなければならないのか。ぎゅっ、とライジェルは両手を握りしめる。ライジェル自身があのドラゴンと戦うわけではないけれど、心臓がばくばくと大きく脈打っている。

「さあ、登場です! ホグワーツ代表のうちの一人、セドリック・ディゴリー!」

 会場に響き渡るバグマンの声とともに、セドリックが現れた。一部のグリフィンドール生以外のホグワーツの生徒、主にハッフルパフ生が大きな歓声をセドリックに送る。観客席から見たセドリックの表情は、いつもの柔和なそれとは一変して固く強張っているように見える。

「さあ、セドリック、どう出るか?」

 わくわくとしたバグマンの声が聞こえてきたが、セドリックはアクションを見せない。ただ一定の間隔をドラゴンととりながら、じっとドラゴンを凝視している。

「何やってるんだあいつ、早く動け……」

 打ち合わせをしたのにセドリックがなかなか動かない。落ち着かないライジェルは、小さくセドリックへの促しの言葉を漏らした。観客も、ドラゴンをじっと見ているだけのセドリックにざわめきだす。そう、確かにセドリックは事前にハリーから第一の課題の内容はドラゴンであると教えられていた、だがドラゴンの現物を実際に見るのは生まれて初めてだったのだ。知識としてはよく調べたため知っていたドラゴンでも、間近で直接初めて見たセドリックは固まってしまったのだ。

「────!」

 ようやくドラゴンと対面したショックから立ち直ったのか、競技場に出てきて少ししてからセドリックは近くにあった岩に呪文をかけた。と、大きな岩がぐにゃりと変形し、一匹のラブラドールレトリーバーが現れる。どんな呪文をかけたのか、観客の私語でライジェルの耳には聞こえてこなかった。だが、先ほど無言呪文で同じことをやってのけたセドリックが声に出したということは、無言呪文で完璧にできるという保障がないほどに緊張しているということなのだろうか。

「おおっと、変身術ですか! さあ、次はどうする!」

 セドリックが再度ラブラドールレトリーバーに杖を振ると、ラブラドールレトリーバーは走り出してドラゴンの周りを五メートルほど距離をとってうろうろとし始めた。打ち合わせ通り、犬を使って注意をセドリックからそらす作戦だ。ドラゴンの目が、ラブラドールレトリーバーに向いたその一瞬、セドリックは卵に向かって駆け出した。だが、ドラゴンはすぐにセドリックの動きに気づいてそちらに向けて青い炎を吐いた。

「ああっ!」

 観客から悲鳴があがるが、なんとかセドリックは避けたようだ。

「おおお、危なかった、危機一髪」

 バグマンがほう、と安堵のため息をつき、それとともにまた観客席もほっとする。だが、セドリックはまだ卵を取っていないからか、余裕を持てないようだ。どことなく、セドリックの動きに焦りが窺える。再度、今度はセドリックはドラゴンの後ろから回り込むつもりのようだ。そろり、そろりとセドリックはドラゴンの背後に回り込もうとする。だが、今回は先ほどのようにはすぐには卵にはかからない。果敢に飛び込んでいっても危ないと判断しているらしい。だが、そうしていても時間が刻一刻と過ぎていくだけで、試合は終わらない。試合が始まってから十分が経過する中で、セドリックは数度卵を取ろうと試みたが、どれも上手くいかなかった。

「なあ、あいつ遅くないか?」
「馬鹿を言え、ドラゴン使いでさえ一人ではドラゴンをうまく対処できないんだぞ。時間がかかって当然だ」

 しばらくして、ラブラドールレトリーバー一匹では注意を引き付けられないと悟ったのか、セドリックは残っているいくつもの岩に杖を向けたすぐに。六頭ほどのラブラドールレトリーバーが姿を現し、上手い具合にそこら中を走り回っている。ドラゴンも、どれを追えばいいのかわからずに目をぎょろぎょろと動かしている。と、一頭のラブラドールレトリーバーがドラゴンの方に向かってバウバウと吠え出した。それを筆頭に、全てのラブラドールレトリーバーが走り回りながら鳴き始めた。これが卵を守るためにぴりぴりしているドラゴンの気に障ったのか、ドラゴンも低い唸り声を上げる。ドラゴンが炎を噴射するも、すばしこいラブラドールレトリーバーはひらりとそれを軽くかわす。何度火を噴いても逃げられるドラゴンは、遂に堪忍袋の尾が切れたのか、大きな身体を卵から起こした。ひぎゃあああ、先ほどの低い唸り声からは一変した、つんざくような高い音が、ドラゴンの口から吐き出された。ドラゴン自身がその大きな足で直にラブラドールレトリーバーを踏み潰そうとしたのか、振り上げられた後ろ足が一匹のラブラドールレトリーバーに襲い掛かる。それはラブラドールレトリーバーに直撃し、地響きが会場にいた全ての観客席を飛び上がらせた。観客席からはまたもや悲鳴が上がる。だが魔法で出したラブラドールレトリーバーは血飛沫をあげることなく、ドラゴンの足が上がった時には煙のように跡形もなく消え去っていた。

「今だ、」

 ライジェルが小さく呟いたのと、セドリックが駆け出したのは同時だった。ドラゴンの目が完全にラブラドールレトリーバーに向いている。卵をとるなら、今この時だ。

「おおっ、セドリックがいった! 今度こそいけるか!」

 ドラゴンは卵の方を向いていない。誰もがセドリックの勝利を確信した、その瞬間だった。急に卵の危機を直感でわかったのか、ドラゴンが素早い動きでセドリックの方を振り返る。そしてその鋭い両眼が、卵に駆け寄るセドリックを映し出した。

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